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「メデイアは社会の公共財。その信頼性が情報通貨価値として流通する時代」

2014年06月28日 01時55分 JST | 更新 2014年08月26日 18時12分 JST

2013年6月27日10時 パリ ルーブル美術館。20年ぶりのガラスのピラミッドのエントランス。

世界中の言葉が飛び交う開館待ちの人の輪に並ぶ。僕のお目当ての作品はルーブルのエントラスで待っていてくれた。

その作者は「日本経済新聞」。日本の新聞社の名前がなぜルーブルに? 

そのエントラスの大理石の石面には「1993 NIHON KEIZAI SHIMBUN」としっかり刻まれている。その名前の上には「LES GRANDS MECENES DU MUSEE DU LOUVRE」と大きくタイトルが掲げられる。

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1993年、20年前、インターネットはまだ世の中には存在せずメデイアといえばテレビと新聞、雑誌が多くの人々の情報源であった時代。その時代僕は電通の新聞局で新聞広告集め15年目、日本経済新聞の広告や事業を扱うチームのキャップを担当していた。当時はすでにテレビ広告全盛時代、新聞広告費はテレビ広告に大きく差をつけられていた。ただ読者数は減らず宅配課金と新聞広告のバランスはとれていた。いわゆる新聞社のブランドで有る「題字」が社会には信用力と権威とある種のパワーを持って輝いている時代。

その時パリに駐在するワインとアート好きの電通マン(猪瀬洋一現電通Y&R社長)のもとにルーブルのキュレーター(学芸員)から相談が入った。「1993年にループル美術館が開館200年を迎える。ルーブルの収蔵作品はフランスだけでなく世界の芸術資産。電通が世界のスポーツの祭典であるオリンピックでその運営資金の支援に大きく貢献していると聞く。ルーブルには展示されている作品の数倍の収蔵作品があるが傷みが激しいものも多く世界中の来館者に公開できない芸術も多数ある。フランス政府はガラスのピラミッド等世界に誇れる「箱もの」には予算をさくが収蔵作品には手が回らない。是非、開館200年を機会に貴重な作品を世界の人々に見て感動をしてもらいたい。なんとか日本企業に修復事業をメセナ(支援寄付)お願いできないか!」ループル美術館は世界最高峰の規模とクオリテーを誇る美術館。そこの学芸員は美術界では最高権威。その学芸員の言葉に猪瀬はオリンピックと違いブランド貢献や販売促進効果が望めないルーブルからの依頼に戸惑いつつかつての上司の僕に連絡してきた。

「是非共やりたいんです。バブルで世界の不動産を買いまくり影ではバブル成金と嘲笑される日本企業の志をルーブルへの貢献を通じて世界の人々に伝える事業を成し遂げたい」日本のマスメデイアは野球等スポーツイベントや音楽会、美術展等文化事業に主催や後援をしている。それはユーザーサービスの目的の他にメデイアは社会の公器と定める強いメデイア人の意識が存在するからです。メデイアは社会の公共基盤である。(それはときどきネットメデイア企業の自らの経済企業価値の最大化を使命と考える経営意識との対立を招くが)特に日経は文化事業に関してそのメデイアブランド=「題字」を形成するものとして高くポジションしていた。そんな背景もあり僕は電通のような「スポンサ―ド」型イベントを得意をするが「寄付」を募れば「おたくの金儲け?」と皮肉られる存在より新聞社の事業=「題字」の信頼性、社会性を背景に日本企業の志を世界に示した方がこの支援事業は日本では成就する可能性が高いと考え日本経済新聞社のトップに相談した。

トップは「メセナか・・・」と一瞬考えこみましたが「はっきりと日本企業の志と日本人にルーブルの価値を還元できる支援で有れば新聞社の使命ですね。一緒にやるだけやってみましょう。うちの文化事業部にいつもの美術展とは違う「題字」の使命、価値、力を問う全社事業だと指示しましょう!」それから日経、ループル、電通で共同プロジェクトチームが結成され、メセナへの感謝として日本での「ルーブル開館200年記念美術展の神戸、横浜での開催とルーブル美術館での支援企業の永久的な記録が合意され、当時10数億規模の支援事業がスタートし有志企業の理解を得てこの国際文化支援事業は成立した。新聞のトップ自らが支援先企業トップにその志を語る姿は今でもメデイア人としての尽きぬパッションを感じ目に焼き付いている。カラー印刷のルーブル美術館特集を一年にわたり日経紙面で繰り広げ、関係テレビ局で特番を作るメデイアグループのパワーには15年間、新聞広告集めに苦労していた自分に知恵が足りない、努力が足りない、志が足りないと自覚させられ「題字=メデイアブランド」の信頼力パワーと志をあらためて心に刻ませたプロジェクトでした。

