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ツール・ド・フランス2014 第17ステージ レースレポート「新城幸也、逃げに乗って素晴らしい走りでチームに貢献」

2014年07月24日 17時54分 JST | 更新 2014年09月22日 18時12分 JST

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すばらしい走りでチームに貢献した新城幸也

124.5kmの短距離走を、プロトンは全速力で駆け出した。ひどく暑く、ひどくめまぐるしい午後の、始まりだった。スタート直後に8人が飛び出した。ユーロップカーのシリル・ゴチエと、我らが日本の新城幸也も潜入した!

「今日の第一の目標は、最初の逃げに飛び込むこと。ドン!で逃げて、それが綺麗に決まって」(新城幸也、ゴール後インタビューより)

あっさり抜け出したが、そこから先がきつかった。なにしろ後方プロトンから、1分05秒以上のリードを奪うことができない。チーム カチューシャが、どうしても逃げを認めようとしないのだ。前夜1pt差でマイヨ・ア・ポワを失ったホアキン・ロドリゲスを、なんとか発射したい。他チームの協力が一切得られぬまま、灼熱の太陽の下で、紅白ジャージは牽引を続けた。壮大な追走劇は、延々と50kmに渡って続けられた。

行く手には4つの峠。そして最初の1級ポルティヨン峠がやってきた。タイム差は30秒。いよいよ、プリト本人の出番だった。得意の山道を利用して、前方へと弾け出ると、8人を追いかけ始めた。

そして、これが、大規模な飛び出し合戦の引き金を引く。山岳賞を死守したいラファル・マイカが動き、せめて区間1勝が欲しいスカイも後を追う。モヴィスターは「この先」に備えてアシストを3人送り出した。アタックの乱れ打ちにまぎれて......前夜タイムと順位を落とした総合10位バウク・モレマ、12位ピエール・ローラン、13位ユルゲン・ヴァンデンブロックさえ抜け出した!

こんな強豪揃いの後発隊を迎え入れた新城は、「ピエールが追いついてきたので、そこからは一定リズムで引き続けた」とさっそく仕事を開始する。さらに下りで集団はひとつになり、22人の大きな塊となっても――下り切った地点でヴァシル・キリエンカが独走態勢に入ってしまったから、正確には21人――、新城に一服している暇などなかった。むしろここからが、本番だった。1級ペイルスルドの山道から、かつてないほど熾烈な作業に取り掛かることになる。

「半分くらい上ったところで、アタック合戦が少し起こって、それが落ち着いたところでした。ピエールから『じゃあ、行こうか。ア・ブロック!』って言われて。そこからずーーーっと全開です」(新城幸也、ゴール後インタビューより)

1級ペイルスルド峠→1級ヴァル・ルーロン・アゼ峠の連続は、すでに昨ツール第9ステージ(やはり大アタックが巻き起こり、クリス・フルームが苦しんだ日だ)やルート・デュ・シュドでこなした経験があった。1年前は本人曰く「最悪の走り」だったが、この日は上り→下り→上りと延々先頭で「ア・ブロック」を実現させた。ちなみにフランス語で「A bloc」とは、全力全開で精一杯働くこと。

「今まで溜めに溜めていたものを、一気に出しちゃいました。(出し尽くして)ゴールできないかと思うほどでしたよ」(新城幸也、ゴール後インタビューより)

ヴァル・ルーロン・アゼ峠の山頂まで3km。ゴールまで25kmのアーチの下で、仕事を終えた新城は、静かに逃げ集団から離れて行った。区間勝者から14分17秒遅れで、もちろん、しっかりフィニッシュラインへたどり着いた。

新城に代わって集団を引っ張ったのは、マイカの援護役としてついてきたニコラス・ロッシュ。34km独走したキリエンカは山頂間際で飲み込んだ。肝心の山岳賞に関しては、マイカはまたしても先頭を取り損ねた。そもそも、ここまでの3峠、すべてロドリゲスに先行を許してしまった。

「今朝のミーティングで、監督のリースから言われていたんだ。『序盤の山岳ポイントは無理に争いに行く必要はない』『待て、待て、待て』『区間を勝てば、自動的にジャージは手に入るから』って」(マイカ、公式記者会見より)

いつしか14人に絞り込まれた先頭集団は、超級プラ・ダデへ入る直前さらに小さくなった。10.2kmの最終峠には、ローラン、ロッシュ、アマエル・モワナール、ジョヴァンニ・ヴィスコンティが先頭で乗り込んだ。ほんのすぐ背後では、マイカとプリトの壮絶な赤玉の戦いが繰り広げられていた。

「前を追わずに、ボクはロドリゲスだけをひたすらマークした。山岳ジャージを手に入れるためだ。彼を振り落とそうと試みた。2回、3回、と加速した。とうとう、ロドリゲスを突き落とした。それから前の4人を追いかけたんだ」(マイカ、公式記者会見より)

ゴール前7.5kmでロドリゲスに別れを告げると、ロッシュ/ローラン/モワナールにすぐに合流を果たした。5.8kmでトリオを振り切ると、すでに独走中のヴィスコンティを追いかけはじめた。2013年ジロ・デ・イタリアで「雪の」ガリヴィエを制したイタリア人を捕らえても、「暑い方がボクは好き」というポーランド人は決して手を緩めなかった。ラスト2.5km、山頂へとひとりで旅立った。

「第10ステージでチームは不運に見舞われた。休養日にリースがみんなに言ったんだ。『いいか、みんな、戦い続けなければならない。1ステージ勝たなきゃならない』って。でも1ステージの代わりに、ボクらは3ステージも勝っちゃった。みんな喜んでいるよ。あとは、ボクが、山岳ジャージをパリまで持ち帰れるといいんだけど」(マイカ、公式記者会見より)

