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優秀な医療機関はごく一部、医療のビッグデータが示す現実とは-多田智裕

2013年10月23日 01時38分 JST | 更新 2013年12月21日 19時12分 JST

この原稿はグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)からの転載です。

武蔵浦和メディカルセンター

ただともひろ胃腸科肛門科

多田 智裕

2013年10月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

あまり知られていませんが、日本では2011年より「National clinical data base(NCD)」として、年間120万件にも及ぶ全国の医療機関で行われた手術のデータが蓄積されています。

実に外科で行われている全身麻酔手術の90%以上が登録されており、これにより全国の施設別、医師別の手術成績を比較することが可能です。

網羅性の高さと症例数の多さから、多彩な成果を生み出しうる世界的にも注目を集める「日本医療のビックデータ」と言ってよいでしょう。

2012年4月からはレセプト(診療報酬明細)の提出も原則としてオンライン化されているので、全国で行われている医療行為の詳細も施設別に集計して比較することが可能です。

これらの(個人情報を排した)膨大な医療情報の解析により、医師も患者も全ての情報が白日の下にさらされます。

NCDについては、2013年秋より、施設別/医師別の手術成績表が他施設の平均とともに各施設にフィードバックされる予定です。これにより各施設は客観的な医療水準を知ることができ、術後管理や手術成績の向上への取り組みが行われることが期待されます。

ただし、これらの情報は一般公開できないとされており、具体的施設を明示した"各病院の手術ランキング"などの形での利用は禁じられています。

現時点では、世間一般が、全国規模の医療データが明らかにするであろう"不都合な現実"を受け入れられる準備ができていない以上、それは当然の決定なのかもしれません。

■明らかになった世界最高水準の日本の手術技量

7月に行われた日本消化器外科学会においてNCDデータの一部が公開され、日本の手術レベルが世界最高水準であることが示されました。

日本における直腸がん手術(大腸癌の中では難易度が高いとされる手術)の術後30日死亡率は0.4%、術後90日死亡率は0.9%です。海外の死亡率が3~5%であることと比較すると"衝撃的に"低いことが明らかになったのです。

同じく胃がんについても、術後30日以内の死亡率は0.9%、術後90日までの手術関連死亡率は2.3%とやはり国際的に最高水準でした。

こうした報道がなされると、一般の方の医療に対するイメージは以下のようになるのではないでしょうか。

*グラフはコチラから http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38789?page=2

つまり、悪い治療成績の医療機関はごく一部で、医療機関や医師の治療成績はおおむね高い水準に偏った分布をしている、一部を除けばどこで医療を受けても大きな差はない、というイメージです。

■ビックデータが明らかにする不都合な現実とは

しかしそうであれば、以前のコラム

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36450

で取り上げた全国28のがんセンターのように、詳細な注釈付きで「どの医療施設においても大きな差は認められなかった」としてデータを公開することも可能なはずです。

全国でもトップクラスのがんセンターを中心とした28病院間でのデータの比較であれば、大きな差がでないことは予測されます。しかし、これを全国1万近くの医療機関規模で比較した場合、先のグラフは以下のように全く違った形になることが予想されます。

*グラフはコチラから http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38789?page=2

ごく一部の治療成績の悪い医療機関がある一方、ごく一部の突出して良い治療成績を上げている医療機関があり、他の大部分は平均的な治療成績しかあげていないというグラフです。データの公開はこの状況を明らかにすることになります。

手術が傑出して上手なドクターは一握りですし、絶望的に下手なドクターもごく一部でしかない以上、このような形にならざるを得ないはずなのです。つまり は、「自然界や人間社会の事象は、十分に標本数を多くとれば、正規分布に近づくものが多い」という原則から治療成績も逃れることができないということで す。

しかし、医師が、患者さんに対して行う「最善の医療を尽くします」という約束、そして患者さんからの「最善の医療を尽くしてくれているはずである」という 信頼関係が、大部分においては"平均的な治療成績"しかもたらしていないという"不都合な現実"が判明したら、一般の方々はどう感じるでしょう か?

■大切なのは「平均」であることに安住しない気持ち

NCDが各医療機関に"手術の成績表"をフィードバックした場合、各医療機関はより良い治療成績を求めて、様々な取り組みを行うことでしょう。そして、ほとんどの医療機関が好成績の施設にならって治療成績の改善を達成することも間違いないと思われます。

でも、飛び抜けて優秀な医療機関が増える結果にはつながらないでしょう。なぜなら、医療は絶え間ない勤勉と創意工夫によりどんどん進化してくもの です。多くの場合、上位20%の医療機関・医師は、下位20%が頑張ってそのレベルに追いついたときにはさらなる創意工夫と努力を重ねてさらなる高みヘと 進んでいるのです。ですから、大部分が平均値周辺にとどまってしまう状況は解消されない、というわけです。

医療機関の大部分が平均的な成績にとどまってしまうのはどうしようもない運命と言ってもよいでしょう。

それを示すデータは、世間一般の方々にとっては受け入れがたいかもしれません。自分や家族が受診する医療機関が「平均的」な技量しかないことを認めなければならないからです。

けれども、医療機関・医師にとっては別の意味を持っています。すなわち、平均的であることに安住する気持ちを戒めるデータでもあるのです。

(※この記事は2013年10月21日発行のMRIC Vol.257 「優秀な医療機関はごく一部、医療のビッグデータが示す現実とは」より転載しました)