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満足する医療を受ける難しさ、患者を満足させる難しさ

2014年12月15日 18時17分 JST | 更新 2015年02月13日 19時12分 JST
The Welfare & Medical Care via Getty Images

 友人の紹介で86歳の大動脈弁閉鎖不全症の女性の患者さんが三井記念病院に来院しました。某大学病院で診療を受けていて、「すぐに手術が必要」と言われたそうなのですが、誰にとっても心臓の手術は怖いもの。このおばあちゃんも、「手術以外に方法はないのか。どうしても手術は受けたくない。別の先生に診てもらいたい」と周囲に漏らし、まわりまわって、私の患者さんになることになりました。

 大動脈弁閉鎖不全症は、心臓に雑音が聞こえることで発覚するのですが、最初は、ほかに自覚症状らしい症状はほとんどありません。それもあって、おばあちゃんは、手術が本当に必要なのかと疑ったのかもしれません。

 同疾患は、心臓の弁がうまく機能せず、左心室に血液が逆流して左心室の大きさが拡張し、症状が進むと重度の心不全に陥り死にいたる場合もあります。手術としては、人工弁の置換が有効です。

 私が超音波で心臓の状態を見た結果、左心室のサイズはそれほど大きくなってはおらず、急いで手術をしなければならないという状態ではありませんでした。

「今すぐに手術しなくても大丈夫。少し様子を見ましょう」

 おばあちゃんにそう話すとえらく喜んでくれました。もちろん、手術をしなくても絶対に大丈夫というわけではありません。左心室が大きくなれば、手術が必要になる。とはいえ、必ず左心室が大きくなるとも限りません。もしかして、大きくならない可能性もあるわけです。手術には必ずリスクがあります。したがって、本当に必要な状況でなければ手術は行わないにこしたことはありません。

 では、なぜ、某大学病院では、すぐに手術が必要だと診断をくだしたのか。おそらく、病院で行われる心臓血管手術の件数を増やしたかったからか、経験が浅く「切りたがる医師」だったかのいずれかだったのではないかと思います。

 現在、1年間に最低40例の手術症例がないと心臓血管外科専門医の修練施設(医師が心臓血管外科の専門医資格をとるために、トレーニングをする施設。専門医資格の取得には、認定施設での一定期間のトレーニングが条件になっています)になれません。実は、以前は、1年に20や30症例でも修練施設として認定されていた時代がありました。しかし、私が日本心臓血管外科学会の理事長のとき、あまりに手術症例が少ない医療機関では手術のクオリティ管理ができない、しかも症例が少ないから若い医師の教育も無理だとの理由で、40症例とのラインを理事会皆の同意で決めたのです。

 ですから、症例数が40前後の医療機関は、なんとか年間の症例数を40以上にすべく躍起になるわけです。修練施設にならなければ、レジデント(臨床訓練を受ける医師)も集まりませんし、結果として心臓血管外科を掲げることもできなくなるかもしれません。手術は保険点数が高いので、手術件数が多ければ病院の収入も多くなります。つまりは、手術の数は病院の死活問題。そこで、緊急に手術を要しない場合にも、早急の手術をすすめたりすることは、時には行われているのです。

 ちなみに年間40症例という数を達成するには、1週間に1例のペースで手術を行うことが必要になります。なぜ40症例なのかには根拠があります。日本胸部外科学会のデータでも冠動脈バイパス手術が年間40例を超えると、成績が安定してくるとの報告がありました。とはいえ、冠動脈バイパス手術は全成人心臓血管外科手術の中の約40%を占めますので、本来、成績が安定するためには年間100例程度の症例が必要です。

 しかし日本全国で100例未満の施設がなくなると、施設数では半数の施設で手術ができなくなり、緊急を要する大動脈解離、大動脈瘤破裂、急性心筋梗塞による心室破裂などの手術に対応できません。地域の情況も考慮に入れながら、現状の医療体制に大きく影響しない範囲で修練施設数を決めようとしたとき、40症例という基準数に落ち着きました。