しかも3勝のうち、マイカが2つを手に入れたのだ。アルプスの山頂フィニッシュでひとつ、ピレネーの山頂フィニッシュでひとつ。「ツールが大好き」になったのも当然だ。そしてリース監督の予言したとおり「山頂フィニッシュポイント2倍ルール」で50ptを一気に獲得し、総計149ptで逆転首位を成功させた。2位ヴィンチェンツォ・ニーバリとは31pt差、3位ロドリゲスとは37pt差。残る山岳ポイントは第18ステージ79pt、第19区間1pt、第21区間1ptだから......。ピレネー最終日の山の上で、おそらく最終的な赤玉ジャージの行方が決する。

ヴィスコンティとマイカのアタックには付いていけなかったけれど、ローランは自分のペースで山頂まで走り続けた。後方から猛スピードで駆け上がってきたマイヨ・ジョーヌとジャンクリストフ・ペローに、ゴール間際で抜き去られたものの、区間6位で短く濃密な午後を終えた。総合も12位から10位へと再び上昇した。

「勝利には結び付けられなかったけれど、チームメートにはすごく感謝してる。きっとジロを最後まで戦ったことが影響しているんだと思う。終盤はもう追う脚がなかった。明日も難しい日になるだろうね。でも、ボクらチームは、再びトライしていく。たとえボロボロになっても、トップ集団にくらいついて、パリでの総合トップ10入りを確保したい」」(ローラン、ゴール後インタビューより)

上述したニーバリとペローの爆走は、ラスト5km地点から始まることになる。その前に、メイン集団が大きく動き出したのは、3つ目の峠ヴァルルーロンの山道だ。総合4位ペローと総合5位ロメン・バルデを擁するアージェードゥゼール・ラ・モンディアルが、山頂直前に前方へ競り上がると、そのまま若者を高速ダウンヒルへと送り出した。前夜に新人賞ジャージを脱いだばかりの23歳は、ひとり勇敢に先を急いだ。最終峠の麓では、メイン集団から35秒のタイム差を奪った。

すべては朝のチームミーティングで計画していた通りの作戦だったという。目的は、総合2位アレハンドロ・バルベルデとピノの両アシストを働かせ、疲れさせること。狙いは当たった。ピノの山岳アシスト、アルノー・ジャネソンは懸命の追走に当たった。おかげでラスト7km地点、ピノ自身は新人賞のライバルを捕らえたけれど、すべてのアシストを使い切ってしまった。

Ag2rの作戦は第2段階へと移行する。「ロメンが前方で最高のアシストをしてくれたおかげで、ボクは楽々と前に飛び出すことが出来た」(ゴール後TVインタビューより)と語るペローが、ゴール前6km、攻撃に転じたのだ。するとバルベルデが、ほんの少し、遅れた。探りを入れるために、もう一度、フランス人がペダルを踏み込むと、やはりスペイン人は集団から滑り落ちた。そして......。

「まだ明日、難しい山岳ステージが残っている。調子はいいけれど、山では、何が起こるか分からないもの。だから、もしもの不調に備えて、今日はできるだけライバルからタイム差を奪い去っておきたかったんだ。だってパリまで総合優勝は決まらないし、そもそもボクはそういう性格なんだよね」(ニーバリ、公式記者会見より)

4分37秒差でもちっとも安心できない黄色いジャージが、ゴール前5kmで、毅然たる一発を振り下ろした!ここでAg2rは分担作業に切り替えた。ペローはさっとニーバリの背中に飛び移った。途中で逃げ残党アレッサンドロ・デマルキの「チームを超えたアシスト」を受けつつ、あとはフィニッシュラインまで仲良く凄まじい爆走を繰り広げた。一方のバルデには新たな使命が課せられた。ピノ&ティージェイ・ヴァンガーデレンと共に、後方に留まること。もちろん、バルデはペローとニーバリを追いかけもしなければ、バルベルデを追い落とす作業も手伝わない。ただピノがせっせと先を急ぐ姿を、後ろからじっと眺めているだけ。

「昨日より調子が良くない上に、アタックさえ仕掛けられなかった。ただ、被害を最小限に抑えられたことは、満足している。それにしても、バルベルデは、突如として力が出なくなったように見えたんだけどなぁ」(ピノ、ゴール後TVインタビューより)

力なく落ち始めたスペイン人リーダーを、あらかじめ逃げに乗っていたアシストたちが、慌てて救出に向かった。もちろん3人の中でも、ヴィスコンティだけは最前列で自らのために戦っていたけれど、ヨン・イサギーレインサウスティとヘスス・エラダはひたむきにバルベルデを支えた。2009年ブエルタ覇者は、生まれて初めてパリの表彰台に立つチャンスを、絶対に手放そうとはしなかった。意気込みなのか、それとも経験か。最終的にはピノ集団に追いつき、5秒の追加アドバンテージさえ奪った。

総合首位ニーバリは総合2位バルベルデとのタイム差を5分26秒に開き、パリでの最終マイヨ・ジョーヌへとまた一歩近づいた。総合2~6位は順位には変動はなし。ただし総合3位ピノと4位ペローとのタイム差だけは、62秒→8秒と大幅に縮んだ。最初の山で大逃げを試みた総合関係者たちは、それぞれにモレマ10→7位、ローラン12→10位、ヴァンデンブロック13→12位と嬉しいジャンプアップを決めている。

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宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

(2014年7月24日「サイクルロードレースレポート」より転載)