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一日にバスは4本。"ほぼ陸の孤島"でも車を持っちゃダメとは?【映像あり】

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【高知県香美市物部町別府のバス停】

■クルマがないと病院に通えない村

「1日にバスが4本しかない!」。

バスの停留所に行ってみて驚いた。

地域の中心部に行くバスが1日に4本。

市の中心部へはそこから別のバスに乗り換えなければならない。

朝7時21分、その次は13時1分、17時6分、18時18分。

地域の人たちはいったいどうやって生活しているのだろう?

ここは高知県の香美市物部町別府(かみし・ものべちょう・べふ)という地域。

2006年に市町村合併で香美市が誕生するまでは物部村(ものべそん)という独立した自治体だった。日本一のゆずの産地として知られていた。高齢者が多く、高齢化率が5割を超える集落が点在する。別府もそうした集落のひとつだ。
 
写真は別府から物部町の中心部で旧物部町役場(現在は香美市役所支所)がある物部町大栃(おおどち)に行くまでのバスの時刻表だ。

バスが唯一の交通機関なので、地元の人はバス停のことを「駅」と呼ぶ。

別府のような集落はこのあたりには数多い。

特定を避けるために以下、住人Aさんの身の上に起きたことを、年齢や住んでいる地域、通院先や病名などの情報を秘した形でお伝えしたい。

Aさんは重い病気で高知市内の病院に週2回通院している。

車を保有していて通院には自分の古い車を利用している。車がなければ病院に通うことは事実上困難だ。

もしも公共交通機関だけで通院するとしたら、ルートは以下のようになる。

自宅から徒歩で、別府の駅(バス停)から7時21分に→大栃の駅(バス停)まで行く。大栃のバス停から土佐山田駅前までバスで行き、そこからJRの電車に乗り換えて土佐山田駅→高知駅と移動し、降りてから再びバスに乗る。

バス同士も接続も良いとは言えず、片道でざっと3時間かかるコースだ。

往復で6時間。
 
車だと1時間あまりで行ける。

そんな場所で車を利用してきたAさんが、先日、その車を手放せと役所から迫られた。

■クルマを手放せと言う理由

ここは一人当たりの県民所得が沖縄県についで全国2位の高知県だ。貧困率もやはり沖縄県についで全国2位。林業など一次産業の衰退で特に香美市のように山間部が多い地域には低所得者が数多く住んでいる。そうした低所得者の一人であるAさん。通院にかかる治療費もかさんで生活が苦しくなり、民間の相談機関に問い合わせをしたら、生活保護を受けることを勧められた。

生活保護を受けることができるなら、国が定める生活保護基準に満たない分の生活費は支給してもらえる。病院の治療費を自分で払わなくてもよくなる。

だが、Aさんが生活保護を申請しようと市役所に行くと「車を保有していると生活保護は受けられない」と言われた。

付き添った民間ボランティア「香美市くらしの相談所」の相談員・森本珠城さん(59)も憤りを隠せない。

「役所は病気を抱えて通院が必要な人に片道3時間かけてでも公共交通機関で通えと言うのです。こんなに広いし、バスの便もすごく悪いところなのに。でも香美市では、車を保有していると生活保護は問答無用にダメだという。絶対と言ってよいくらい役所は認めてくれません」と語る。

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【地図を示して香美市の山間部の広大さを示す森本珠城さん】

高知市内の法テラス法律事務所の中島香織弁護士(37)も車の保有がネックになって生活保護が受けられないという相談は少なくないという。

「高知市内でも交通の便が悪い山間部は多い。しかし、役所は車の保有が仕事に必須であるとか、身体障害があるために他の移動手段がないとか、あるいは6か月で必ず生活保護を抜けるのでその間だけ、というケースでないと、車を保有しながらの生活保護受給を認めようとしません」

そばに付き添っていないと目が離せない発達障害の子どもを抱えるシングルマザーのケースで、児童相談所や療育センターなどに頻繁に通うために車が必要だと説明しても役所は認めてくれなかったという。

「車がなければ児童相談所に行くだけで1日が終わってしまう。車があれば一度に何か所にも行って用事を済ませ、それ以外の時間で働くとか自立のための勉強などができる。生活保護は自立を助けるための制度のはずなのに役所がやっていることはかえって自立を妨げている」と問題視する。

■クルマは今も「ぜいたく品」?

