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米誌で読む「STAP細胞」真相(上)小保方さんは「プリンセス晴子」と呼ばれた

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2014年1月30日、小保方晴子氏らによる「STAP細胞」の論文が科学雑誌『ネイチャー(Nature)』に発表されてから、間もなく2年半になります。その後の論文撤回、そして共著者の1人であるチャールズ・バカンティ氏のハーバード大学医学部関連医療機関「ブリガム&ウィメンズ病院(BWH)」麻酔科部長辞任後、米国では、ほとんどSTAP細胞にまつわるニュースを聞くことはなくなりました。

ところが最近、ハーバード大学が世界各国でSTAP細胞に関する特許申請を行っているというニュースが日本の一部メディアで流れました。これでSTAP細胞の存在が証明された、小保方氏の説明は正しかったのだ、という報じられ方でした。

しかし、私が調査したところ、確かに特許の申請は行われていますが、それはハーバード大学としてではなく、バカンティ氏が行ったものです。正確に言えば、まだ論文が発表される前の2013年5月25日にバカンティ氏と彼の兄弟、そしてもう1人の研究者(小保方氏ではありません)3名によって申請されています。そしてその申請の権利を、バカンティ氏は同年9月12日にBWHに譲渡しています。通常、大きな特許は、認められた場合には個人よりも大きな組織として所有していたほうがビジネスとして展開するうえで有利になるため、そうしたのだと考えられます。

ただし、米特許商標庁のウェブサイトで確認すると、この申請については譲渡の記録があるだけで何も動きがありません。形式上は現在も審査が続いているということですが、担当者によると、1年から数年はかかるだろうということでした。しかも、バカンティ氏はすでにハーバードを去っていますし、論文も撤回されています。何より、世界中の著名な科学者が誰1人再現できていないものに特許が認められるなどあり得ないというのが、世界の科学界の認識です。なぜ日本でそのような報道がなされているのか不思議でなりません。

米国では今年2月に1度だけ、STAP細胞が改めて注目を集めました。それは米高級誌『ザ・ニューヨーカー(THE NEW YORKER)』に、ダナ・グッドイヤーというスタッフライターが、「ストレステスト(The Stress Test)~幹細胞研究の世界におけるライバル、陰謀、不正」という記事を発表したからです。そして記事の中で、バカンティ氏の声を紹介しています。

ノーベル賞受賞者である山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所所長とともに幹細胞研究分野で最も影響力をもつ1人であるカリフォルニア大学デービス校のポール・ノフラー准教授は、「この記事の最も注目すべき点は、幹細胞のコミュニティが、ついにバカンティ氏の声を聞いたこと」、「STAPの論文発表後、ますます距離が遠ざかったバカンティ氏と小保方氏の、仕事上の関係について理解が深まること」と、この記事を賞賛していることでも話題になりました。

バカンティ氏が公式にメディアで一連の経緯について語ったのは初めてであり、騒動の真相の一端が明かされているため、この記事を引用しつつ、一連の騒動が「残したもの」について考えてみたいと思います。

【The Stress Test,The New Yorker,Feb.26】【https://www.ipscell.com/2016/02/finally-vacantis-side-of-stap-cell-implosion/


バカンティ氏の辞任

論文が撤回された1カ月後の2014年8月12日、『ボストン・グローブ』紙は、バカンティ氏がBWHの麻酔科部長を辞任し、1年間休職すると報じました。

バカンティ氏は、同紙に対して、「2002年に部長に就任したとき、10年間の任期を予定し、この期間に達成すべき目標を設定しました。私は来年65歳になります。これまで私は、マサチューセッツ大学医学部で8年間(1994~2002)、BWHで12年間(2002~2014)、それぞれ麻酔科部長を務めてきました。私が常に感じることは、指導者クラスの人間は最初の10年間が最も意欲的に目標達成にチャレンジできて、その後は、直面する課題に挑戦するエネルギーが減るということです。これは私の場合にも当てはまります。私はすでに、(BWH麻酔科部長として)その最初の10年から2年も過ぎています」と語っています。

この1年間の「休職」宣言をしてから2年近く経ちますが、バカンティ氏は結局、BWHに復職しませんでした。【Brigham researcher in flawed stem cell study will step down,The Boston Globe,Aug.12.2014

