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東北地方太平洋沖地震から早3年-帰宅困難者の長い2日間を振り返る

2014年03月13日 01時54分 JST | 更新 2014年05月11日 18時12分 JST

2011年3月11日以前から、世界中で大地震が発生しているのが気になっていた。ある日、ニュージーランドで大地震があり、多数の死傷者が発生した。それを大きく上回る大地震が日本を襲うとは......

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水道橋駅前の道路は、普段より交通量が多かった。

■突然の大揺れ

2011年3月11日14時46分、私は都心で地震にあった。最初は"そのうち止まる"と甘く考えていた。しかし、今まで感じたことのない大きな揺れは、おさまる気配がなかった。会社で働く人たちは、ビルの倒壊を恐れたのか、いっせいに飛び出して、近くの公園に直行。私もその人たちに紛れ込むかの如く、公園で避難した。

その公園には公衆電話があり、列ができていた。また、携帯電話で安否を確認しようとする人がいるものの、つながらない。大きな地震が発生した直後から、携帯電話の通話、メール、インターネットサービスがパンク同然の状況になっていたからだ。ただし、ワンセグだけは受信できた。

テレビ各局は緊急報道特番に切り替え、尋常ではない地震を速報で伝えていた。宮城県栗原市で震度7、仙台市で震度6強、関東地方から先の太平洋側では震度5・6が多く、東京23区内は震度5強だった。東北地方の太平洋沿岸では、「大津波警報」という、聞き慣れない警報が発令され、地震よりも衝撃を受けた人も多かった。のちに気象庁は、「東北地方太平洋沖地震」と名づける。ところがマスコミは「東日本大地震」、「東北関東大震災」など独自の名称を使い、のちに国会で「東日本大震災」に統一し、混乱を収拾した。

さて、公園では、悲鳴や恐怖におびえる人が見られた。私は一時、平衡感覚を失い、大きな揺れの影響を受けていた。周辺では電線が揺れ、これが切れて接触すると感電死する危険性がある。

首都圏の鉄道は運転見合わせとなった。こんなに激しく揺れた以上、すぐに復旧する可能性が低く、当日中の帰宅が絶望的と覚悟しなければならない。

18時過ぎ、コンビニに入る。レジは長蛇の列で、カラの陳列棚が多く、私はギリギリで入店したようだ。さいわい、夕食及び翌朝の食料も併せて購入することができた。

周辺道路は大渋滞で、歩道は今まで見たことがないほど、歩行者の数が多い。首都圏の電車がストップし、歩いて帰るしかないのだ。もちろん、復旧することを信じ、先へ進もうとする人もいる。

そのあと、私は行きつけのドラックストアへ。コンタクトレンズを装用しているので、急きょケア用品を購入しなければならなくなった。ところが、東北地方太平洋沖地震の影響なのか、早々と営業終了(通常の閉店時間は店によってまちまち)。やむを得ず別のドラックストアで購入した。

■駅のディスプレイ

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水道橋駅に立ち寄った人たちは、最新のニュースで状況を確認する。

19時30分頃、JR東日本中央本線水道橋駅へ。多くの人々が集結し、タクシーを待っているのか、長蛇の列ができている。遅延や運転見合わせ情報を流す駅構内のディスプレイは、NHK総合テレビに切り替えており、音声を流していた。駅の液晶ディスプレイは非常事態に備え、テレビ局の番組を視聴できるようにしていたのだ。これは初めて気づいた。利用客が知りたいのは、震災の状況、居住地がJR線以外の沿線情報だ。

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初めて届いたエリアメール

6分後、携帯電話のバイブレーションが作動。急ぎ画面を見ると、緊急地震速報だった。私はこのメールサービスを申し込んでおらず、首をかしげる。同時にNHK総合テレビも「緊急地震速報」を発した。どうやら迷惑メールではないらしい。後日、携帯電話には、「緊急速報『エリアメール』設定」があり、受信できるよう初期設定されていたことを知る。

