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韓国「文在寅政権」誕生(5)外交安保政策を支える2人の大物「特別補佐官」--平井久志

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文在寅(ムン・ジェイン)政権の外交安保ラインに起用された鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長、李尙澈(イ・サンチョル)同室第1次長、金基正(キム・ギジョン)同室第2次長、康京和(カン・ギョンファ)外交部長官という顔ぶれを見ると、対北朝鮮外交では明らかに対話重視の顔ぶれだ。

ただ、軍事部門の南北対話に関わってきた李尙澈第1次長がいるものの、核・ミサイルを振り回しながら無理難題を押し付けてくる北朝鮮や、利害の対立する周辺大国を相手に文在寅政権の外交安保を担うには、経験不足、力量不足を感じる。

統一部長官が誰になるかにもよるが、鄭義溶室長は外交官出身だけに、通商分野や多国間外交などの担当は長いものの、安保分野の経験は少ない。これは人権問題や国連外交に従事してきた康京和外交部長官にも同じことが言える。

その、やや線の細い外交安保ラインを補佐するとみられているのが、大統領外交・安保特別補佐官に起用された文正仁(ムン・ジョンイン)延世大名誉教授(66)と洪錫炫(ホン・ソクヒョン)前中央日報会長(67)だ。

文在寅大統領は2人の特別補佐官起用について、

「非常勤だが、国際社会で既に能力と権威を認められているお2人が(政府に)参加することで、山積した外交安保の懸案を解く糸口が見つかると期待する。今後、お2人は新政府の統一・外交・安保政策の基礎と方向を私と論議し、ともに取りまとめるだろう」

と述べ、2人が外交安保分野で重要な役割を果たすことへの期待を示した。

「太陽政策の推進者」

前回の連載(4)で述べた通り、韓国メディアは当初、国家安保室長は文正仁名誉教授が最有力とみていた。しかし、金大中(キム・デジュン)政権、盧武鉉(ノ・ムヒョン)両政権の対北朝鮮融和政策である太陽政策や、対米政策に大きな影響を及ぼしてきた文名誉教授の起用は、保守勢力の反発を招く可能性があること、文名誉教授の子息が米国籍を取得していることなどから、結局特別補佐官での起用となった。

文正仁氏は1951年3月、済州市生まれ。延世大を卒業後、米国のメリーランド大に留学して同大政治学博士を取得し、同大講師などを務め、米ケンタッキー大政治外交学科の助教授などを経て、1994年に母校の延世大学教授に就任した。1998年からスタートした金大中、盧武鉉両政権では太陽政策の推進者であり、2000年、2007年の南北首脳会談の両方に参加した唯一の学者でもある。

長い在米生活での卓越した英語能力に加えて、理論的にも実務的にもエネルギッシュに仕事をこなす行動派の学者だ。それだけに保守勢力からは反発もあり、大統領選挙では直接に関与することを避けた。

しかし、文名誉教授の教え子らが文在寅氏のブレーンとして選挙陣営に多数参加しており、選挙に勝利すれば新政権の中枢に入るとみられていた。

文特別補佐官は5月24日、韓国メディアに対し、「南北関係を新たに導いていくために『5.24措置』の制約を認識し、これを前向きに解いていく必要がある」と語った。その上で「しかし即刻解除ということではなく、北側の態度の変化を見ながら柔軟に解いていく必要がある」と述べ、当面は北朝鮮側の態度を見守るとした。

しかしさっそく、この発言に保守側が強く反発している。「5.24措置」とは、2010年3月に起きた北朝鮮による天安艦撃沈事件に対して李明博(イ・ミョンバク)政権が取った措置で、南北間の貿易の全面停止や北朝鮮への新規投資禁止、北朝鮮船舶の韓国海域への航行不許可などを含むものだ。保守側は5.24措置の解除や、開城工場団地や金剛山観光の再開などは北朝鮮にドルを与えることなると批判している。

駐米大使「辞任」の過去

もう1人の特別補佐官に起用された洪錫炫氏は、韓国の3大有力紙『中央日報』の前会長だ。サムスン財閥の李健熙(イ・ゴンヒ)会長の夫人、洪羅喜(ホン・ラヒ)氏の弟でもある。

