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もう一つの「あきらめない」。

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「あきらめるな!」と言う。
「あきらめたらそこで終わりだ。」と言う。

自分は人に「あきらめるな」とは言えない。
自分自身、たくさん諦めたから。

でも違う意味の「あきらめるな」は言える。
「自分自身を諦めない、自分自身を続ける」という意味で。

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水泳、サッカー、テニス、陸上、色んな競技をやり、全部諦めた。
頑張って頑張って頑張って、誰よりも頑張ったつもりだったが、
全国大会へ行くほどのタイム・実力には、どれも全く届かなかった。
沢山諦めた。

あの時、「あきらめるな」をもっと信じていれば自分は優秀な水泳選手に、サッカー選手になれたのか。
おそらく、伸びない自分への自己嫌悪にさいなまれていたと思う。

努力には人を殺す力がある。自己嫌悪という形で。
それを感じたから、自分は逃げたのだと思う。

「一番になる」。
それに立ち向かっては諦め、立ち向かっては諦めた。
大学でボート競技と出会えたのはただの偶然だった。

だから自分に「あきらめるな」と言う資格はない。
ただ、「自分は何かしらできるはずだ」という思いは
諦めずに持っていた。

だからこそ、「お前はどれだけ頑張っても何もできない奴だ」と自己否定してくる競技たちを、
ひたすら諦めたんだと思う。

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「あきらめるな。」
「あきらめたらそこで終わりだ。」

 それは

自分自身をあきらめるな」。

そういう意味だと思う。
自分は何でもいいから一番になりたかった。
それが自分自身だった。

夢は叶う。
努力は報われる。
そう思う。

でも、それは何十年後かわからないし、
それがどんな形、種目、職業で報われるかはわからない。
それに気づくまで、続けられるか。


「自分自身を続けられるか」。

どんな花がいつ咲くのか誰にもわからない種まき、水やりを「努力」というのだと思う。

自分は運良く最近で、運良くボートだった。

死んで何十年後、何百年後に評価される音楽家のように、生きているうちに評価されない人もいる。

「 あきらめない。」

 それはきっと

自分自身を続けろ。

という意味なんだと思う。

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中野紘志(なかのひろし)、ボート(漕艇)競技リオ五輪日本代表。
4月のアジア最終予選でリオ五輪出場枠獲得。男子軽量級ダブルスカル。
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