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子どもは殺されないよね?

2015年07月22日 22時28分 JST

「先生、……でも、戦争でも、子どもは殺されないよね?」

小学2年生の無邪気な質問に、私はこう答えました。

「あのね、戦争っていうのは、一人でも多くの敵を殺すことがいいことなの。戦争の時は大人も子どもも関係なくて、あなたが“敵”だったら、その敵の大人はあなたを殺すことをいいこと、と思って殺すんだ」

この会話は私が日本のいろいろな小学校で、人権や平和といった概念を元に英語の授業をしていた時、“難民”というテーマで授業を行った時に出てきたものでした。

日本の子どもたちのナイーブさに驚くとともに、彼らがいかに“戦争”からかけ離れた生活を送っていることに感謝しました。が、同時に、遠く離れたリベリアやガザでは、戦争状態しか知らない子どもたちも大勢いること、ということに胸が締め付けられたことを記憶しています。

私は1991年から2004年まで、グローブ・インターナショナル・ティーチャーズ・サークル(GITC)という民間の英語教育研究団体を主宰し、教材を作り、先生方にセミナーなどを企画し、そして請われれば全国の小学校に赴いて初対面の子どもたちに英語の授業をしていたのです。一回限定の英語の先生として。

「小学校低学年に難民だの地雷だの、というテーマは重過ぎるのでは?」

といった反対意見も頻繁に聞きました。

が、私は子どもたちには真実を伝えよう、真実を伝えて、そこから何を受け取るか、またそれを超えていくのは子どもたちに任せよう、という姿勢でした。私には、どんなに幼い子どもでも、大人が真剣に訴えれば必ず耳を傾けてくれる、という自信がありました。

もちろん、小学校1年生に、どこでどのように今、戦争が起きているか、などという“事実”を伝えることが目的ではありませんでした。

私たちの教材は、世界で起きているさま様な出来事を子どもたちが理解できる日本語で伝え、その中に出てくる一つか二つの英語のフレーズを、そのテーマ事学んでもらおう、という手法で作成されていました。

例えば冒頭でご紹介した『難民』というテーマでは、リベリアの内戦で住む場所を追われたリベリア人の女の子マータが主人公の紙芝居をメインに授業を組立てました。ストーリーは全編日本語で子どもたちに読み聞かせます。

その紙芝居では、マータが大統領と敵対する言語を話す部族出身だったために、大好きな学校も家も犬もおいて、家族で安全な場所まで逃げる様子を描きました。これは私が実際に知っている少女を元にストーリをまとめたものでした。

ハイライトは紙芝居の筋に沿った替え歌で、子どもたちに、「おうちに帰りたい、はI want to go home. と言うんだよ」と紹介し、それをみんなで歌いました。

ただ、その時、私は、

「大好きな犬も、大好きなお友達も、大好きなおもちゃも、大好きな弟と一緒に遊んだマータのお家はね、焼かれて無くなっちゃったんだ。そのことを思いながら、マータになったつもりで、その無くなっちゃったお家に帰りたい、と言ってみよう」

と伝えました。

そうすると一人の女の子が、涙がこぼれそうな目をしながら、ゆっくり、言葉を選びながら、こういう質問をしたのです。

「……マータの“お家に帰りたい”と、私たちがお友達の家から自分の家に帰りたいときにいう“お家に帰りたい”って、同じなの?絶対同じじゃないよ。違う言い方があるんじゃないの」

不覚にもこれを聞いて私はポロリと涙を流してしまいました。

「そうか、そうだよね、同じじゃマータに悪いよねぇ。でもね、言葉はまったく同じなの。でも、それを言っている心はうんと違うよねぇ」

子どもたちにとって、難民という概念が難しくとも、少なくともこの授業をしている間、彼らの共感する心、Empathyは大きく膨らんで、自分には何の落ち度もないのに、ある日突然、“難民”とならざるを得なかった、リベリアの女の子、マータが身近になった瞬間でした。

“I want to go home.”

この英語の文章には、動詞があり、二つ目の動詞が不定詞の To でつながっています。でも、子どもたちにはこんな文法の説明はまったく必要ではありません。でも、このフレーズは彼らの心に、このマータの紙芝居と共に深く胸に届いていたと思うのです。

そして、そののち、彼らが中学に入ってから動詞を二つ並べる文法を学ぶとき、この“I want to go home.”が彼らの胸のどこかの引き出しから出てきて、彼らにそっと寄り添ってくれたら……。

これが私たちの目指す、日本の小学生への英語の授業だったのです。これが彼らの英語の幸せな導入になることを願ってやまなかったのです。(現在は元GITCの中心メンバー町田淳子氏がGITCの教材をさらに開発して活動を継続しています。ベルワークス またはESTEEM)

こんなことを久しぶりに思い出したのは、インターネットで知ることになった、若い人たちのデモの様子です。

これまで見ることもなかった、あの世代の若者たちの政治に対する行動に目を見張りました。

もしかしたら、もしかしたら、年齢的に考えると、あの若い人たちの中には、ひょっとしたら、こんな私の授業を一回受けたことがある人がいるかもしれない、と僭越ながら思ってしまったのです。

そう考えたら、自然に出てきたのはただただ涙でした。

英語の授業を通しながら、戦争はダメだ、と延々と訴えていたにも関わらず、ついにこんな事態になるまで事態を楽観視していた自分が腹立たしく。

どう考えたって、今回の安保関連法案は、自公だけで強行採決された安倍政権の暴力です。

1970年代後半から日本を離れ、米国、欧州で学び、その後アフリカの各地で生活した後、2004年から積極的に南アフリカに永住することを選択している私にとって、これまで、「日本人だから」ということで受けてきた恩恵は数知れません。

日本がこれまでアフリカで実施してきた様々な援助は、確実に多くのアフリカの人々の知るところであり、感謝されることであり、また、私たち日本人を守ってきてくれた大きな要因でありました。

自分の安全がいま、たった一つの政権の暴力で壊滅的に脅かされた、とは思いません。アフリカの多くの人たちはそんな無礼な人たちではないからです。日本が戦争に参加するようになったからと言って、即座にこれまでの日本への感謝や尊敬の念をどこかに投げ出すような人たちではありません。

が、私と私の家族が、これまでの日本の不戦の姿勢に守れてきたのは紛れもない事実です。

それがあるのに、それが事実としてあるのに、こんな憲法解釈をある一つの政権が変えてしまったら、次の世代に私たちが享受してきた安心感や戦争を選択しない、という崇高な精神をバトンタッチできないではないですか。

戦争に参加する日本として、何を世界に残しますか。日本が世界の平和に貢献するためには、日本しかできない分野でさらに精進するのがもっともいいと確信しています。

アフリカで、日本人は本当に“特別扱い”を受けることがあるのです。

「あなたは日本人だから信用するよ」

どれだけ多くの人にこう言われてきたでしょう。そのたびに私は自分が日本人であることを誇りに思い、この信頼に答えるよう、がんばろう、と活動してきたのです。

私は、日本の子どもたちが、将来戦争に行くことを支持しません。また戦争があるのに何も知らないままでいることも支持しません。

日本の子どもたちだけでなく、世界の子どもたち、みんなが、戦争を体験せずに大きくなれるようにするのが大人の役目です。

そのための努力をいま、皆がする時なのでしょう

(2015年7月22日「空のつづきはアフリカ」より転載)