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NHKがフェイスブックで、日テレ「明日、ママがいない」をもじって「浅マオ」と悪ノリして大ひんしゅく!

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■日本テレビの「明日、ママがいない」で痛感したことは、テレビで働く人間たちの言葉の軽さだった。

「赤ちゃんポスト」で救われた一人の子どもに、「ポスト」というあだ名をつける。

児童養護養護施設を「ペットショップ」にたとえる。

そこで暮らす子どもたちは「ペットショップの犬」と同じだという比喩が使われ、養子縁組で養育する養親を「飼い主」と呼ぶ。

その言葉が、そこにいる子どもたちや関係者を傷つけるかを想像もせず。

想像していたら、そんな軽はずみな言葉は使えない。

そんな「明日、ママがいない」は「加害性があるから放送を見直してほしい」と、「赤ちゃんポスト」を設置する熊本の慈恵病院や児童養護施設の団体、里親の団体などが抗議の声を上げて問題が広がっている矢先、新たな問題が発生したと連絡が入った。 

■今度は、NHKだ。

昨日の午前11時頃、NHKのフェイスブックページに以下のような投稿があった、と知人から連絡があった。

情報をくれたのは、日本テレビの「明日、ママがいない」における子どもの描き方がひどすぎる、と憤慨していた。

ネット動画の世界では、先週は日本テレビの「明日、ママがいない」旋風が吹き荒れました。しかし今週は、NHKスペシャル「浅田真央」ダイジェスト動画が健闘しています。

http://gyao.yahoo.co.jp/player/00397/v10041/v0991200000000546265/

Nスペ本編の放送は26日(日)夜9時からです。

http://www.nhk.or.jp/special/

と言うフェイスブックへの投稿だったという。

タイトルは・・・

★日テレ「明日ママ」に迫るNHK「浅マオ」★

ダジャレである。

しかも、「明日、ママがいない」への児童福祉関係者や医療関係者による切実な問題提起を、「旋風」と表現していた。

私に連絡をくれた知人は、NHKの担当者の言葉の使い方の軽さも、日テレのドラマ「明日、ママがいない」で「里親」を「飼い主」と呼んで疑問を感じない感覚も、共通して現在のテレビ局の職員や社員が持つ「言葉の軽さ」「無責任さ」だとして次のように指摘している。

「★日テレ「明日ママ」に迫るNHK「浅マオ」★ 


このタイトルの付け方、適切ですか???


賛否が飛び交い、多くの団体から放送中止の非難があり、BPOにも提訴され、スポンサーが何社も辞退している番組の略称ネーミングをなぞらえたタイトル、不謹慎もいいところだと思います。それも公営放送が民放の非難が飛び交う番組名をもじるとは、信じられません。大げさかもしれませんが、マスコミの人たちの感性と品位、教養が疑われると私は思います。"「明日ママ」に迫る"、まったく不要な、不用意な言葉です。もっと報道機関は言葉を大事にして欲しい。明日ママは「里親」を「飼い主」という台詞の使い方も非難を受けている番組です。正直、最初に字面を見たとき目を疑いました。とてもビックリです。」

これには、私自身も驚いた。

仮にも公共放送であるNHKのスタッフが、子どもの人権が守られるのかを問われている問題について「旋風」などと茶化すような表現をし、それだけでなく、話題でそのドラマに「迫る」などと言っているのだ。

このNHKのフェイスブックの問題を知らせてくれた知人は、以下のように続けている。

やっぱり危惧した通りになったと思い、夜11時頃、確認しましたら、何と、このページは削除されていました、もちろん、何の連絡もコメントもないままです。臭いものに蓋をする、都合が悪ければ削除、まるで日テレと同じです。これもNHKの体質でしょうか。

確かに、その後、このフェイスブックのページは見ることができない。

ただ、グーグルで、「明日ママ」と「浅マオ」を検索すると、そのページがあった痕跡がNHKの公式アカウントで出てくるのでこのページがあったことは間違いないだろう。

また、SNSで問題視する人が画像を保存したという写真が「証拠」として残されている。この画像を保存した人にも問い合わせると、11月24日の午前11時頃、このページが存在したことは間違いないと断言している。

このため、この問題を記事にするマスコミ各社はNHKに問い合わせをしてほしい。

現時点で私が言えるのは、こうしたページが存在したのは確実と思われる、ということだけだ。

■このフェイスブックのちょっとふざけた文面から思い出すのは、名古屋の東海テレビで3年前に起きた事件だ。

以前、東日本大震災の後で、名古屋の東海テレビの情報番組『ぴーかんテレビ』で、テロップ制作の担当者が視聴者へのプレゼントだった岩手産のお米の当選者の名前をぶざけて「怪しいお米セシウムさん」「汚染されたお米セシウムさん」と書いて、それが放送されてしまった不祥事があった。そのテロップは、あくまでリハーサル用のダミーだったのだが、いろいろな手違いが重なって放送されてしまった。ミスが重なったにしても、担当者が「ふざけた気持ち」を持たなければそれが多くの人たちの目の前に放送されることはなかった。

NHKのフェイスブックには、東海テレビの事件の時と、同じような「ぶざけた気持ち」が見え隠れする。

ちなみに「セシウムさん」事件については個人ブログに以前書いたので参照してほしい。
 

ジャーナリストは、個々の事実を前にして、わが身に置き換え、考えていく職業だ。もしも「他人事」にしてしまうなら、もうジャーナリストではない。だから共感力をつけるのは職業倫理でありプロの職業精神である。  「他人事」でなく「共感」。国民の知る権利を基本にした放送の公共性を自覚することから始まる。  理想を言うなら放送に関わるすべての職種の人間がジャーナリストたれ、という点に尽きる。こうした意識を徹底させるための仕組みを作っていく必要がある。検証報告書を読む限り、この問題がどこまで意識されているかについてかなり疑問に感じる。
出典:水島宏明 ブログ「新聞のミカタ テレビのミカタ

日本テレビのドラマにおける言葉の軽さ、「当事者の気持ちを想像できない「想像力の欠如」、心に傷がある人への「加害性」。

それは東海テレビの「セシウムさん」事件の担当者にも共通する。

そして、またNHKの担当者の言葉の軽さ。痛みを感じられず、ぶざけてしまう。

いったい、テレビで働く人間たちの「劣化」はどこまで進んでしまっているのだろうか。

(2014年1月25日「Yahoo!個人」より転載)

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