 さて、おばあちゃんには、2カ月に1度のペースで来院してもらい、薬を処方すると同時に、超音波で左心室の大きさをチェックしていました。おばあちゃんは、とても元気に見えましたが、ご家族から「先生と話しているときは明るいのですが、家に帰るとシュンとしているのですよ」と聞かされたことがあります。診察にいらしたときに「散歩でもしたら? デパートにでも行ってみたら?」などと話したりもしましたが、ニコニコしているだけで、実行に移そうとはしませんでした。年齢も年齢でしたので、私のところに来て、「変わりないよ」と言われるのが唯一の楽しみだったようです。外に出るのも嫌なのですから、手術など、とんでもないと思われていたに違いありません。

 しかし、通院を始めて2年以上をすぎたころ、左心室の拡張が認められました。事実をご本人に話し、次の診察の結果を見て、治療の方向性を決めましょうということにしました。そして2カ月後、診察してみると、さらに左心室が大きくなっていた。これは、手術すべきタイミングが来たと思いました。しかし、果たして手術に同意してもらえるか――。

 意を決して「おばあちゃん、心臓が大きくなっているから手術しないといけないね」と言うと、間髪を入れず、「はい、します」との答えが返ってきた。驚きました。断られるだろうと予想して用意していた説得の言葉は、不要になりました。同時に、本当にうれしかった。おばあちゃんは続けて、「もう全てを先生にお任せします」と言ってくれたのです。「先生が、手術が良いとおっしゃるなら、私は手術を受けます」。

 私以上に驚いたのは、ご家族の方々でした。

 「こんなにも、神経質で心配性の母が、何も心配していないと言うなんて信じられません」

 一度は急ぎの手術が必要だと言われた。しかし、私が、その診断を覆し、すぐの手術は不要と診断した。手術をしたくなかったおばあちゃんは、必然的に私を信頼できる医師だと思ってくれたのでしょう。そして、いつの間にかおばあちゃんと私の間には、厚い信頼関係が構築されていた。結果、私が必要と言うならば、手術以外に方法はないのだと理解してくれたのだと思います。

 手術は成功し、今もおばあちゃんは元気に、定期検診に通ってきてくれています。

 既述した例のように、患者さんが満足のいく医療を受けるのは難しい。医療界にいる私でさえ、そう思うのですから、本当に難しいのだと思います。けれども、医師が懸命に治療を行ったにもかかわらず、患者さんに満足してもらえないことがあるのも、また、真実です。

 しばらく前の話です。とある病院で、重篤な心筋炎になってしまった男子中学生の緊急手術が行われました。心臓が血液を体内に送り出せなくなり、放っておけば死しかない。

 1分1秒を争う治療を要しました。主治医は、まず、経皮的心肺補助法( percutaneous cardiopulmonary support/PCPS、大腿静脈からひいて人工肺で酸素化し遠心ポンプで動脈側にかえすことにより、心肺補助を行う )を施し、その後、体外設置型の補助人工心臓( 重症心不全患者の心臓の左室の働きを補助する人工臓器。自己の心臓を温存した形で左心室心突部からポンプで血を抜き、上行大動脈にかえして左心室の機能を代行補助する機器 )を用い、その間に心筋炎に侵された心臓の回復を待つとの治療計画を立てました。

 手術は見事成功。PCPSの後、補助人工心臓を導入したところ、しばらくして、心筋炎は快方に向かい、患者さん自身の心臓が動くようになりました。その後、人工心臓を外して、もとの生活に戻れるまでに回復したそうです。ただ、PCPSの際に右足の大腿部にある動静脈から心臓に向けて管を通すのですが、この少年の場合、右足の動脈から管を入れている間に右足が一時的におそらく虚血状態(血液が流れない状態)になって酸素不足が起こったのでしょう。右足が少し不自由になってしまいました。このことで、悲しい争いが起こります。

