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スラムの子どもの前向きなエネルギーを伝えたい 『ブランカとギター弾き』監督インタビュー

2017年07月29日 01時03分 JST

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(C)2015-ALL Rights Reserved Dorje Film

フィリピンを舞台にした『ブランカとギター弾き』は、前向きなエネルギーに満ち溢れた作品だ。監督は日本人の長谷井宏紀氏。

これが長編デビュー作となる長谷井氏は、巨匠エミール・クストリッツァに見出され、ヴェネツィア・ビエンナーレ&ヴェネツィア国際映画祭からの出資を経て本作を製作した新星だ。

日本人長谷井監督がなぜフィリピンの子どもを見つめようと思ったのか、本作に込めた思いを聞いた。

スラムの子どもの活き活きした姿を活写

----長谷井監督は海外生活の経験が豊富ですが、中でもフィリピンには特別な思い入れがあるんでしょうか。

長谷井宏紀(以下長谷井):そうですね。30から40カ国くらい行ったことがありますが、フィリピンは僕が28歳の時に初めて行きました。そこで気づいたものとか、もらったものが大きかったので、それを形にしたかったんですよね。

子どもたちと遊んだり、クリスマスの時期に行って文房具プレゼントしたりとかしてて。それが何年か続いて、子どもたちと短編映画を撮ったんです。特に映画祭に出すつもりもなく。

その後、エミール・クストリッツァと出会って、その短編を見せたんですけど、すごい気に入ってくれて、映画祭で上映してくれることになりました。そこでグランプリを取って、映画の世界に入った感じですね。

 

----その短編映画はどんな内容なんですか。

長谷井:スラムの子どもたちの何気ないクリスマスの1日です。子どもたちと5mくらいのクリスマスツリーを作って、パーティーやるという、起伏のある物語ではなく、なんてことのない日常を撮ったものですね。

 

----幸せそうな画が浮かぶ作品ですね。『ブランカとギター弾き』もスラムが舞台の作品だから深刻な話かと思ってたんですけど、全然そうじゃなくて。生きる活力に溢れた作品になってましたね。

長谷井:そうですね。それが日本の皆さんにお届けしたいものだったので。映画から得たエネルギーって結構持ち帰ると思うんです。そしてそれを人にもシェアするものだと思うので、前向きになれる映画を作りたかったんです。

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3人のブランカ

----主人公のブランカとピーターいうキャラクターはどんな風に思いついたんですか。

長谷井:ピーターは以前から知っていたので、あて書きです。ブランカは単純に降りてきたんだと思う

 

----ブランカのキャスティングについて教えてください。

長谷井:パリで脚本書いてた時にイタリアのプロデューサーがサイデルの動画を教えてくれて、見た瞬間「あ、この子だ」って思いました。

ただ、サイデルは遠い島に住んでいたので、学校にも行けなくなるし、撮影に招くのは難しいとフィリピンの製作陣に言われたんですね。

そこからずっと路上で別の子を探してたんですけど、道端で歌ってる女の子がいるって聞いて行ってみたんです。そうしたら、裸足でボロボロの服を着た子どもたちが歌ってお金を稼いでたんですけど、その中にアンジェラという子がいたんです。

彼女は孤児で歌も上手くて、ブランカそのままという感じで、この子でいきたいと思って、アンジェラ自身もやる気になってたんだけど、彼女はとてもシャイな性格だってこともあり、難しいかもしれないという意見が出てきました。

アンジェラでダメならサイデルしかいないから、なんとかならないかと思っていたんですが、そうしたら、製作事務所のすぐ近くに偶然サイデルが来てたんですね。で、彼女に聞いたらやりたいって言ってくれてお願いすることにしました。でもアンジェラも素晴らしいので、別の役を作ったのですが、撮影当日来なかったんですよね。

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----その2人以外にもう一人のブランカがいるそうですね。

長谷井:ピーターがずっと前に知り合った子なんですが、路上でギターを弾いていたら、一緒に歌いだした子がいたらしいんです。しばらく一緒に歌っていたら、クラブのオーナーの目に止まって、クラブで歌うようになったという、映画のブランカとピーターそのままの体験をしたことがあるらしいんです。その後、その子はたまたまそのクラブに来ていた大阪のカップルに養子に迎えられたらしいです。

それを聞いて、映画のエピソードを作ったわけじゃないんですけど、偶然にもそんなことがあるんですよね。

 

----映画に登場する2人の少年もスラム出身ですよね。彼らは映画に出たあと、生活に何か変化はあったんですか。

長谷井:撮影したのは2015年ですが、この前会ったときに、セバスチャン役のジョマル・ピスヨはかなり大きくなってて。彼は映画のギャラで学校に行き始めたんですけど、この前聞いたら辞めたって言ってましたね。(笑)それと彼は斜視なんですが、それを治したいと言ってたから、お金を家族に渡したんです。でもこの前会った時に治ってなくて、「あのお金どうしたの」って聞いたら、あの後弟が腕を折ったので、それの治療代に消えたと言ってました。

子どもの視点で世界を見つめる

----この映画はきちんとフィリピンに子どもの視点から世界を覗けるような作品になってました。大人の視点で子どもを描いてないんです。

長谷井:そうですね。子どもを見てて素晴らしいと思うのは、正しいと思うことをシンプルに捉えてること。大人になると、そこにグレーがいっぱい出てきますから。

彼らを見てて、人生をすごく楽しんでるなと思います。子どもの時期って金持ちとか貧乏とかあんまり関係ない時期ってあると思うんですよ。スラムで駆けずり回ってる子たちも、そこがどういう場所かっていうアイデアはないわけで。今の世界をフルに受け止めてるっていうか、遊びだけじゃなくて、彼らの場合そこに生きるための仕事もあるので、仕事も遊びもかなり同じレベルであるという感じで。生きていくのは大変な場所なんだけど、そんなこと関係ないよっていうエネルギーがカッコイイですね。

 

----お金でお母さんが買えるのかという問いかけから物語は始まりますが、その物語に何を込めたんでしょうか。

長谷井:シンプルな話ですよね。こういうのって先人の映画監督だったり、小説家だったりいろんな人たちが同じテーマを角度変えて語ってるんだと思うんですけど、愛でしかないと思うんですよ。

今、すごい勢いで社会が回ってます。もう作らなくてよくない?っていうものいっぱいあるじゃないですか。資源には限りがあるのに。でも常に何か作らないと社会が回らないから作らないといけなくなっちゃってるわけじゃないですか。

なんでも買える社会、常に回していかないといけない社会の真逆の、貧困にいる彼らが、何もないがゆえに、一番大事な人とのふれあい、愛と信頼を持ってるんですよね。

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経済システムが発達しているがゆえに、人の信頼なくとも生きていくことができる社会と、ブランカの生きているような社会とどちらが豊かな社会であるか。この映画はそんな問いかけを観客にするだろう。シンプルな物語に、子どもたちから生きるエネルギーをもらえる秀作だ。