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「清華大学顧問」という名の国際的「習近平ブレーン」の顔ぶれ--樋泉克夫

中国を舞台に国境を跨ぎ業種の違いを超えて企業家が結びつき、これに政治指導者が応ずる

2017年11月29日 11時16分 JST | 更新 2017年11月29日 11時16分 JST

第19回中国共産党全国代表大会を"成功裏"に終えた習近平中国国家主席は、ドナルド・トランプ米大統領の訪中を1週間ほど後に控えた10月30日、中国の最高学府の1つで、自らが学んだ清華大学の経済管理学院顧問委員会メンバーと、北京の人民大会堂で面談している。

この顧問委員会なる組織の役割を考える手懸かりとして、当日の全体集合写真を見ておきたい。

総勢で40人ほど。前後2列に並んでいるが、もちろん前列中央は習近平主席である。以下、主な参加者の立ち位置を写真に向かって見ておくと、習主席の右隣は「ゴールドマン・サックス」で会長兼最高経営責任者を務めたヘンリー・ポールソン元財務長官(ブッシュ子政権)。

1人置いて立つのが、有力ヘッジファンドの「ブラックストーングループ」で会長兼最高経営責任者を務めるステファン・ハースト・シュワルツマン。その右隣が、共産党で外交問題を統括する楊潔篪国務委員、次が「フェイスブック」創業者で最高経営責任者のマーク・ザッカーバーグ。2人置いてシンガポールの李顕龍(リー・ションロン)首相夫人・何晶(ホー・チン)女史である。

習近平主席の左側を見ると、直ぐ隣に立つのが世界的なリスク投資家で「ブレイヤー・ファンド」を率いるジェームス・ブレイヤー。3人置いて「アップル」最高経営責任者のティム・クック。クックから左に3人目が王毅外相で、前列の左端を、香港の「利豊集団」で名誉主席を務める馮国経(ヴィクター・フォン)が占めた。

後列は、習近平主席の真後ろから右へ3人目が台湾の「鴻海集団」総帥の郭台銘(テリー・ゴウ)。左側で同じ位置に立つのが香港の「電訊盈科(PCCW)集団」主席の李沢楷(リチャード・リー)である。

中国からは、「阿里巴巴集団」主席の馬雲(ジャック・マー)、騰訊集団主席の馬化騰(ポニー・マー)、「百度集団」董事長の李彦宏(ロビン・リー)という3人が加わっているが、共に後列の両端近くに位置している。

以上の立ち位置を別の角度で捉えるなら、習近平主席はヘンリー・ポールソン、ジェームス・ブレイヤー、郭台銘、李沢楷の4人に取り囲まれていることになる。いわば、この4人を習近平主席に最も近い中核メンバー、逆に言うなら、習近平政権から最も期待されているメンバーと見なすこともできようか。

アドバイザーにして御用達

習近平主席は彼らを前にして、第19回共産党全国代表大会で示された向こう5年間の政策を述べ、さらに自らの主権と安全を一貫して守り、利益を発展させるという中国の立場を明らかにした。加えて、国策の基本である対外開放を堅持し、「互利共贏(ウイン・ウイン)の開放戦略」を忠実に履行することを説き、対米関係に関しては両国間の対立と矛盾を解消・改善するよう努め、両国の合作を推進することで「互利共贏」を実現したい、トランプ大統領の訪中に期待する――と語っている。

習近平主席の発言は"中国式総花的内容"と言えなくもないが、時期的に、国境を超えた異色の組み合わせである清華大学経済管理学院顧問委員会との面談を挟んで、直前に共産党全国代表大会が、直後に米中首脳会談が行われたことを考えるなら、やはり最高学府とは言え大学の経済管理学院顧問委員会との面談が、儀礼的挨拶で終わるものではないだろう。より積極的な意味があったと見るべきではないか。

この顔ぶれから想像するに、清華大学経済管理学院顧問委員会が、単に同大学における経済学・経営学教育に学術的な助言を与えるだけの組織だとは思えない。彼らの企業家としての日々の振る舞いを総合的に捉えるなら、ウォール街と中国、香港、台湾、シンガポールをネットワークする金融とITビジネス(ソフトとハード、eコマースなど)に関わる風雲児――より直截に表現するなら、世界的な現代の"錬金術師"の組み合わせと形容できるのではないか。もちろんウォール街の先にトランプ政権が、中国人・華人企業家の先に習近平政権が繋がっていることを想定しておいてもあながち間違いはないだろう。

習近平主席は第19回共産党全国代表大会で、建国100周年を期しての「社会主義強国」建設を掲げたが、今後の中国経済の成長戦略を考えた時、これまでのように安価な労働力を大量にフル稼働した「世界の工場」を求めることは、構造的に明らかに無理だ。人口減少、生活レベルの向上によって、潤沢な労働力と低賃金が可能にした大量生産方式の製造業は、これからの中国には望めない。

「社会主義強国」を建設するためには、やはり経済・産業構造のイノベーションは必至だろう。たとえばインターネットと製造業を融合させた未来型ビジネスモデルの創出であり、「分散型台帳」と呼ぶ新しい情報記録の仕組みであるブロックチェーン関連プロジェクトである。

このように考えるなら、清華大学経済管理学院顧問委員会メンバーは、2期目に入った習近平政権の経済・産業政策のアドバイザーであり、同時に"習近平政権御用達"の企業家と見なすこともできそうだ。あるいは中国の経済圏構想「一帯一路」を、IT関連ビジネスによって民間側から補完しようとする試みとも受け取れる。

名を連ねる「大物華人」たち

アメリカ側メンバーの現状、さらにはトランプ政権との繋がりに関しては、一般知識以上を持ち合わせていないので敢えて言及せず、以下に華人・中国人メンバーの動向を記しておきたい。