さて、水道橋駅近くの東京ドームシティは全店舗を閉鎖。近辺の外食屋は営業を終了させた。ホテルはフロントに人が集結し、宿泊希望者が殺到している。

東北地方太平洋沖地震当日、JR東海の東海道新幹線、東京地下鉄(以下、東京メトロ)、東京都交通局(都営地下鉄、都営バス)、東京急行電鉄、西武鉄道、京王電鉄、小田急電鉄などは即日復旧(一部区間のみ復旧も含める)。このうち、東京メトロ、西武鉄道は終夜運転が行なわれた(ほかは終電時刻を繰り下げたという)。

東北地方太平洋沖地震の影響は、他地方にも影響した。津波警報や注意報が広範囲に及んだからである。私の知る範囲では、JR西日本・東海紀勢本線、JR九州鹿児島本線、日豊本線、長崎本線などの一部区間、南海電気鉄道和歌山港線、加太線はそれぞれ運転を見合わせていた。

■ダイヤ改正は予定通り、式典は中止多数 

同年3月12日、この日はJR九州の九州新幹線鹿児島ルートが全通し、〈さくら〉〈みずほ〉が復活。JR西日本では「北近畿ビッグXネットワーク」特急用の287系がデビュー、JR東日本では南武線の快速復活、青い森鉄道では新野内駅が開業、JR四国では特急〈あしずり51号〉宿毛行きの出発式を行ない、いずれも華々しいスタートを切る予定だったが、式典等はすべて中止が決まり、静粛なダイヤ改正となった(南武線は快速の運行をとりやめ、各駅停車のみ運転。青い森鉄道は東北地方太平洋沖地震発生以降、安全点検のため、運転を休止)。

JR東海では同年3月14日にオープンする『リニア・鉄道館~夢と想い出のミュージアム~』も、式典の中止が発表されている。

一方、予定通り式典を執り行なったのは明知鉄道だ。同年3月12日に食堂車つきの急行〈大正ロマン〉がデビューし、華々しいスタートを切る予定だったが、規模を縮小した。

■翌朝は大混雑

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秋葉原の朝。発車時間は定刻より相当遅れている。

同年3月12日朝8時過ぎ、JR東日本の都心で復旧していたのは、中央線(快速)と総武線(各駅停車)のみ。京浜東北線と山手線は、予定時刻を過ぎても運転再開には至っていない。  

総武線各駅停車は徐行運転をして、秋葉原に到着。その下にある山手線、京浜東北線のホームは人であふれている。あまりの多さに黄色い線の外側を歩く人が多く、可動式ホーム柵導入の重要性を改めて認識する。ホームでは、前日帰宅できなかったと思われる会社員や高校生の姿が多い。学生は、学校の体育館で一夜を明かしたのだろうか。  

8時40分頃、京浜東北線は大宮―田町間で運転再開。ほどなくして田町―横浜間及び根岸線横浜―桜木町間も運転再開を発表した。山手線は内回りのみ運転を再開する模様だ。駅員の放送によると、9時過ぎになる見込みだという。  

JR東日本では、災害時における運転再開に慎重な姿勢をとっており、運転再開予定時刻をオーバーしてしまうのは、致し方ない。秋葉原だと上野、御徒町、北千住へは東京メトロ日比谷線(北千住へは首都圏新都市鉄道常磐新線"つくばエクスプレス"のほうが早いものの、運賃が高い)を利用したほうが早い模様だ(注、御徒町駅は日比谷線仲御徒町駅にほぼ隣接している。また、秋葉原―上野間は徒歩約25分)。  

8時52分、京浜東北線北行1番線に各駅停車東十条行きが到着した。京浜東北線北行の各駅停車は、東十条行きと南浦和行きが15分間隔で運転しており、南浦和から先は運転再開のメドが立っていない。

京浜東北線北行は大入り満員で、乗車できるのはわずかな人だけ。多くは次の電車を待たなければならず、山手線の復旧が待ち遠しい。ホームの上野寄り先端には、E231系500番代が前部標識灯(前照灯)を輝かせており、隣の御徒町は目と鼻の先といったところ。

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「各駅停車」だけの表示は異例。

隣の京浜東北線南行4番線に各駅停車蒲田行きが到着した。電車の行先表示器は「各駅停車」のみ。これは蒲田以南でも運行する可能性があることを示唆しているのだろうか。その後、京浜東北線南行列車の行先表示器は、種別と行先を表示する通常のスタイルだった。  

