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ジカ熱「リオ五輪での拡大」を恐れる米国の不安

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人類の歴史は、感染症との戦いでもあります。ワクチンや抗生物質の開発により、これまで多くの感染症が克服されました。それでも、新しい感染症は繰り返し流行し、多くの人の健康を脅かします。最新の脅威は「ジカウイルス感染症」です。

世界保健機関(WHO)によると、ジカウイルス感染症は、主にヤブカ属の「ネッタイシマカ」や「ヒトスジシマカ」のうち、ウイルスを保有した蚊に刺されると感染します。ちなみに、日本のヒトスジシマカの分布北限は、1946~1948年頃は栃木県北部でしたが、その後徐々に分布域を北へ拡大し、現在、秋田県や岩手県にまで侵入と定着が認められています。

このジカウイルス感染症の潜伏期間(ウイルスに感染してから症状がでるまでの期間)は不明ですが、数日である可能性が高いです。症状は、発熱、発疹、結膜炎、筋肉や関節の痛み、倦怠感、頭痛など、デング熱の症状と類似しています。これらの症状は軽度ですが、通常2~7日間は続きます。現在、特定の治療法やワクチンはありません。最も優れた予防法は、蚊に刺されないこと、というくらいです。

ジカウイルスは、アフリカ、中南米、アジアや太平洋を循環することが知られています。そして最近になって、ブラジル保健当局が、公共の場におけるジカウイルス感染の増加と、ブラジル北東部における小頭症の新生児の増加に着目。その結果、小頭症とジカウイルス感染症の関連が強く疑われるようになったのです。

その後、ジカウイルス感染症は中南米を中心に急速に広がり、いまや世界中に不安が拡散しています。そこでWHOは2月1日に緊急委員会を開催し、妊婦のジカウイルス感染による胎児の小頭症や神経障害に対して、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」と宣言しました。

【国立感染症研究所 感染症情報センター(IDSC)月報】

【WHO Mediacentre Factsheets Zika,Jan.2016】

【WHO Mediacentre News Statements,Feb.1.2016】


WHOへの批判

ところが、この宣言に対して、米国では疑問の声が上がっています。

通常、WHOがこれほどの「緊急事態宣言」をするのであれば、本来ならば当該地域への「渡航制限」も推奨するべきでしょう。ところが今夏、ブラジルはオリンピックの開催を予定しています。渡航制限を宣言すれば、世界中のオリンピック出場選手ばかりか出場国の関係機関に多大な影響を及ぼす可能性があります。さらに最悪の場合、オリンピックが中止となると、そうした影響ばかりか、すでに深刻な財政難に悩むブラジル経済にとって破壊的な影響を及ぼす事態になりかねません。

つまり、それらの考え得る様々な影響に対し、WHOは一切の責任を負いたくないため、「緊急事態宣言」まで発しておきながら「渡航制限」には言及せずに逃げているのだ、と批判する米国人が少なくないのです。

また、WHOに対する批判はほかにもあります。

WHOが指定する協力センターでもあるジョージタウン大学ローセンター教授兼センター代表のローレンス・ゴスティン氏は、『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)のインタビューでこう指摘しています。

「WHOの緊急事態宣言は、ジカウイルスそのものではなく、小頭症や神経的問題に限られている。本来はジカウイルスが問題なのに、これではジカウイルスそのものは問題ではないことを意味してしまう」

実際、小頭症の診断は難しく、このところ急増しているブラジルでの先天性欠損の原因がジカウイルス感染症であるかどうかの因果関係は、いまも確定していません。「ユニセフ」の緊急保健支援シニアアドバイザーのヘザー・パポウィッツ氏は、小頭症とジカウイルスの因果関係の決定的な証拠はまだないものの、強い懸念があるため、直ちに対処の行動を起こすべきだと指摘しています。

現在、WHOも、小頭症とジカウイルスの因果関係にかかわる様々なデータを他の国から収集中です。また専門家グループに、世界中で適応できるよう、小頭症の定義を標準化するべく指示しています。

【World Health Organization Declares Spread of Zika Virus a Global Health Emergency,WSJ,Feb.1.2016】

【Zika virus: UN agencies step up response measures following declaration of public health emergency,UN News Centre,Feb.2.2016】

【REGULAR PRESS BRIEFING BY THE INFORMATION SERVICE,UN,Feb.2.2016】


米国本土での大流行はない!?

