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僕が結婚して、妻の名字を選んだ理由

2017年01月17日 23時01分 JST | 更新 2017年01月17日 23時33分 JST

2016年5月29日に私と妻は結婚した。そしてその日から、私の名字は妻の名字になった。

これは、何カ月もかけ、何度も何度も話し合いを重ねて決めたことだ。名字を変えるというのは、かなり勇気のいる決断だと思う。だから、妻の名字になると決めるまで私がどう感じたかのか、どんな気持ちで決断したのかをお話ししたい。

簡単に言うと

私が妻の名字にした理由を手短に説明するとこうだ。

 ・ 妻は自分の名字「ブロバーグ」を変えたいと思っていなかった。

 ・ 私は結婚した後、家族で同じ名字を共有したかった

以上。だから、私は自分の名字を変えることにした。

もう少し詳しく説明すると

人生に関わる決断はシンプルな方がいい。だけどこの問題はそんなにシンプルに決められるものではなかった。私は「自分の信念と行動を一致させたい」と常々思っている。だから、その観点からこの問題を考えてみた。

私の信念とは?

私にとって、家族とは同じ名字を共有するもの。スミス家。ジョーンズ家、ウィリアムズ一家。シンプルでわかりやすいこの家族の形は私を安心させてくれるし、昔から続くこの家族の構図が私は好きなのだ。

また、ユダヤ教を通して培った家族の価値観も、私は大事にしている。私の両親はユダヤ教徒で、なんとなく私もその教えを受けて育った。

割礼、バル・ミツバー(ユダヤ教少年が13歳で迎える成人式)、セダー(過ぎ越しの祭り)、といったユダヤ教の伝統行事は私にとってさほど大切なものではなかったが、そこに込められていた価値観は、私にとって大切なものになった。だけど、名前が変わることで、その価値観が覆されるようなことにはならない。

もう一つ大切なのが、ジェンダーの平等だ。私の母は熱心なフェミニストで、私も子供の頃から女性と男性は平等であると信じてきた。大学では「性別が私たちの常識にどんな影響を与えるか」を学びボーヴォワールの本を読んで感動した。これまで男性の価値観を中心に世界が作られてきたことを見て、女性も男性も平等に生きられる世界を作りたいと望むようになった。

これが私の信念だ。では、大好きな女性と婚約して名前をどうするかという現実的な問題に直面した今、私はどうすればいいのだろう。色々な方法を考えてみた。

ふたりの名字をつなげる? しかし「ブレンダー・ブロバーグ」という名字は長ったらしい。ふたりとも、そんな名字にするのは嫌だった。

伝統的な方法で名字を選ぶ? つまり、夫である私の名字のブレンダーにするということだ。しかし、妻は名字を自分のアイデンティティの一部だと強く感じていた。一方の私は、自分の名字に対する思い入れはそこまで強くなかった。そして、彼女の気持ちを尊重したいと思っていた。

では、伝統的な方法以外を模索しよう。選択肢の一つは、ブレンダーでもブロバーグでもない新しい名字にするという方法だ。これは、ふたりとも嫌だった。そこで、もう一つの選択肢を検討してみた。それはつまり、僕が名字を変えるというチョイスだ。そしてそれは悪くないアイデアだった。だってこんなにいいことがある。

 ・「家族で同じ名字を共有する」「ジェンダーの常識を破る」という私の信念に沿っている。

 ・「彼女と私は平等」という自分の考えを「名字を平等な立場で選ぶ」という行動に移せる

 ・ ユダヤ教徒っぽくていい(これはおまけ)

検討した結果、私たちはこの選択肢をとることにした。

だが……

ところが、決めた後で突然怖くなった。「自分は何かを諦めているんじゃないだろうか? 名字を変えることで、大切な人との間に溝ができてしまわないだろうか?」そんな気持ちが襲ってきた。 自分の名字が自分にとってどう重要なのか、重要ではないのか、私はまだ真剣に考えたことがなかったのだ。

リストを作ってみた

そこで私たちは、名字を変えることの良い点と悪い点を6カ月に渡って話し合った。どちらがいいのか、なかなか決まらなかった。彼女は数えきれないくらい何回も「本当にいいの?」と私に聞いた。私は悪い点と良い点を比べるリストを作ってみた。その一部を紹介しよう。

悪い点1:自分の家族であるブレンダー家を傷つけるかもしれない

ブレンダー家は強固な絆で結ばれているというわけではないが、私にとって大切な人たちだ。家族とはずっと連絡を取り合っていたし、親戚とも良い関係を築いている。大切な家族を傷つけるのではないだろうか? 結婚式が近づくにつれ、そんな気持ちが襲ってきてパニックになった。父に恥をかかせるのではないだろうか? 兄弟は、私が家族を捨てたと感じているのではないだろうか? 結婚して名前が変わった後でも、おじさんやおばさんは私を家族だと思ってくれるだろうか?