京浜東北線も徐行運転で、なおかつ、15分間隔の運転なので、乗降に手間取り、遅れが発生しているという。その頃、山手線内回りで運転を再開した一報が入る。 

■上野では休憩用車両を用意

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山手線は11両編成、京浜東北線は10両編成である。

9時29分、山手線内回り2番線に上野・池袋方面行きが到着した。大混雑の京浜東北線に比べると、すぐ乗れる状況だ。「すぐ乗れる」と言っても、ガラガラではなく、座席もすべて埋まっており、立客もいる。首都圏はこの程度の混み具合は当たり前で、それ以外の地域だと「混んでいる」と印象を持つと思う。  

山手線上野・池袋方面行きは、停まる度に運転見合わせの放送が入り、安全の確認をとる。到着時はゆっくりした速度で、幾度も警笛を鳴らす。  

安全の確認がとれ、山手線上野・池袋方面行きが発車。こちらも徐行運転で御徒町に到着。再び安全の確認をとり、異常がなかったことから2分後に発車。上野に到着すると、大量降車が発生した。  

上野では長蛇の列に遭遇。これは常磐線を利用する人たちの列だった。運転再開はしたものの、快速は上野―取手間、各駅停車は代々木上原(東京メトロ千代田線)―綾瀬―我孫子間の折り返し運転である。この当時、快速は通常の2割程度しか運転されておらず、たとえ15両編成でも至るところに長蛇の列ができているので、全員乗り切れる保証はない。運転本数が2割程度なので、次の快速取手行きがいつ現れるのかわからない状況だ。  

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「普通」だけの表示も異例。

7番線は普通列車大宮行きが発車待ちの状態で、東北本線は大宮以北、高崎線は全線で運転見合わせが続いていた(その後、高崎線は全線復旧、東北本線は宇都宮以北で運転見合わせ)。電車の行先表示器は「普通」としか表示していない。いつ発車するのかわからないので、すべての側扉(乗客が乗り降りするドア)は半自動扱いだった。  

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E531系グリーン車2階の車内。

隣の9・10番線は常磐線用のE531系が止まっている。取手以北が運転見合わせのままなので、動けないのだ。10番線は完全な留置。9番線は休憩用車両として開放(トイレも使用可能)し、側扉を半自動扱いにして、人々は乗りたい電車を待っている状況だ。休憩車両はグリーン車も開放しており、こちらで待つ人も多い。

私はグリーン車で休憩をとる。一部の休憩者は発車、または有料休憩所とカン違いしたのか、Suicaグリーン券を購入し、座席の頭上にある読み取り部分にタッチする人がいた。

■激甚災害  

同日、政府(当時、民主党政権)は東北地方太平洋沖地震を激甚災害に指定した。多くの町が津波に襲われ、壊滅的な被害を受けた。当時、私は民主党政権時代に事業仕分けで切り捨てられた、スーパー堤防論が再燃すると思っていた(現在、被災地の海岸では、巨大防潮堤の工事が行なわれている)。

なお、地震で、ニュージーランド、アメリカのハワイ島、カルフォルニア州にも津波が襲い、死傷者も発生している。

同年3月13日、気象庁は東北地方太平洋沖地震のマグニチュードを8.8から9.0に修正した。マグニチュード9.0以上は世界でも4例しかない巨大地震なのだ。

巨大地震の影響で、東京電力福島第1原子力発電所で取り返しのつかない事故が発生し、近辺の住民らは住み慣れた土地を離れなければならないばかりではなく、電力の供給能力に問題が発生した。同年3月14日、政府は東京・東北両電力が申し出た輪番停電(計画停電)の実施を認め、併せて節電を呼びかけた。

★備考

・気象庁ホームページ「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震 ~The 2011 off the Pacific coast of Tohoku Earthquake~

・ハフィントンポスト「『あまちゃん』の北三陸鉄道リアス線こと、三陸鉄道北リアス線一部区間に乗る

(2014年3月11日「Yahoo!個人」より転載)