Huffpost Japan
ブログ

ハフポストの言論空間を作るブロガーより、新しい視点とリアルタイムの分析をお届けします

ネイチャー・ジャパン Headshot

チョウの擬態を担う単一遺伝子

投稿日: 更新:
印刷

チョウの擬態についての新たな知見が報告された。擬態の進化に関する論争に一石が投じられそうだ。

2016-06-15-1466006717-5959003-1.jpg
Credit: WEI ZHANG

シロオビアゲハ(Papilio polytes)の翅は、毒を持つ他のチョウの翅を模倣した紋様になっているが、この「擬態」はたった1つの遺伝子によって制御されていることが今回明らかになった。研究の成果はNature 2014年3月13日号に掲載された(参考文献1)。

この発見は、捕食を免れるのに役立つ「擬態」の仕組みをめぐる議論を再燃させるものだ。「擬態は生物学において長年にわたる謎の1つです」と、今回の研究には関わっていないウィスコンシン大学マディソン校(米国)の進化発生生物学者Sean Carrollは語る。「系統的に近縁でない2つの生物種が互いによく似るというのは、自然界で最も驚くべき現象の1つです」。

シロオビアゲハの擬態は、150年以上前から科学者の関心を集めてきた。英国の博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレスは、1860年代に東南アジアへ探検旅行をした際に、このアゲハの雌だけが擬態していることを初めて見いだした。その2、3年前に、彼とチャールズ・ダーウィンはそれぞれ独自に「自然選択による進化」説を唱えており、ウォレスはこの説の具体的な裏付けとしてシロオビアゲハの擬態を用いた。

20世紀初頭になって、擬態のような複雑な形質が、徐々に出現したのか、それとも1回の飛躍的な革新によって突然現れたのかという議論が交わされるようになり、その際に注目されたのがチョウの擬態だった。1960年代に入ると、進化生物学の分野で、翅の紋様の擬態を担っているのは「超遺伝子」だとする説が登場した。「超遺伝子」とは、まとまって一緒に遺伝する遺伝子のセットで、ひとまとまりで子孫に受け渡されるか、全く受け渡されないかのどちらかになる。

「当時の研究者たちは、単一の遺伝子だけで擬態を十分に担えるとは考えなかったようです」と、今回の研究を率いたシカゴ大学(米国イリノイ州)の進化生物学者Marcus Kronforstは話す。

雄のシロオビアゲハは擬態せず、翅の大部分が黒色で、白い斑点がいくつかある。一方、雌の翅の紋様は雄より変化に富んでいる。一部の雌の翅には筋状の紋様や鮮やかな色の斑紋があり、この紋様は、ヘクトールベニモンアゲハ(Pachliopta hector)などいくつかの有毒なチョウ種の紋様とそっくりなのだ。

擬態の遺伝子地図

Kronforstのチームは、翅の紋様に多様性を生じる遺伝的機構を明らかにするため、シロオビアゲハのさまざまな個体群の雄と雌を交雑させた。こうしてできた子孫の雌について数百個体のDNAを解析し、擬態型の翅を持つ雌と持たない雌とで違いのあるDNA領域を探した。「この方法は、ヒト疾患の形質の遺伝子地図を作る場合と同じです」とKronforst。

その結果、両者に違いが見られる染色体領域が突き止められ、その領域には5個の遺伝子が含まれていた。これらのゲノム塩基配列をさらに詳しく調べたところ、doublesexという遺伝子が、雌の翅が擬態型の紋様になるかどうかを決定していることが分かった。doublesex遺伝子がコードするタンパク質は1つであり、このタンパク質は、多数の他の遺伝子の活性を制御する。またdoublesex遺伝子は、ショウジョウバエなどの昆虫では性の決定に影響を与えることも知られている。

doublesexと擬態の関連性が今回明らかになったため、雄のアゲハが擬態型の翅の紋様でない理由について1つの説明が可能になる。昆虫では、同じdoublesex遺伝子から雄と雌で異なるタンパク質が作られることが分かっている。つまり、この遺伝子のDNA塩基配列のうち、それぞれ異なる部分を切り出してつなぎ合わせる「選択的スプライシング」という仕組みによって、雌雄で異なるタンパク質(アイソフォーム)が作られるのだ。しかし、この選択的スプライシングでは、雌の翅の紋様に見られる多様性を説明できないと思われていた。擬態型であっても非擬態型であっても、雌は、doublesexタンパク質の3種類のアイソフォームを同じように作り出していたからだ。

今回、研究チームは、シロオビアゲハの翅の紋様の異なる型の間で、doublesex遺伝子のDNA塩基配列にさまざまな多型があることを見つけた。これらの多型の多くは、doublesexがコードするタンパク質の性質を変化させるものだった。Kronforstは、雌の翅に多様な紋様が現れるのは、こうした多型のためではないかと考えている。多型によって、産生されるタンパク質が、発生中の翅で異なる遺伝子セットを活性化する可能性があるからだ。

一方Carrollは、doublesex遺伝子の活性化時の発現量や場所、タイミングに変化を与えるのは、この遺伝子「非コード」DNA塩基配列と考えることで、擬態におけるdoublesex遺伝子の役割をよりうまく説明できるのではないかと推測する。「他のさまざまな実験の結果を踏まえると、調節配列の領域に、擬態に影響を及ぼす何らかの重要な変異がありそうです」。

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140503

原文: Nature (2014-03-05) | doi: 10.1038/nature.2014.14820 | Butterfly disguise down to single gene

Ewen Callaway

参考文献
  1. Kunte, K. et al. Nature 507, 229-232 (2014).

【関連記事】
遺伝子を限界まで削ぎ落とした人工生命
Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160613
脊髄損傷患者の脳と手をつなぐ技術
Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160606

Natureダイジェスト・オンラインマガジンを購読する