体育会経験者の僕が会社で気づいた4つのこと

2014年07月26日 23時53分 JST | 更新 2014年07月31日 17時04分 JST

  大学を卒業して会社員として勤め始めたとき、たいていの辛いことはやってきたので、社会のことはだいたいわかっていると思っていた。

 たとえば、受験勉強や体育会のクラブで経験したこと、それに読んだたくさんの本とか。

 そして、会社でおきること、会社で求められるマネージメントスキルは、大学の体育会のクラブで経験したことと大差はないだろう(だから、僕にもすぐできるだろう)と思っていた。

 

 まったく、赤面ものであった。

 もちろん、体育会のクラブと会社では大違いで、僕は大いに辛い目に合い、それまでにもっていた自信も誇りも喪失して、折れてしまいそうになった。

 ひょっとして、僕のように勘違いして壁にぶち当たっている体育会経験者の方がおられたら参考になるかもと思い、この記事を書いている。

 

 ビジネスとスポーツはよく比較して語られる。

 だから体育会の経験者は、スポーツのなかでも厳しい体育会を乗り切ってきたのだから、ビジネスでも同じ方法論が成り立つはずと、ついつい自身の経験に照らし合わせてしまいがちだ。

 体育会経験者は、「不条理に耐えた」「不条理に対する耐性がついた」ということについては、胸を張ればいい。

 が、会社のチーム運営やマネジメントにあたっては、まったく違うスキルが求められるということを知っておいたほうが良い。

 本当に、本当に、あまりにあたりまえのことなのだけど、「体育会」と「会社」はこんなにも違うのだ。

1.価値観の違う人たちのチーム

 

 体育会のメンバーは、同世代の同じ学校の同じような考え方をする人たちからなっている。さらに、チームの価値観を共有できないひとは簡単にチームを去ってしまうので、そこに4年間残る人たちの価値観はほぼ一色と言ってよい。

 いっぽう、会社というところは、カリスマ経営者がひっぱる創業間もない小さな会社でない限りは、さまざまな価値観の人がいる。さまざまな世代の、さまざまな考え方と、さまざまな動機をもった人たちの集まりだ。

 とくに、その会社に勤めているそれぞれの動機は、それぞれの事情もあって、相当に異なる。

 価値観の異なる人たちをひとつの方向にまとめるということは、体育会ではけっして経験できないことだ。

 そして、それはとても難しい。

 でも、それは、おそらく誰にとっても難しいので、一から学べば良いと思う。

 

2.プライドがすべてを支配する

 

 チームスポーツなら、どれだけチームに貢献したかは数値成績でわかりやすくなっている。

 もちろん、縁の下の力持ち的な貢献の仕方もあるが、あくまでその割合は小さい。

 販売を主とする会社であれば、そういうチームの状況とよく似たことになるが、たいていの会社では、多くのメンバーの会社への貢献度は数値成績で一覧できるものではない。

 数値成績がない(あるいは正当に比較できない)ので、それぞれのメンバーは、それぞれが自分のポジションでは会社にとって最大の貢献をしていると思いがちだ。

 そうなると組織の構成メンバーは隅々まで、プライドのかたまりとなり、何をするにつけメンバーのプライドの調整が必須となる。

 下手をすると、本来の目的の実行よりも、プライドの調整そのものに大半の労力を注ぐことになってしまう。

 体育会でそれぞれのメンバーのチームへの功績が一目瞭然でそれをもとに暗黙の了解があったところとは、全然異なっているのだ。

3.何かを強制することは不可能だ

 

 体育会では、先輩の声は天の声であり、OBの声は神の声だった。

 ルールを守らないものは叱責されたし、まさに先輩の目の前でその命令に従わないなどということは許されなかった。

 会社には、価値観の違う人たちが、それぞれの固いプライドで武装して、なんとか毎日をやり過ごしている。

 体育会で下級生が毎日の練習をなんとかやり過ごしているのとは、まったくことなる状況と動機でそうしている。

 上司の目の前で命令に背かなくても、自身のプライドや信念に反すること、たんに面倒くさいことは、サボタージュすることも多い。

 やり方を変えること、何か新しいことをすること、それが会社では全部無理だとは言わないし、そういうマネジメントラインの強い会社はある。

 だけど、体育会で先輩の立場で何かを強制したように、会社でメンバーに何かを単に強制することは、難しい場合が多いと知っておくほうがよい。

 

4.ビジネスは勝ち負けではない

  体育会のチームの目標はシンプルだ。その年、何勝するとか、何位に入るとかで、勝ちか負けかがはっきりする。

 もちろん、ビジネスでも、たとえば自店近くのライバル店と死闘を繰り広げ、片方が閉店という場合もある。

 だが、「会社はだれのものか」という議論がいつまでも終わらないように、ビジネスは勝ち負けだけではない。

 僕の会社のイメージは、森の中にあるひとつの樹。

 外から見ていると、周囲の樹と日光を巡って競争しているだけに見える。

 日光を得る競争に負けた樹は枯れる。

 だけど、最新の研究によると、実は地下では森の木々の根はつながっており、母の樹(樹齢のいった大きな樹)から養分をわけてもらったりしているのだという。

 また、そこに住む様々な微生物を生かしたり、昆虫に受粉を手伝ってもらったりしている。

 とくに最近のビジネスでは、競争だけでなく、森の中の樹のように共生に配慮しなければならなくなっていると思う。従業員の生活や取引先との公正な取引とか嘘のない情報提供とか、社会の中で相応の役割を担うことである。

 森の中にはさまざまな形態の樹木が共生している。

 大きなものだけに常に価値と「勝ち」があるというわけではない。

 体育会的思考の最大の弱点は、シンプルな「勝ち」と「負け」でビジネスを見ようとすることなのかもしれない。

photo by Tom Leuntjens

(2014年7月26日「ICHIROYAのブログ」より転載)