まず習近平主席に近い位置に立つ郭台銘は、毀誉褒貶が止まないものの、いまや台湾最有力企業家の域を遥かに飛び出した。シャープを買収し、中国を中心にインド、ブラジル、チェコなどの工場に125万余の従業員を擁する世界有数のOEM(相手先ブランド製造)集団を率いる、超野心的企業家で知られる。

今年4月27、28日にホワイトハウスを訪問し、トランプ大統領との会談は24時間のうちに2回行われたが、この会談の黒子役は大統領娘婿のジャレッド・クシュナー大統領上級顧問と伝えられる。ちなみにクシュナーは3月に発足した「OAI=The White House Office of American Innovation(アメリカン・イノベーション局)」を統括するが、このOAIにはビル・ゲイツほかマイクロソフト経営首脳陣が名を連ねている。

郭台銘はトランプ大統領との会談で、ラストベルトに接するウィスコンシン州に100億ドルを投資し、1万3000人の雇用を約束した。「空飛ぶ鷹計画(Flying Eagle Plan)」と命名されたこの超大型投資を、「ほら吹き郭の大風呂敷」と酷評する向きもある。ちなみに長年民主党の牙城だった同州は、今回の大統領選挙でトランプ支持に転じた。同州を地盤としているのはポール・ライアン下院議長(共和党)である。

李沢楷は、香港というより華人企業家を代表する香港最大の企業グループ「長江実業」会長の李嘉誠の次男で、父親の許を離れて早くからハイテク産業の将来性に着目し、香港のハイテク産業基地化を目指した。父親の李嘉誠と兄の李沢鉅(ヴィクター・リー)副会長兼社長は、共に中国市場の将来に見切りをつけて資本を引き揚げたと伝えられるが、李一族自体が習近平政権と"手を切った"わけではない。

たとえば2015年9月3日に北京で行われた「抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年」を祝賀する軍事パレードには、「北京閲兵香港特区代表団」のメンバーとして、兄弟で招待されている。この時の肩書は、兄の李沢鉅は政治協商会議常任委員、弟の李沢楷は香港特区代表であった。

今回の、清華大学経済管理学院顧問委員としての振る舞いから判断しても、李嘉誠一族が習近平政権と中国市場の将来を見限った、との見方は単純に過ぎると言っておこう。習近平政権と李一族の"相互利用関係"は依然として継続していると考える方が、彼らの商法からするなら常識というものだろう。

何晶は親中姿勢を見せるシンガポールの首相夫人であると同時に、同国政府系投資集団「テマセク」を率いる。テマセクが周辺ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国のみならず、中国市場に積極投資を展開していることは、既に知られたところだ。

馬雲、馬化騰、李彦宏は中国におけるeコマース市場を巡って激しい商戦を展開する一方、海外での展開を目指す。タイでは謝国民(タニン・チャラワノン)率いる「CP(正大)集団」と提携する「阿里巴巴集団」に「騰訊集団」が戦いを挑み始めた。「阿里巴巴集団」が"習近平銘柄"と見なされ、馬雲がトランプ大統領との個人的関係を誇示していることは周知のことである。

中心人物は「馮国経」か

残る馮国経は、弟の馮国綸(ウィリアム・フォン)と共に、父親が起こした利豊集団を、香港を代表する総合企業に発展させた。マサチューセッツ工科大学で理学修士号を取得後、1970年にはハーバード大学で博士号を取って同大学で4年程教壇に立った後、香港に戻り家業を継いでいる。プリンストン大学で工学を学んだ馮国綸と共にいち早く情報ビジネスに着目し、アメリカ人ビジネスマン向けに香港のビジネス情報を提供する「香港資訊処理公司」を創業している。その延長線上に「利豊研究中心」を持ち、中国市場関連の経済情報を発信している。

衣料・アクセサリー・おもちゃ(トイザラス)・家具・手工芸品・日用雑貨・コンビニ(OK便利店)・倉庫・物流・ローンなどを軸に、香港・中国のみならずタイ、マレーシア、ブルネイ、シンガポールでビジネスを展開する手腕もさることながら、やはり馮国経を特徴づけるのは、先を見る商才に加え、類まれと評価される英語力だろう。

最初に彼に着目したイギリス植民地当局は1990年、日本で喩えるなら全盛期のJETRO(日本貿易振興機構)に当たる香港貿易発展局の局長に指名される。1992年になると当時のクリストファー・パッテン総督によって総督商務委員に指名され、太平洋経済合作香港委員に任命されて、弟と共にアジア太平洋地域における香港企業の展開をリードすることになる。

さらに返還後の1999年には、返還翌年に開港した香港国際空港の民営化推進役として、香港特区政府から香港機場管理局長に任命されている。また、2006年にアジア出身者初の副会頭として「国際商業会議所(International Chamber of Commerce)」の運営に参画したことを機に、いわば国際的な国境を超えた企業家グループにおける地歩を築いたのである。

この種の集合写真では往々にして、黒子は端に位置していることが多いように思えるが、その経歴・経営手腕・対外関係などから考えると、清華大学経済管理学院顧問委員会の中心人物は、前列左端に立った馮国経ということもありそうだ。

中国を舞台に国境を跨ぎ業種の違いを超えて企業家が結びつき、これに政治指導者が応ずる――様々な"思惑"が複雑に絡み合う現状が、経済統計では単純に測ることのできない中国市場の面妖な姿を物語ってくれる。同時にそれは、日本的な短兵急な見方に対する警鐘でもあるように思う。ことは単純ではないのだ。(樋泉 克夫)


樋泉克夫 愛知県立大学名誉教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年から2017年4月まで愛知大学教授。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。

(2017年11月27日フォーサイトより転載)

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