なぜ、生活保護を受けるにあたって車の保有は認められないのか。

生活保護を受給するには「収入」がないことに加えて、「資産」を処分していることが条件になるからだ。

一般的に「家」「貯金」などと並んで「車」も資産として扱われる。売却処分してお金に替えて、それでも生活できなくなって初めて生活保護を利用できる、というのが役所の建前だ。

生活保護制度では自動車は生活に欠かせない物というよりも「ぜいたく品」だから処分すべき対象という考え方だ。

生活保護ではかつて20年ほど前までは、エアコンやテレビも「ぜいたく品」とされた時代があった。さすがに現在ではエアコンは、それがないと生きていけない生活必需品、生活インフラという認識が広まった。夏場の猛暑でエアコンがない高齢者が熱中症で相次いで死亡している時代に、エアコンを処分してから役所に来いという対応はあまり聞かないが、車については今も香美市のように「処分すべき対象」だという対応になる。

厚生労働者は「生活保護手帳」や「想定問答集」などの自治体向けマニュアルで、こういう場合は生活保護が認められる、こういう場合には認められないなどのケースを例示している。車については、それ自体が資産だという他にガソリン代や駐車場代や維持費がかかることや万が一事故を起こして加害者となった場合に賠償能力に問題が出てくるとして、所有することだけでなく、運転することも基本的に認めていない。

例外的に認めるケースはある。

厚労省は、その例外について生活保護を担当する保護課長の「通知」という形で厳格に条件を示している。

「公共交通機関の利用が著しく困難な地域に 居住している者」などで、かつ障害者である場合や「求職活動」をしている場合など、かなり限定されている。

香美市の対応はこの課長通知に沿ったものだということができる。

一方、今回のAさんのようにきわめて交通事情が悪い場所に住んで通院の必要があるなどまで車の保有を認めないのは理不尽だというケースは個々には発生している。

法律家の間では、車の保有を厳格にしか認めない現状が、生活保護の「水際作戦」を助長している、という主張も根強い。

「水際作戦」というのは、生活に困った人が生活保護を求めて役所に相談に行っても「あなたは条件に合わないから生活保護を申請できない」などと言って役所が追い返し、申請書さえ書かせない対応だ。生活保護を申請するという手続きに開始する権利を奪うことは人権侵害だとして全国的に裁判などで争われている。

「車を持っていること」も役所が生活保護を申請させない口実にされるケースも多いため、日本弁護士団体連合会(日弁連)も2010年、厚労省に対して意見書を出した。

「現在の生活保護行政においては、生活に困窮した市民が福祉事務所の窓口を訪れても保護の申請ができずに追い返されてしまう、いわゆる「水際作戦」が広く行われており、正当な保護受給要件のある人が申請を断念させられ、保護受給者の数を減らす結果を招いています。この『水際作戦』の一つの典型例となっているのが、『車を処分しなければ保護は受けられない』という対応であり、その背景には極めて限定された場合に限って自動車の保有を認め、自動車保有を過度に制限する各種通知等の存在があります。」
日弁連2010年5月6日「生活保護における日用品としての自動車保有に関する意見書」の前文

また福岡県で生活保護受給者が車を借りて利用していたとして役所が生活保護を廃止にした事例が裁判で争われ、一審判決で保護廃止までしたのは違法だと認定されたケースもある。

この問題については、生活保護の問題で発信している弁護士や司法書士らにより「生活保護問題対策全国会議」のホームページに詳しい。 

■市町村合併のツケという一面も...

収入が少ないAさん。医療費の負担が重くのしかかる現状は変わらない。

それでも生活保護の申請はあきらめた。

車を処分してしまうと、通院だけでなく買い物も困難になる。

Aさんの集落には移動スーパーのようなワゴン車の販売もやって来るが、品数も限られ、定価での販売だ。

病弱なAさんは、車がない生活では通院が事実上できずに死ぬしかないと考え、生活保護を断念した。

収入面でみると、生活保護の基準よりもずっと低い生活水準なのにもかかわらず。

今回の旧物部村のように、市町村合併をした結果、人口流出に歯止めがかからない地域は都市部から離れればいくらでも存在する。旧物部村=現在の香美市物部町=は、面積では香美市の半分を占めるが、人口ではわずか10分の1でしかない。

Aさんのケースを見ても、車の問題はその地域の人たちの「生活の質」や「命」に直結する問題でもある。

生活保護の運用面で対応を変えることは本当にできないのか。

あるいはそれが難しいというなら、せめて地方行政が公共交通機関のネットワークを充実させることは最低限の責務ではないのか。

過疎化と高齢化が全国各地で進み、貧困が広がっている。

市町村合併の末に大きな自治体の周辺部への行政サービスが届きにくくなり、バスが一日に数回しか来ない別府のような集落はあちこちに存在する。

そんな地域で、人々は車を手放して生活保護を受けるか、車を利用するために生活保護をあきらめ、保護基準以下の暮らしをするか、いう二者拓一のジレンマを抱えている。

(この記事はジャーナリストキャンプ2014高知の作品です。執筆:水島宏明)