STAP細胞の「真の由来」

約15年前、ボストンにあったバカンティ氏の研究室で、のちに「STAP」と呼ばれることになる、ある細胞の仮説が生まれました。この仮説は、生化学分野において歴史的にも内容的にも有名な学術雑誌『The Journal of Biological Chemistry (細胞生化学)』誌に、バカンティ氏が弟のマーティン・バカンティ氏らとともに、「芽胞様細胞(spore-like cells)」として発表しています。芽胞様細胞とは、すべての組織に存在する、極めて小さな(5ミクロン以下)、休眠状態にある細胞のことです。極端な低温、高温や、低酸素といったストレスのある状況でも生き残ることができます。その仮説でバカンティ氏らは、芽胞様細胞は、ケガや病気によって活性化するまで休眠していて、ケガや病気で失われた組織を再生する能力をもつと主張しました。

ニューヨーカー誌の記事によると、その主張は、学会で同僚たちにナンセンスだと否定されました。バカンティ氏は同誌でグッドイヤー記者に、当時を振り返って、「人々は憤慨し、我々は"君たちは狂っている。ジャンクだと分かっているぞ"と言われたんだ」と語っています。幹細胞研究者たちだけではなく、学校の教師である妻を含め、バカンティ氏がなぜこの研究を進めているのか、当時は誰も理解できませんでした。

バカンティ氏と小保方氏の出会い

2002年、バカンティ氏はBWH麻酔科部長に就任し、大きな組織工学研究室を開設しました。ところが、ストレスによる細胞の変化に関する研究は、バカンティ氏の専門外でした。

ニューヨーカー誌の記事によると、そこでバカンティ氏は、この研究を手伝ってくれる研究者の雇用を考えます。そして数年後、ある日本人の同僚が、組織工学プロジェクトを探している才能のある早稲田大学理工学部の学生を知っていると、バカンティ氏に伝えました。その学生が、小保方氏でした。小保方氏が研究室に入ってきた瞬間、バカンティ氏は、彼女は心が広く聡明な女性だと感じたそうです。

ただし、同時に懸念も感じたようです。

「主な懸念は、彼女を信頼できるかどうかということだった」(記事中のバカンティ氏のコメント)。日本から来た大学院生が帰国後、自分のアイデアを他人の研究室で勝手に発展させることに不安を感じたのです。

その後、小保方氏はバカンティ氏の研究室で、幹細胞の研究に没頭します。すべての実験機器の使い方や手技も習得しました。「黄金の手」をもつ彼女の実験は、すべて上手くいったそうです。小保方氏の研究助手であったジェイソン・ロス氏は、記事中でグッドイヤー記者に、「彼女より賢い人に会ったことがありません」と述懐しています。

あるとき小保方氏はロス氏に、「日本では、女性研究者は二流扱いなの。男性が顕微鏡を必要としていたら、その男性が学生でも私たち女性は諦めなければならないのよ」と嘆いてみせたこともあったそうです。また、研究室に訪問者があったときなど、小保方氏は手袋をとってきちんとお辞儀していたそうで、ロス氏はそんな彼女を日本人らしいと感じ、「彼女をプリンセス晴子と呼んだもんだよ」とも語っています。

小保方氏は、研究室では常に謙虚でみんなを喜ばせました。そして彼女自身も、バカンティ氏を微笑ませることが目標だと公言していました。バカンティ氏は、そうした忠実で勤勉で、熟練した手技を習得している小保方氏を正式にポスドク(ポストドクター=博士号を取得した研究者)として雇い、実験のデザインをする責任を与えました。

そして小保方氏は数々の実績で研究室のスタッフらの信用を得、逆に、周囲の人間は徐々に彼女の仕事をチェックする必要性を感じなくなっていったというのです。


ライバルの成功と自らの失敗

実験と検証を繰り返したバカンティ氏と小保方氏は、やがて、自分の仮説を学会に発表するのに十分な成果を得たと考えました。ただし、『ネイチャー』に論文を受理されるためには、知名度の高い共著者を必要としていました。

ニューヨーカー誌によれば、そこで、当時、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(理研CDB)チームリーダーとして、世界初のクローンマウス実現で世界的に高く評価されていた若山照彦氏(現・山梨大学生命環境学部教授)に協力を要請します。そして2012年の春、『ネイチャー』に論文を投稿しましたが、却下されました。バカンティ氏は小保方氏に、論文掲載を目指して挑戦を続けるか、それともここで諦めるかの決断を迫ります。

ちょうど同じ年の秋、同じ分野でライバルである山中伸弥氏がノーベル生理学・医学賞を受賞しました。バカンティ氏らの野心は、ライバルの成功と自らの失敗によってさらに駆り立てられていったのです。

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大西睦子

内科医師、米国ボストン在住、医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月から2013年12月末まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度受賞。現在、星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部の研究員として、日米共同研究を進めている。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。『「カロリーゼロ」はかえって太る!』(講談社+α新書)。『健康でいたければ「それ」は食べるな』(朝日新聞出版)などがある。

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(2016年7月5日フォーサイトより転載)