1949年10月にソウルで生まれ、1972年にソウル大学電子工学科を卒業。米国のスタンフォード大学大学院で産業工学修士課程を修了し、また同大学で経済学博士を取得して、1994年から1999年まで『中央日報』の社長・発行人を、1999年から2005年までは会長・発行人を務めた。

また2002年から2005年まで、世界新聞協会会長も務めた。2005年の会長辞任は、盧武鉉政権下での駐米大使を務めるためであった。この時に盧武鉉政権との関係が生まれた。当時、洪錫炫氏は駐米大使を足がかりに国連事務総長の座を目指していた。

だが、情報機関の国家安全企画部が金泳三(キム・ヨンサム)政権時代の1993年から98年まで「ミリム」と呼ばれる盗聴チームを極秘に運営していた事実が暴露された時、この中に『中央日報』社長だった洪氏とサムスングループ幹部の間での、不正政治献金を示唆する会話内容が含まれていたことが発覚した。洪氏はこの事件で駐米大使を辞し、国連事務総長の夢は砕けた。代わりにこの座を射止めたのが潘基文(パン・ギムン)前国連事務総長であった。

大統領選出馬の憶測も

韓国の有力3紙の『朝鮮日報』『中央日報』『東亜日報』はともに保守紙を標榜するが、『中央日報』は北朝鮮問題などでは『朝鮮日報』『東亜日報』と微妙に論調が異なる。やや改革保守という論調だ。

昨年10月からの朴槿恵(パク・クネ)前大統領の知人、崔順実(チェ・スンシル)被告の国政介入事件を暴露する大きな契機になったのは、『中央日報』系列のテレビ局『JTBC』の報道だった。

『JTBC』は崔順実氏が捨てたとするタブレットPCを入手して、大統領府の機密文書が大量に崔順実(チェ・スンシル)氏に流れていたことをスクープし、膨大な市民が参加する「ろうそくデモ」のきっかけを提供した。

2006年に『中央日報』会長に復帰していた洪錫炫氏は3月18日、突然、その職を辞すると発表した。洪錫炫氏は『中央日報』の社員に送ったeメールで、「韓国の未来のために小さな力でも献げようと決心した」と述べ、さらに「南北関係、雇用、社会の統合、教育、文化など韓国が新しく生まれ変わらなければならない課題に対して答えを求め、共に解いていくだろう」と主張した。

保守の本命とみなされた潘基文前国連事務総長が、2月1日に大統領選挙への出馬断念を発表し、保守に空白が生まれていただけに、突然の辞職は大統領選挙への出馬のためでは、という憶測も出た。

しかし、洪錫炫氏は結局出馬しなかった。洪錫炫氏はその後、政府批判を続けていた孫石熙(ソン・ソッキ)キャスター(『JTBC』社長兼務)の名前を出して、朴槿恵(パク・クネ)前政権から5~6回圧力があったとし、そのうち2回は朴槿恵前大統領本人からだったと明かした。

サムスンの李在鎔(イ・ジェヨン)副会長も、朴槿恵前大統領から10分間にわたり孫石熙キャスターへの不満を聞かされたと語っている。朴槿恵前大統領が、政府批判を続ける孫石熙キャスターの交代を要求したとみられるが、洪錫炫氏は「外圧でキャスターを交代させることは自尊心が許さず、21世紀にはあってはならないと思った」と述べている。

対米外交での役割

洪錫炫氏は選挙戦中、中道志向の人たちと会合を重ねるなどしたが、4月12日に洪氏の自宅で文在寅氏と会った。文在寅陣営はこの会合で「南北関係、韓米関係、北東アジアの平和など外交・安保と関連した事案で多くの部分で認識をともにした」とした。

おそらくはこの時点で、洪錫炫氏は文在寅政権に協力することを決意したとみられる。文在寅候補が当選すると、大統領特使として訪米し、トランプ米大統領などと会い、早期の米韓首脳会談実施で合意した。

帰国した際、空港で大統領特別補佐官起用という発表をメディアから聞かされ「初めて聞く話」ととぼけたが、文在寅政権の対米外交では、重要な役割を果たすことになろう。(つづく)

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平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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(2017年6月2日フォーサイトより転載)