悪い点2:ブロバーグ家に無理やり入り込んで、嫌な思いをさせないだろうか?

妻はふたり姉妹の長女だった。私が名字を変えてブロバーグを名乗るなんて、出しゃばった行為ではないだろうか? 彼らは本当にそれを望んでいるんだろうか?

悪い点3:離婚したらどうなる?

万が一にも離婚してしまい、ブレンダーという名字に戻らなければいけなくなったとしたら、私は大きく傷付くだろう。私の家族の中には、離婚した人がたくさんいるけれど、もし私が離婚するとなったら、すべての過程をブログで公開した最初の人間になるだろう。もちろんそうならないように全力を尽くすが、そんなシチュエーションを想像するだけで恐ろしい。

良い点1:自分の信念に沿った選択だ

私たちは夫婦は、伝統的な家庭に見えるかもしれない。私は稼いで家にお金を入れ、家族を支えたいと思っている。自分のキャリアアップのために、私は転職する予定だ。そのために遠い場所に引っ越すので、妻は自分の家族から遠く離れてしまうだけでなく、仕事を辞めなければならない。

一方で、彼女は今の生活のペースを変えたいと思っていて、引っ越した先ではそれができる。例えば、彼女は家を欲しがっているが、彼女の貯金と私の転職による収入アップでそれが可能になる。家事について言えば、私は皿洗いをするし、それ以外のほとんどを平等に分担している。

周りからは、性別で仕事を分担している伝統的な家族に見えるかもしれないけれど、実際はそうではない。だけど、それが真実かどうかに関わらず、見た目が重要だとも思う。だからこそ、私が名字を変えるという選択をすることで、私と彼女が平等な立場にあるということを周りに伝えることができる。

良い点2:ユダヤ人らしい

そんなことにこだわるなんて、と思うかもしれないけれど、私は自分のユダヤ人としての歴史を大切にしていて、そこから学んだことを誇りに感じている。

だけど、私のユダヤ人としての歴史は、名字とは結びついていない。家系を調べた時に、私の名字は本物ではないということがわかった。ユダヤ人が迫害されていた時、迫害から逃れるために買った名字だったのだ。

私の名前は、戦争や強制収容所の歴史につながるとしても、それ以上の意味もそれ以下の意味も持たない。人々や伝統こそが、私のユダヤ人として歴史だ。どんな名字になったとしてもそれは変わらない。

良い点3:私の家族の価値観にあっている

私の家族は、これまでも名字にこだわらなかった。私は、義理の母に育てられた時期があった。彼女とは血もつながっていなかったし、名字も違った(父と彼女は結婚するまで10年間付き合っていた)。だけど結婚していない間も、彼女は母親と変わらない態度で私を育ててくれた。

私の生みの母は、再婚して名字が変わった後でも、変わらず母親として接してくれた。姉妹だって、名字に関係なく姉妹だ。同じ経験を共有し、共に努力することこそが家族をつくると思う。名字ではない。

比べた結果、行動に移すことにした

良い点、悪い点、悪い点、良い点。リストをつくったけれど、結局それは自分の気持ちよりは重要ではないと気付いた。私の気持ちは、名字を変えるのがいい選択肢だと感じていた。そして私の名前は、マシュー・ブレンダー・ブロバーグになった。これが私のストーリーだ。そして私はこのストーリーを、結構誇りに思っている。

インターネット上で、私は少しずつ新しい名前に変えていった。「ブレンダー」が新しいニックネームになったが、気に入っている。

妻の名字を選ぶ ―― この決断をする決め手になったのは「信念と行動を一致させる」という私の目標だ。「私はこう信じている」と口にするのは、パワフルで影響力があり大切だけれど、それを行動に移すことにはもっとすごい力がある、と思う。

「自分の物語を話したからといって、他の男性にも同じことをしてほしいなんて思っているわけじゃないよ」と言えば嘘になる。名字を変えれば、ジェンダーの平等が実現するというわけではない。だけど、名字を変えるということは「わたしたちが生きる社会の中で平等を達成する」という、大きなゴールを達成するための一部になる。

最後に、周りからどう見られるかは大事だと思う。将来、妻の名字でテクノロジーの会社の重役となり、お金を稼いで、大勢の部下を率いるような立場になれたらいいと思っている。

【編註】環境・社会問題研究者の田中めぐみさんのブログによると、アメリカでは1970年代から選択的夫婦別姓が認められているが、夫の姓を選ぶ女性が67%と圧倒的に多いということです。

ハフィントンポストUS版に掲載された記事を翻訳しました。

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