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ルーブル美術館の休館日を開放した支援事業調印式が「サモトラケのニケ」の巨像の前で行われ休館日の美術館内を館長自らが謝意を込めて支援企業に案内してくれるイベントが終わり後は日本での記念美術展の開催を残すだけとなった1993年1月阪神神戸大震災が起こりました。この大都市を襲った激甚災害は日本社会に大きな傷を与えました。震災後、神戸三宮に向かった僕は駅前の崩壊しているビル群に接し言葉を失いました。3月から神戸博物館で「ルーブル美術館開館200年展」が神戸市の支援も得て予定されていました。博物館の隣のホテルは全壊、博物館も崩壊は免れましたが内部は大きく破損していました。この時ほど仕事への絶望感に包まれる事は前後ありませんでした。でも何か被災者のためにできることがないかと頭を切り替えられたのも遠いパリで毎日、ルーブルに通い誇り高きフランス美術界の大御所たちと慣れぬ言葉でこの支援事業の実施までライフワークとしこぎつけた部下の志とそれに応えてくれた新聞社の志を振り返ったからです。すべての判断は神戸市とルーブル美術館サイドに委ねられました。

神戸市長は日経トップの訪問に際し「復興での優先順位はいろいろあります。生活インフラの復興はもちろん最優先です。しかし、市民の心は被災と多くの犠牲者への思いで傷んでいます。もし、ルーブル美術館の皆さん、フランス政府の皆さんが震災の支援を考えていただけるので有ればぜひ、予定どうり3月から200年展を開催してほしい。そして市民の心のうるおいの時間を与えてほしい。それが可能なら市立博物館は最優先で復興します」僕はその日にパリにその意を伝えルーブルサイドへ検討を依頼しました。出品予定の国宝級の絵画などはキュレーターが手持ちでファーストクラスで運ぶほどデリケートなルーブルが世界に誇る宝です。それを半ば廃墟とかした神戸の地に持ち込み美術展を開催できるのか。ルーブルは修復支援事業ですからリスクを冒して美術品を神戸へ出す義務はありません。しかし、すぐにルーブルの専門家チームが来日、崩壊した神戸現地を訪ね、会場予定の博物館を見て「これはルーブルの200年記念事業にふさわしい事業です。是非、日本の皆さんの支援で修復されたルーブルの芸術作品を見て、心の感動とこれからの復興への勇気をお手伝いできるなら神戸展は予定どうやります」と神戸市長他の前で語りました。

そして美術展の開会日、3時間以上前から来場者が周りが廃墟の神戸博物館を取り囲み、何重もの待ちの列ができました。3か月の開館期間中、100万人以上の方々にルーブルの至宝をご覧いただき、僕の絵を書くのが何よりも大好きな娘もじっとその作品を動かずに見ていました。その後ろ姿を見たとき、この仕事の意味を深く感じました。これは新聞社の「題字」の魔力がなければできなかった事業です。そのパワー源泉を探る旅を拙著「メデイアの苦脳~28人の証言」で果たしたいと思いました。

