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あの日から未来へ――医局で見た震災4年目

2015年07月13日 22時00分 JST | 更新 2016年07月13日 18時12分 JST

南相馬市立総合病院ではこの5月から、海外からの留学生の受け入れを開始した。イギリスのエジンバラ大学から3ヶ月間、長期間では無いが南相馬に移住し、生活を送りながら我々と一緒に研究を行う初の試みである。先日、我々のチームがイギリスに現地の状況を紹介に行った際、多くの先生と話す中、ご縁が発展し実現した。海外の大学では、大学から資金援助を受けて、インターンとして短期間、現地で活動しながら、研究を行い、学位を取得する。そんなプログラムが数多くある。彼女もそのプログラムで来日した。地元に自分で家を借り、そこから病院に通っている。

研究内容は、一言で言えば社会医学、原発災害後の社会変容と医療ニーズの変化について、具体的にはどのような地域や環境に住んでいた方が特に震災後慢性疾患の悪化を経験しているか?を調べることである。元々彼女は早稲田大学に留学していたこともあり、日本語が堪能で、スタッフとのコミュニケーションには不自由が無い。医局には彼女の机があり、昼間は情報収集やデータの整理を行い、夜には若手医師と一緒に研究の進歩状況や今後の課題について議論している。休日には、色々と周辺を見て回っているようだ。倫理委員会の審議も終了し、まだ道半ばであるが、みんなでサポートしながら進めている。若手のドクターにとっては留学生と話すだけで刺激となるし、英語のプレゼンテーションの練習にもなる。社会医学的な内容は、現地の医療状況を理解する上に置いて非常に重要だと認知しているが、どのように調べるか学ぶ機会は多くない。我々が逆に彼女からその方法論やどのようなことを調べれば今後のこの地域に役に立つかを考える機会をもらっている。きっと彼女が本国に帰ったとき、現地の状況を伝えてくれるだろうし、我々にとって、知識を与えてくれる、一緒に研究するだけの存在では無く、多くを学ばせてくれる新しい心地よい風である。

留学生だけでは無く、医局は私が初めて支援で訪れたときと比べて大きく様変わりしたように思う。研修医は1,2年目併せて6名おり、九州、関西、関東含め日本全国から集まっている。常勤医の数は30名を越えた。

勉強会や学会発表、研究活動も活発になってきており、除染作業員の健康管理についての問題を当院の2年目研修医が、内部被ばく検査については、検査業務の多くを受け持ってくれている臨床工学技士さんが2名、それぞれ大阪、福岡の学会での発表を終えたばかりである。通常の診療でのがん患者さんの状況についても若手が海外の学会に投稿したり論文を書いたり、英語論文にレターを提出する機会も増えた。

私より更に若手と話をしていると、支援に来るという目的だけで当地に赴任する医師はもうあまりいない。寧ろ地域に出て地元の方々と接することを通して、高齢化し、医療リソースの少なくなったこの地で何が出来るのか修行を積んでみたい。手術や手技を含め、この指導医の元で働いてみたい。様々な社会問題に飛び込んでできるだけ自分の出来ることをやっていきたいといった医師が増えている。

被災地だから。リソースが減って大変になってしまった場所、看護師も介護士も足らなくて大変な場所。医療過疎。大きな被害と変わらない現実。確かにそんな側面もある。しかしながらそんなマイナス方向の見方だけではなく、だからこそ今後の日本の将来と照らし合わせ、試行錯誤しながら成長したい、修行を積んでみたい。そう思って集まってきている若手が多い。大変だ、大変だと連呼する負のスパイラルでは無く、皆で地域の医療を支える良いサイクルに入るきっかけがあるように感じている。

震災から4年。まだ4年なのか、もう4年なのかわからない。しかしながら少しずつ進んでいる。今日の医局の雰囲気をみてそう確信した。

学会会場にて。

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(2015年6月24日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)