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しんがり俳優三浦洋一

2014年05月17日 01時02分 JST

私の人生の中で、2000年5月14日(日曜日)は記憶に残る日だ。夕方の『NHKニュース』では、首相在任中に倒れ、闘病生活を送っていた小渕恵三の他界を速報で流した。その4時間前には、俳優の三浦洋一が食道ガンのため、46歳の若さで亡くなっていた。

■代表作は『さすらい刑事旅情編』

私が三浦洋一を初めて見たのは、TBSの『痛快! ロックンロール通り』というドラマで、ミュージシャンという脇役だった。その後、テレビ朝日の『さすらい刑事旅情編』で主役の座に就き、代表作となった。このドラマは1988年から1995年まで7シリーズ制作され、「全盛期の三浦洋一を象徴する作品と言っても過言ではない。

テレビ朝日の水曜21時台は、1988年度から1994年度までの上期は『はぐれ刑事純情派』、下期は『さすらい刑事旅情編』を放送していた(前者は2005年にレギュラー放送を終了し、2009年12月放送の最終回スペシャルで21年の歴史に幕を閉じた)。共通しているのは、派手なアクションはなく、拳銃もほとんど使わないことだ。異なる点として、『はぐれ刑事純情派』は、藤田まこと演じる安浦吉之助巡査部長の個性を強調しているのに対し、『さすらい刑事旅情編』はチームワークを重視した。

さて、『さすらい刑事旅情編』で、宇津井健演じる高杉俊介警部と、三浦洋一演じる香取達男警部補は「上司と部下の関係だが、私には「血の繋がっていない親子」に映った。それを表すシーンとして、高杉は部下を名前で呼ぶのに対し、香取だけには時々「お前」と言っていた。香取はすでに両親と死別し、年の離れた妹と2人暮らしなので、高杉はいつも気にかけていたのだ。

香取は冷静沈着な捜査で、時には非情な部分もみせた。同僚から反感を買うこともあったが、それでも信念を曲げることなく事件を解決した。

■他局は脇役で起用しても『さすらい刑事旅情編』の活躍を評価

不思議なことに『さすらい刑事旅情編』以外のドラマでは、なぜか脇役が多かった。テレビ局は『さすらい刑事旅情編』の活躍を評価していたのか、キャスト欄をしんがりとした。実は『さすらい刑事旅情編』もキャスト欄はしんがりだった。

『さすらい刑事旅情編』ではナレーター(オープニング、本編、次回予告)を兼務したにもかかわらず、なぜキャスト欄の「三浦洋一」を先頭にしなかったのか? 私が思うには、三浦洋一より23歳年上の宇津井健も主演だったので、キャリアを重視したこと。テレビ朝日がしんがりを“真の主演”にすることで、新しいドラマのカタチを提案し、他局に影響を与えなかったのではないかと考える。

『さすらい刑事旅情編』が7シリーズで終了後、三浦洋一を映像で見る機会が激減した。1995年4月以降、主役で出演したドラマはなかったと記憶している。

1999年に舞台の出演が決まっていたが、食道ガンが発覚し、降板せざるを得なくなった。本人は治療に専念し、復帰を信じていたが、その願いはかなわなかった。

■『さすらい刑事旅情編』共演した2人が黄泉の国へ

2014年に入ると、3月15日に宇津井健(享年82歳)、3月30日に蟹江敬三(享年69歳)がそれぞれ黄泉の国へ旅立った。いずれも『さすらい刑事旅情編』で共演し、番組の中心人物でもあった。

宇津井健は温かみのある役が多く、『さすらい刑事旅情編』と同様に“よき理解者”を演じた。

蟹江敬三が『さすらい刑事旅情編』に登場したのは第2シリーズからで、オヤジ臭漂う「ヤマさん」こと、山崎五郎巡査部長役を好演。第4シリーズ以降は炊飯器を署内に導入し、おにぎりを作るシーンもあった。階級の関係でヤマさんは香取の部下だったが臆することはなかった。

2002年からテレビ東京の『ガイアの夜明け』でナレーターを務めた。その声は敏腕経済ジャーナリスト役に聞こえた。靴底をすり減らして綿密に取材した雰囲気があるのだ。

NHKの連続テレビ小説『あまちゃん』では、天野忠兵衛という漁師役を演じ、登場回数は少ないながらも存在感をみせた。最終回では船内でパソコンを使いこなし、同乗の外国人に孫を自慢する意外な“特技”を披露した。

私にとって、『さすらい刑事旅情編』の3人の俳優を映像の中で出会ったことは、大きな財産である。