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その時、存在しなかったインターネットが全世界の情報インフラとして様々なパワーを発揮し拡大している時代です。ルーブル展から数年後、僕は当時始まったネットニュース、そしてヤフー等ポータルメデイアの世界に活動の場を自ら移しました。それは新しいメデイアで15年の新聞での経験を生かして、よりパワーあるそして社会に信頼と豊かな利便性をもたらすかもしれない新メデイアに立ち上がりから携わり開拓していきたい、そんな思いからでした。まだ広告主もホームページを持たず、文字だけのバナー広告の表示に数分かかる時代でした。しかし、新聞社はヤフーより早くインターネットニュース配信にチャレンジしていきました。それは紙メデイアへの危機感の裏返しです。1995年のこの新聞社のネットニュースへの果敢なチャレンジがなければ今のインターネネットメデイアの興隆はなかったでしょう。日本のインターネットメデイアの雄のヤフージャパン。その看板サービスである「ヤフーニュース=ヤフトピ」も新聞社や通信社や雑誌、テレビ局の信頼できるニュース配信をヤフー独自に再編集してニュース提供しています。24時間365日、信頼できるニュースを配信する題字メデイアがなければヤフーはそのパワーを維持できません。いわばヤフーの題字を裏書きしているのは新聞等題字メデイアの信頼性、社会性です。ヤフーはその速報性、利用ユーザーの厚みを生かして様々な「課題解決エンジン」としての利便性をユーザーに提供していますがそれも「ヤフトピ」のユーザーを常時集める力と情報信頼性があるからです。ヤフーは日本で一番インターネット広告を集めるメデイアですが、それもヤフトピニュースの獲得するユーザーと信頼性に依拠する部分が大きい。グーグルと違いヤフーは信頼できるニュースをコアバリューにしたポータルメデイアです。今後はソーシャルメデイアからニュースを知るネットユーザー、スマートフォンからニュースを受ける読者が増えることが予想されますが、その時ヤフーのポジションはどうなるのか?その危機感が「爆速経営」を突き進めています。ソーシャルメデイアとスマートフォンは世界のメデイアにインターネット登場以上の変革へのインパクトを現在進行形で与えています。

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1998年秋、僕はNTTドコモの榎啓一取締役と夏野剛さんにいきなり呼びだされました。それが僕のモバイルの始まり。「ケータイでインターネットサービスを世界で初めてやりたい。広告も。もう電話は音声サービスだけでは限界です」写メール全盛時代で僕はてっきりメールを使った広告サービスかと思った。「いや、ケータイでヤフーをやりたんだよ。課金もやるけど広告もやりたい」と榎さんはあっさり当たり前ごとにように話された。夏野さんは熱くiモード戦略を語る。「で何人にサービスできるんですか」「今はゼロ。5年で3000万人いかせる」「それってパソコンユーザーより多いじゃないですか!」「だってドコモがサービスするケータイは全部iモードバージョンにする。一人一台のケータイの時代だよ」こんな会話で1999年1月リリースのiモードサービスでの広告モデル開発が始まった。僕らのチームは現D2C社長の宝珠山卓志君、CCIでヤフーを担当していた藤田明久君等夏野さんの同じ30歳前後のネットネイテイブ世代。「彼らに自由に広告開発させた方がいい。JVのマジュリテーはドコモでいいが社長はまだ若いが唯一ネット広告モデル開発経験のある藤田にしたい」と大ドコモの榎役員に切り出したら「いいですよ。新しいメデイアの立ち上げのサポートは電通のDNA、信頼して任せます」

それから夏野さん達の事業立ち上げへのクールな戦略図と熱いパッションに導かれ広告事業を含む世界発のモバイルインターネットサービスが開始された。この事業には各新聞社はじめ多くのコンテンツサービスが参画し、又新しいモバイルコンテンツプロバイダーという新産業を生んだ。

iモードサービスがユーザーの支持を得た背景はその斬新なサービスコセプトと多彩なサービス展開があるが、ユーザーの情報信頼を勝ち得たことにあると思う。iモードの公式メニューにのりキャリア課金や広告配信サービスを得るには極めて厳しいドコモiモード事業本部のコンテンツ審査がある。これはキャリアが提供するサービスが公共サービスであるという強いキャリアの自覚とユーザーの安全性への責任感のたまもの、結果、広告メデイアとしても信頼され世界で初めてのモバイル広告サービスが広告主に認知された。そしてわずか3年で榎さん、夏野さんの約束のとうり3000万ユーザーが利用するサービスとなった。ほかのキャリアも同様な基準でサービスを展開し日本は世界で初めてのモバイルインターネットサービス大国となった。

