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日本の医学研究の行方 キーワードは「透明性」

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3月16日、東京地裁は降圧剤の臨床データを改竄し、学術誌に投稿させたとして薬事法違反に問われたノバルティスファーマの元社員に対し、無罪判決を言い渡した。

データの改竄はあったものの、「論文への投稿は薬事法に定める誇大な広告にはあたらない」という判断だった。

この判決は国民を失望させた。大手紙は社説などで、判決の問題点を指摘し、3月29日、東京地検は上級審に控訴した。

議論は、まだまだ続く。関係者の責任追及とともに、再発防止のための対策を講じなければならない。

厚労省も動かざるをえない。臨床研究法案を提出し、4月7日には参院本会議にて全会一致で可決された。

この法律が施行されれば、製薬企業が資金提供する臨床研究や、未承認や適応外医薬品を対象とした臨床研究では、利益相反の遵守を強化し、カルテとの照合などモニタリングを強化するらしい。

また、このような臨床研究を審査する倫理委員会を「認定臨床研究審査委員会」として、50程度に集約するそうだ。

私は、このような政府による規制強化には賛成できない。それは規制強化が、研究コストを押し上げ、政府の権限拡大と利権を生み出すからだ。現場の医師と患者が疲労し、研究支援のための間接業務だけが肥大しかねない。

我が国の財政状況を鑑みれば、今後、公的研究費が増えることはあり得ない。研究の効率化をはからなければ、我が国の医学研究は衰退する。

すでに徴候はある。英科学誌「ネイチャー」は3月23日の別冊で、この10年間で日本の研究が失速したとコメントした。05年から15年の間に、世界で学術誌に掲載された論文は約8割増えたのに、日本からの論文の増加は14%に過ぎなかったという。小泉改革以降の運営費交付金などの抑制が効いているのだろう。

我々に求められているのは、低コストで、研究の質を上げると同時に、国民の信頼を取り戻すことだ。

実は、この問題は先進国共通の課題と言っていい。キーワードは透明性だ。

3月15日、英国の科学誌「ネイチャー」などを発行するシュプリンガー・ネイチャーは、発行する全ての学術誌で、研究の再現性・信頼性を高めるため、透明性基準を強化する方針を明らかにした。データ、分析方法、研究材料などを出来るだけ開示し、第三者がチェック出来るようにすることを求めている。

米国の臨床医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」の編集部も、同様の試みを進めている。彼らは「オープン・データ・コンテスト」と銘打ち、既に誌上発表された高血圧の臨床研究の元データを公開し、他の研究者が解析出来るようにした。参加者は分析結果をもちより、その優劣を競った。3月7日にはイスラエルの研究チームが優勝したことが発表された。やがて、同誌で発表された全ての論文に対して、おなじようなことをするだろう。

私は、この制度こそ、日本に持ち込むべきだと思う。

高血圧の臨床研究不正が発覚するきっかけは、独立した研究者が血圧データの不自然な一致に気づいたことがきっかけだ。彼は、その成果を「ランセット」に投稿し、受理された。つまり、研究業績になったわけだ。公的資金は一円も入っていないし、この医師は、このレターをきっかけに飛躍的に知名度を上げた。プロ同士の相互チェックが機能したことになる。この方法は低コストで、高い有効性が期待出来る。

我が国の対策は正反対だ。厚労省は一部の施設を拠点に認定し、集中的に資金を投資している。

そのような施設の研究者は、概してデータ開示に消極的だ。その象徴が厚労省研究班だ。主任研究者の多くが、ナショナルセンターの医師で、彼らが税金を用いて集めたデータを積極的に開示したという話は聞かない。2014年には、国立がん研究センターが組織ぐるみで研究費を裏金にして、不正に使用していたことが判明している。これでは医学研究など進むわけがない。

科学を進歩させるには、透明性と自由な議論が必須だ。官僚と彼らに迎合する研究者による規制強化は、科学の進歩を損ねる。20世紀のソ連や中国が、その典型例だ。我が国の研究不正対策は、抜本的に見直す必要がある。

*本稿は「医療タイムス」での連載を加筆修正したものです。