一方、米疾病管理予防センター(CDC)の発表はWHOと違います。CDCは、妊婦にジカウイルス感染症が流行している国や地域への渡航制限を警告しています。

もともと、米国人のCDCに対する信頼は極めて高いです。米国や世界各国の意識調査を専門とする「ピュー・リサーチセンター」の2013年の調査によると、合衆国政府を信頼している米国人は、2000年以後は年々減少してわずか19%であるのに対し、連邦政府機関の信頼度は軒並み高い数値を示しています。その中でもトップがCDCで、米国人の75%が信頼しているという結果でした。つまり、CDCの発表は、多くの米国人の意思決定に影響を及ぼすのです。

そのCDCのトム・フリーデン長官は、米国におけるジカウイルス感染症の流行の可能性について、次のように述べています。

「ジカウイルス感染症が流行している国への旅行者に、ジカウイルスの感染が確認されています。しかも昨年、ブラジルで感染したハワイ在住の米国人女性が、小頭症の乳児を出産しました。米国内の感染者の多くは、ジカウイルス感染症が流行している国への旅行者です」

「もっとも気がかりなのは、ジカウイルス感染症が米国内で大流行するかどうかです。このような感染症が拡大してしまう要因は、一般的に2つあると言われます。1つ目は、ウイルスを広げる特定の蚊が存在すること、2つ目は、冷房のない混雑しているスペース、地域があることです。その点、米国内では、小さな集団や隔離された地域でジカウイルス感染症が発生する可能性はありますが、私たちの知る情報からは、米国本土での大流行は起こりそうにないと思います」

【Trust in Government Nears Record Low, But Most Federal Agencies Are Viewed Favorably, Pew Research Center,Oct.18.2013】

【CDC director: What we're doing about the Zika virus,CNN,Feb.2.2016】


「同性間性交渉」でも感染

とは言え、気になる点もあります。WHOの緊急事態宣言の翌日、CDCが、米国で初めて、性交渉によるジカウイルス感染が確認されたと報告しました。『CNN』によると、ベネズエラでジカウイルスに感染し帰国した男性との性交渉により、渡航歴のない男性のパートナーがジカウイルスに感染したとのことです。CDCは、速やかに、性行為に関する指針を提供するとしています。

フリーデン長官は、CNNのインタビューで、

「輸血や性交渉で感染したケースはこれまでも他国で確認されていましたので、(渡航歴のない男性パートナーでも)驚くべきことではありません。ただし、ウイルスは血液中に約1週間存在しますが、どのくらい精液中に残るかについては、今後研究する必要があるため、私たちは現在も調べています」

と語り、最後にこう締めくくりました。

「性行為についての研究を行うことは容易ではありませんが、CDCは調査を続けます。私たちが知っていることは、ジカウイルス感染症の普及の大半は、蚊が原因になるということ。結論を言えば、蚊が真犯人なのです。蚊は地球上のどんな動物よりも人類を殺してきたのです」

【Zika has been sexually transmitted in Texas, CDC confirms,CNN,Feb.4.2016】


オリンピック後の「感染拡大」の危険

先ほど、米国人はCDCに高い信頼を寄せていることに触れました。それだけに、そのCDC長官の「米国本土での大流行は起こりそうにない」との発言に安堵している米国人は多いです。

ただし、今夏のブラジルでのオリンピック開催に関して不安を抱いている米国人も少なくはありません。

ある調査によれば、8月のオリンピックで20万人の米国人がリオ・デ・ジャネイロに旅行すると予想されています。ウイルスの世界的な広がりを研究しているオックスフォード大学のモリッツ・クレーマー博士は、こう警鐘を鳴らしています。

「北半球に夏の暑さが戻ると、米国内にウイルスを運んでくる蚊が増えます。ブラジルで感染して戻ってくる米国人からさらなる2次感染が予想されるし、ウイルスを持つ蚊の襲来でさらに感染が拡大する可能性もあります。つまり、ウイルスの国際的な伝播が増加する危険性があるのです。米国の人口の60%以上は、夏の間、ジカウイルス感染の拡大条件に当てはまる地域に住んでいます。また約2300万人は、フロリダ州やテキサス州のように、1年中ジカウイルスを持つ蚊が繁殖しそうな地域に住んでいるのですから」 

ジカウイルス感染症のニュースは、米国ではいまも毎日報道されています。にもかかわらず、CDCの「大流行はしない」という「大本営発表」を鵜呑みにして安心しきっている米国人のなんと多いことか。感染拡大の危険性もさることながら、そうした「油断」も私には心配でなりません。

【Researchers Weigh Risks of Zika Spreading at Rio Olympics,NYT,Jan.28.2016】

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大西睦子

内科医師、米国ボストン在住、医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、2008年4月からハーバード大学にて食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。

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(2016年2月10日フォーサイトより転載)

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