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その後のモバイル展開に何故、日本のキャリアや端末メーカーが乗り遅れたのか?この成功体験があまりに大きかったかもしれない。アップルがiフォンサービスを世界で始めた時、S.Jobsにこのiモードサービスの体験をつずったメールを出し、日本での「iアド」事業は任せて欲しいとオファーを出した時すぐステイーブ・ジョブスから返事があり「すぐ電通のトップクリエーター達を連れてシリコンバレー、クパチーノにあるアップル本社へ来い」と言われた。

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この時S.Jobsはiモードを相当研究していたと確信した。クパチーノでアップル幹部から言われたことはジョブスは広告といえどもそのクオリテーと信頼性にこだわる。それがアップルの哲学でありデザインポリシーであると。アップルというブランド=題字へのユーザーの信頼こそアップルの価値をうらずけるという企業文化でありジョブスの信念であったと思う。コンテンツ含め。痩せたジョブスから発せられる人を射抜く視線に接し、信頼性に妥協しない情熱がこの偉大な人物の生きるエネルギーになっているんだろうと感じた。

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これはインターネットを健全に発展させたいというビジネスを超えた思想を感じる。そして今、テクノロジーによるメデイアイノベーションでの自動化のしくみであふれかえるインタ―ネット上の情報の信頼性を誰が担保できるのか。ユーザーの自己責任のゆだね、プラットホーム事業の胴元マネタイズに徹するのかいまあらためてインターネットメデイアが問われている課題でもあります。

2013年3月21日、ニューヨーク。僕は緊張してマンハッタンのAOLビルを訪ねました。今、アメリカで一番、読者が伸びているといわれるニュースメデイア「ハフィントンポスト」の編集長、アリアナハフィントンの話を聞くために渡米した。「ハフィントンポスト」はアメリカの新聞、雑誌メデイアがインターネットの影響を受けて衰退したり課金ネットメデイアへの転換等を余儀なくされる中で、いわゆる独自の取材網を有さずブロガーや読者の寄稿でニュースを発掘し、それをソーシャルメデイアのテーマとして読者も交えて深堀していく新しいタイプの情報メデイアだがピリツアー賞も受賞した実績有る読者の信頼と興味を集めるニュースメデイアです。アリアナハフィントンはその創設者であり自ら編集長を務めオバマ大統領に単独取材できるやり手の辣腕女性記者でもあります。

その編集局に入った時、驚いたのはその簡素な編集局フロアとマシン群です。無数のデイスプレイが整然と並び編集局員がそれを見ながら編集作業をしています。全米何千のブロガーから寄せられるニュースを確認しその裏をリアルタイム検索等でとり記事としてアップする。そしてその記事への読者からの投稿をテクノロジーシステムの力も借りながら選択しアップしていく。その記事へのアクセス状況はリアルタイムでチエックしながら深堀すべきニュースを編集整理でレイアウトしていく。当然、映像ニュースも飛び込んでくる。ボストンマラソンでのテロの時は生々しい現場映像が次々リアルタイムで流れる。まさにソーシャルメデイア、スマートフォン時代のソーシャルネットニュースの象徴的なメデイアです。

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アリアナは僕の質問に答えます。「ニュースの信頼性は担保できるのか」「アメリカでは各ジャンルの専門ブロガ―やジャーナリストが常に最新情報をリアルタイムで発信している。それを多面的視点でチエックして掲載する。掲載判断は編集局の責任で行う」「読者からの投稿は全て載せるのか」「それも自動言語解析エンジンも活用しながらポジテイブ意見、ネガテイブ意見を選択し掲載する。これも編集局の責任」「新興メデイアなのにいわゆるマスメデイアニュース以上の読者をいかに獲得できるのか」「読者がどんなニュースに興味を持ち、反応していくのか常にデータチエックをしながら編集していく、商業メデイアですからPVを稼がなやはりマネタイズできない。しかし、ネットユーザはもはや固定的なニュースメデイアへのロイヤリテーは薄い。最新、かつ最深のニュースへアクセスする。それはサーチエンジンからでもありソーシャルメデイア上で流れてくるバズからでもある。ハフィントンはその読者の情報流をリアルタイムで把握しながらハフィントンの記事に読者を誘導するデータジャーナリズムでもある」「ハフォントンの目指すところは」「インターネットニュースのCNNを目指したい。世界中のニュースを現場からリアルタイムで読者が読めて、発言できるメデイア。その為の人材確保、技術開発、そして何よりも有意のブロガーに最新記事を寄稿いただき読者に反応していただくハフィントンブランドの信頼性を大切にしたい。だから米国ではアリアナブランドでその担保を私が責任を持ってするが各国では新聞社など信頼性を読者から獲得できている題字メデイアとパートナシップを組む。日本は朝日新聞社、フランスはルモンド等」ソーシャルメデイアの登場でネットユーザーは「情報大洪水」にさらされてしている今、その情報交流空間としてのオープン性を生かしながらユーザーの信頼できる情報源として、交流場としてある意味、羅針盤の役割を提供するメデイアが大きくネットユーザの支持を受けて成長している。