 心臓の治療が無事終了し、後は在宅でリハビリをする状態となったので、主治医が退院の話を両親にしたところ、「足が不自由なまま退院させるとは何事か!」と騒ぎになったのです。

 少年の父親の同僚が、私の医学部時代からの友人で、父親からの依頼で、その患者さんを東大病院で診てくれないかと打診がありました。そこで、私の友人から患者さんの経過を詳しくお聞きしたのですが、患者さんを診るまでもなく、命を取り留められたのは、その主治医の先生の適切で必死の医療の結果であり、足の後遺症は致し方ないことだったと判断できました。患者さんは、執刀した主治医に感謝こそすれ、恨み言を言うのは、間違っている――。

 私は、依頼してきた友人の医師に次のように患者さんの家族に伝えてほしいと言いました。

「東大病院で手術をしたとしても同様の結果だったかもしれない。いや、最悪、亡くなっていてもおかしくなかったでしょう。ご家族の方は、主治医の先生に感謝してほしい。もし、手術をした病院を飛び出して、別の病院に行ったとしても、どの病院でも同じような判断がされ、結局は、いずれの病院でもこれから長い間を診てもらえない"患者難民"になってしまう。それは、患者である少年にとっても、主治医にとっても、最悪のこと。ぜひ、考え直していただきたい」

 自分の息子の足が不自由になり、ご両親が混乱してしまうのは、よくわかります。しかし、息子さんの命を救うのには、きわめて難易度の高い手術を成功させなければならず、そのためには足の後遺症は避け難かった。不自由になった足に目を向けるのではなく、生きている息子さんに目を向ければ、命を助けてくれた医師に自然と感謝の気持ちが湧いてくるはずです。

 幸いにも、患者さんのご家族は、私の伝言を聞いて、納得してくださったそうです。スムーズに納得を得られたのは、主治医の先生も、患者さんとご家族に丁寧に病状や手術のリスクを説明していたからだと思います。

 医療には、医師と患者の信頼関係が絶対的に必要です。それがなければ、どんなにいい医療が行われても、医師と患者の両者が満足することはないでしょう。信頼構築のために、医師は患者さんにとってベストの医療を目指さなければなりません。研究のため、病院の実績のためなど、すべての雑音をシャットアウトして患者さんに向き合わなければ、患者さんの信頼は得られないでしょう。

 一方、患者さんは、医師は病気を治して当たり前と考えないでください。医師は、病気を治すお手伝いしかできません。そうした謙虚な気持ちで精一杯尽くしている医師を、ぜひ信頼してほしいと思います。

(構成・及川佐知枝)

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髙本眞一

1947年兵庫県宝塚市生れ。73年東京大学医学部医学科卒業。78年ハーバード大学医学部、マサチューセッツ総合病院外科研究員、80年埼玉医科大学第1外科講師、87年昭和病院心臓血管外科主任医長、93年国立循環器病センター第2病棟部長、97年東京大学医学部胸部外科教授、98年東京大学大学院医学系研究科心臓外科・呼吸器外科教授、2000年東京大学医学部教務委員長兼任(~2005年)、2009年より三井記念病院院長、東京大学名誉教授に就任し現在に至る。この間、日本胸部外科学会、日本心臓病学会、アジア心臓血管胸部外科学会各会長。アメリカ胸部外科医会(STS)理事、日本心臓血管外科学会理事長、東京都公安委員を歴任。 手術中に超低温下で体部を灌流した酸素飽和度の高い静脈血を脳へ逆行性に自然循環させることで脳の虚血を防ぐ「髙本式逆行性脳灌流法」を開発、弓部大動脈瘤の手術の成功率を飛躍的に向上させたトップクラスの心臓血管外科医。

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(2014年12月7日フォーサイトより転載)