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速報・朴槿恵大統領「罷免」:「分裂した国論」「崩壊した自尊心」は回復できるか

2017年03月10日 23時11分 JST | 更新 2017年03月10日 23時11分 JST

現職大統領を罷免するかどうかの宣告は、意外にも30分足らずの短い時間で終わってしまった――。

韓国の憲法裁判所は3月10日、韓国国会による朴槿恵(パク・クネ)大統領の弾劾訴追は妥当との判断を示し、朴氏は即時に失職した。8名の裁判官全員の一致によるものだった。

当然の結果だった「全員一致」での罷免

事前の予想では、罷免決定は免れないにしても、全員一致とはならないのではないかとの観測もあった。ところがふたを開けてみればこの結果である。

韓国国会の8割弱が弾劾訴追に賛成し、直近の世論調査でも国民の8割弱が弾劾を支持している状況でのこの結果は、民意を反映した形になるのだが、元共同通信ソウル支局長でフォーサイト「朝鮮半島の部屋」の運営者の平井久志氏は、

「憲法裁判所の裁判官は個々の判断では補充意見を出したが、罷免の判断では全員が一致した。憲法裁判所の判断が、韓国の分裂した国論を統合していくために、裁判官全員の一致した見解になったといえそうだ」

と分析する。ただ、これは憲法裁判所の存在意義からして当然というのは、朝鮮半島政治が専門の小此木政夫・慶應義塾大学名誉教授だ。

「そもそも憲法裁判所は、民主化闘争を経て1987年に制定された現行の『第6共和国憲法』で新設されたもので、一般的な裁判所とは違います。

基本的には憲法解釈をすることが目的ですが、隠された最大の目的があり、それは国論が分裂するような事態を回避することにある。

かつて韓国は、軍部の政治への介入があり、国民はそれと戦って民主化を勝ち取ったという歴史があります。2度とそうした事態を引き起こさないための『政治的知恵』として設けられたものなのです。

だから今回、李貞美(イ・ジョンミ)憲法裁判所所長権限代行が読み上げた決定文の中にも『今回の決定が国論分裂の終息や和合の道への契機となることを期待する』という趣旨の言葉が入っている。

そこにも、『政治的知恵』が垣間見えます」

国民との意思疎通を欠いた朴槿恵氏の悲劇

今回の決定で興味深いのは、朴前大統領の政治手法について触れた部分である。平井氏は言う。

「憲法裁判所は『朴槿恵大統領が対国民談話で真相究明に最大限協力すると言いながら、検察や特別検察官の調査に応じず、青瓦台に対する押収捜索も拒否した』と指摘した上で『朴大統領の言動を見れば、法違反行為が繰り返されないようにする憲法守護意思が表れていない』と批判しています。

結局は朴前大統領の悲劇は、就任以来指摘されてきた国民や側近など周辺とのコミュニケーションの不足にありました。

朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の長女として生まれ育った朴槿恵氏には"帝王的大統領"としての意識しかなかった。メディアは国民と意思疎通する手段ですが、本当の意味でのインタビューに応じることはなかった。

この"帝王的体質"が今回の悲劇を招いたと言えます」

小此木氏は、大統領に権限が集中してしまうことを「権力の人格化」と呼び、これが韓国の伝統的な政治文化だとした上で、次のように見る。

「韓国ではリーダーが誰か、ということが重要です。その意味では、朴前大統領のこれまでの任期は朴氏自身のリーダーの資質が問われていたわけです。

ところが朴氏の政治スタイルは外部との接触を最小限にとどめるというもの。その『密室』の中がどうなっているのかが、これまではうかがい知れなかった。

ところが昨年10月以降、崔順実(チェ・スンシル)氏の問題がきっかけとなって次第に明るみになってきて、中にはいかがわしいものも相当あったわけです。

これが国民にとっては強い衝撃で、リーダーの資質なしと見た民心が一気に離れてしまう結果になったのです」

崩壊した韓国民の「自尊心」

その「崔順実ゲート」だが、昨年10月の問題発覚以来、平井氏は多くの韓国人から「恥ずかしい」という言葉を聞いたという。

「それは、韓国が1987年の民主化闘争によってある水準に達したと思っていた『民主化』の内実が、結局はこの程度のものであったかを知って感じた挫折の表明だと思います。

彼らには、経済発展と民主化をともに実現した、アジアでも数少ない国という『自尊心』を持っていたのですが、『崔順実ゲート』によってそれを崩壊させてしまったのです」

その自尊心を回復させようとして起きた行動が、「ろうそくデモ」である。

主催者と警察の発表には大きな違いはあるが、大量の市民が参加しているのは事実だ。そしてその力が、結局は朴槿恵氏を失職に追い込んだのも事実である。

「韓国の場合、独裁・軍事政権との戦いを経て今の民主化を勝ち取ったわけですが、その過程で直接型・参加型の民主主義というスタイルを身に付けていきました。

日本のようにいったん選挙で投票したら何も言わずに見守るのではなく、選挙が終わっても常に政治を監視し、発言することを続けます。今回はそれが『ろうそくデモ』という形になったわけです」(小此木氏)

だが現状は、進歩派と保守派の対立が「ろうそくデモ」(進歩)と「太極旗デモ」(保守)という対立で深まっている。

弾劾決定の10日は朴前大統領支持派の集会が警官隊と衝突、2名が死亡するという事態にまで発展した。憲法裁判所が期待した「国論分裂の終息」には、まだほど遠い状況である。

大統領選挙へと走り出した韓国

それでも、政治は進む。「朴罷免」を受けて、韓国は大統領選挙へと走り出す。憲法の規定では、失職後60日以内に選挙を行うことになるわけだが、今のところその日程は5月9日が有力視されている。

「現時点では、進歩派の野党『共に民主党』の文在寅(ムン・ジェイン)前代表が世論調査などでトップを走っていますが、韓国は『ダイナミック・コリア』だ。2カ月の間に何があるか分かりません」(平井氏)

「朴槿恵弾劾」は「ろうそくデモ」という直接民主主義的な方法で勝ち取ったものだが、同時に深刻な混乱を国内にもたらしている。平井氏は言う。

「この成果と混乱をいかに制度政治に集約していくかが問われます。また誰が次期政権を担うにせよ、現在の『帝王的大統領制』を、憲法改正などを通じて正していくことができるのかどうか、次に残された課題は多いのです」

韓国の激動はまだまだ続く。

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(2017年3月10日フォーサイトより転載)