その創始者の一番大切にする機能は「題字の信頼」であった。アリアナハフィントンは来日直後、安部首相と単独会見し首相からの寄稿を引き出した。

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2013年7月29日夜、僕は五反田のカラオケやマッサージ屋が入る雑居ビルある「ゲンロンカフェ」を訪ねた。ここは「一般意志2.0」でその考察や行動が注目される気鋭の思想家「東浩紀」氏が経営するカフェで定期的な旬の言論人の講演や対談を聞きながらくつろげる思索空間。そこで東氏や津田大介氏、開沼博氏などが構想する福島原発の教訓を歴史遺構として残して原発事故の教訓を後世に伝える構想の第一歩である「チエルノブイリ原発ダークダークツーリズム」の出版、DVD化発表会に参加した。このプロジェクトは幅広くその趣旨に賛同する市民から支援寄付を募り活動を展開するソ―シャルファンド方式で展開されている。高校の修学旅行で広島原爆ドームを訪ね、その被爆記念館で大き衝撃を受け、その原因を探りたく大学で日本近代史を学んだ僕は、メデイアは過去の歴史は忘れやすい。文字や人の語りつぎで残しても風化する。やはり現物で歴史遺構として残すことで後世までその事実と背景を考えるきっかけを与えるという東、津田らの行動に共鳴し支援寄付をしこのイベントに参加した。

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そこでは東の「人間は自らの力でコントロールできないテクノロジーを創りだしてしまった。これは神の領域であったかもしれない」とチエルノブイリのまだ生々しい現場を説明しながら語った。このプロジェクトを知る契機になったのが津田大介が毎週発行する有料メールマガジン。津田はツイター等インターネットメデイで社会意識を変革して行きたいという強い意志を持つアクテイビストだが意見発信だけでなく自らのメルマガへの感想を25万を超える津田アカウントのツイッターフォロワーに紹介していく双方向交流型のメデイア創造を実践している。その中身はネット選挙や政治メデイア、データジャーナリズム等多彩だが毎週、僕は楽しみに読み感想をつぶやく。この発言する「個人」の動きはメルマガやツイターなどを通じて影響力を持ち始めている。いわゆる「マンメデイア」の潮流である。個人でもオープンなインターネット空間でメデイアが主宰できる環境が急速に醸成されている。先に紹介したハフィントンポストはそんなマンメデイアの集合体メデイアともポジションできる。ここでも読者は津田への信頼感がなければ有料のメルマガをとり、週末の時間をさき膨大な文章を読み解き感想を投稿しない。津田へのメルマガを通じた信頼が先のチエルノブイリプロジエクトへの支援意志を僕に生じさせた。

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今、ネットのオープンなコミュニケーション空間は混乱に満ちている。ヤラセブログ、コンプガチャ、炎上事件の常態化、個人情報の悪用等等、まさに中川淳一郎氏がその著書で嘆く「ネットは馬鹿と暇人のもの」が実体かもしれない。しかしそこでも情報の信頼性と共感をモットーとしてネットのオープン性を活用してより知的で行動的で変革の意志に満ちたメデイアの動きが存在する。そこに共通するのは「情報への信頼性」いわゆる「題字のブランド」意識である。これからますます拡大するであろうネット空間はかってのマスメデイア全盛期のようにメデイアが公共性を帯びてくる。なぜならネット情報で判断し行動し利便性を受ける人々がスマホで急拡大することは確実だから。

ただし自らのリテラシーでネットの荒海を乗り切れる人は少ないだろう。やはり「情報の信頼性」を「通貨」的に流通させてその公共空間の安全性を担保する事が必須である。できうればそれは法規制や権力によるコントロールでなく「信頼通貨の保有者」が先導すべき仕組みと思う。マスゴミとマスコミの「偏向」を揶揄する向きもあるがやはりマスメデイアの信頼性は社会の安定性をもたらしている。インターネットでの情報発信、受信、交流が爆発的に拡大する時代にその公共空間として安定性を維持できなければリスク多きメデイアとしてその成長は限界と社会不安を招く。僕が生業としてきたインターネット広告も限界が来る。アドテクノロジーの進歩だけ広告市場が拡大すると考えるほど広告ヘの評価は甘くない。常に消費者にその信頼性、安全性が厳しくチエックされている。広告は信頼性があって人の心に刺さる。それは一朝一石では醸成できない。

2013年6月8日、僕はシンガポール博物館の近代的なフロアに入った。休日のせいかいろいろな民族の子供たちを連れた家族が多い。CCIアジア支社長の神内一郎君からシンガポールでビジネスをするならばまずは歴史を学べといわれ近代国家に見事に変身したシンガポールの発展の歴史を確認するつもりでここに来た。見事な展示手法で農業、漁業で暮らしていたマレー半島の小さな島の時代から、欧米に植民地化され中国産品やゴム、香料等アジア貿易の港になり多くの華僑やマレー人とヨーロッパ人が混沌と共生していた時代。英国東インド会社の狡猾な統治手法もコロニアル様式の洋館に住むイギリス人と水辺のバラックに住む現地住民と店をもつ華僑との分割統治が描かれる。そして突然、日本軍の占領、山下大将の征服者としての写真、敵性現地人として迫害され監獄に勾留され処刑された現地の人々の顔写真の数々、そして日本式神社に強制参拝させられる現地住民の写真、完全に植民地解放者でなく新たな過酷な占領者として日本が描かれている。その中に一枚、日本語の新聞の号外の写真が展示されている。

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「祝 シンガポール陥落 朝日新聞社」

題字の価値観が傾いた時、それは読む読者や社会の価値意識に影響を与えるとともに世界からは正反対の価値解釈を受ける宿命がある。

「題字」は時代のその時の空気を映す鏡。それが権力に利用されるリスクも高い。情報の信頼性といっても「信頼性」の根拠は事実をいかに人が解釈するかで決まる。戦中は多くのメデイアが聖戦として加害を正当化した。それが日本の空気。そして戦後は多くのメデイアが軍部の「被害者」としての立場に逆転させた。朝日新聞社は「検証 新聞と昭和」(朝日文庫)ではみずからこの状況を検証している。

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この体験が戦後ジャーナリズムの「権力と読者からの独立」のテーゼを産んだ。それは「題字」の権力化を常に自省し、読者からの反響も参照しながらも自らの立脚する位置をしっかり定める冷静な営易をメデイアに迫る。そこに社会の公共財としてのメデイアの価値が生まれると考える。

今インターネットはオープンな環境で誰でも意見を言える。それが可視化されさらにアーカイブとして保存される時代。「題字」の信頼性はこの可視化により常に受け手のチエックにさらされる。それは逆に「題字」サイドに聞く耳が有れば「題字」の信頼性は高まる作用を引き起こす。それが参加者皆でネット公共空間の信頼性、安全性をバックとして多様な意見交流や学び、発信による人間の「知の進化」をテクノロジーがサポートする仕組みになるだろう。原発と同様にインターネットはそのメリットと共に人知を超えた破壊力を有する技術であるがそこに「信頼」を共有通貨として流通させその価値を高める努力は確信犯的犯罪者でなければ誰でもできることである。ネットの「臨界」はコントロールできると思う。その意志さえあれば。そんなインターネットという人間社会の新しい知と感動の基盤を豊かに成長させ為に今、考え、実行すべきことを各界のご意見をうかがいながら現在進行形で考察した。

それが拙著「メデイアの苦脳」で僕が皆様とともに共有したい視座です。

信頼がなければ人は動かせない。

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