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うつ病治療薬として臨床試験が進むケタミン

2015年08月13日 15時19分 JST | 更新 2016年08月11日 18時12分 JST

精神疾患に対する新薬がほとんど登場しないことから、麻薬の一種であるケタミンに製薬会社や医師から大きな期待が寄せられている。しかし、それが高じて、十分なデータがまだ揃っていないにもかかわらず、うつ病治療用に処方され始めている現状には懸念も出ている。

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精神活性作用から、通称「スペシャルK」とも呼ばれる麻薬ケタミンに、製薬業界が熱い視線を注いでいる。ケタミンは現在、臨床現場でヒトや動物の麻酔薬として使われているが、うつ病や双極性障害、自殺行動に対しても有効な治療薬になることが次第に明らかになってきている。

しかも、ケタミンは即効性の点で際立っている。従来の抗うつ剤は一般に、効き目が表れるまで数週間かかるが、ケタミンは投与後わずか2時間でうつ症状を改善する。「ケタミンは、うつ病治療の常識を吹き飛ばしてしまいました」と、マウント・サイナイ病院(米国ニューヨーク市)の精神科医James Murroughは話す。

製薬各社は現在、特許の取得可能なケタミン製剤を開発しようとしのぎを削っており、その一方で研究者らも、この化合物が脳内で働く仕組みを解明しようと研究レースを繰り広げている。一方、うつ病患者に適応外使用(医師の判断で、承認された効能以外の目的で医薬品を使用すること)としてケタミンを処方する医師の数が増えているが、長期的な作用についてはまだほとんど分かっておらず、その点を懸念する医師もいる。

ケタミンをめぐるこの熱狂ぶりは、新しい抗うつ剤がどれほど必要とされているかを如実に示していると、米国立精神衛生研究所(NIMH;メリーランド州ベセスダ)の所長Thomas Inselは解説する。実際、2010年前後から現在までに多くの製薬会社が精神保健部門を閉鎖しており、うつ病治療の医薬はここ数十年にわたって目立った進展がないままだ。

現在最も一般的な抗うつ剤は、脳内のセロトニン経路もしくはノルアドレナリン経路(一部の抗うつ剤はこの両方の経路)を標的としている。しかしケタミンは、記憶や認知に関わるグルタミン酸経路の成分であるNMDA受容体に作用する。この経路がうつ病に関わっていると分かったのは数年前のことで、ケタミンに関する研究の過程で明らかになったのだとMurroughは話す。

2013年にMurroughのグループは、それまでで最大規模の被験者73人を対象とする、ケタミンの適応外投与の臨床試験について報告した。この試験の結果、3種類かそれ以上の種類の抗うつ剤でも効果が得られなかった患者の64%で、ケタミンの投与後24時間以内にうつ症状の軽減が見られた。鎮静剤ミダゾラムを投与した第2の被験者群では、うつ症状の軽減は28%にとどまった(J. W. Murrough et al. Am. J. Psychiatry170, 1134-1142; 2013)。Murroughらは現在、ケタミンの作用機序を解明しようと、ケタミン投与患者の脳の画像化と解析を進めているところだ。

ケタミンがうつ病治療薬として有望であることを裏付ける結果を得たMurroughは、うつ病患者に対するケタミン投与がさらに広がる前に、まず作用の長期観察研究を行うべきだと主張する。また、ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)の生命倫理学者Dominic Sistiは、すでにケタミンを標準的な医薬の1つと見なしている医者が多過ぎることを憂慮している。ストーニー・ブルック大学(米国ニューヨーク州)の精神科医Kyle Lapidusは、ケタミンの投与法についてはこれからも研究を行っていく必要があると話す。彼はすでに、何人かの適応外患者にケタミンを処方しており、自分と同じことをしている医師は米国全土に何十人もいると推測する。ケタミンには精神活性作用があり、治療レベルの低用量でも現実からの解離(解離性)や体外離脱の感覚を生じることが多く、それが1時間弱続く。快楽を得る目的で用量をさらに多くすると、重度の見当識障害に鮮やかな幻覚を伴った「Kホール」という状態を体験する。

一方、製薬会社の立場からすると、うつ病治療用として特許を取得できるようなケタミン製剤を開発して、ぜひとも利益を上げたいところだ。ケタミンの構造的異型である「エスケタミン」を含有する点鼻薬は、2013年に米国食品医薬品局(FDA)のお墨付きともいえる「画期的な治療薬(breakthrough therapy)」の指定を受けた。この指定を得たことで、エスケタミン製造元のジョンソン・エンド・ジョンソン社(米国ニュージャージー州ニューブランズウィック)は法的な手順を素早く有利に進めることができる。同社は、2015年の早期に被験者200人に関する研究結果を発表する予定であり、神経科学分野の主任研究者であるHusseini Manjiは、最初の結果に「良い手応えを感じている」と話す。

米国イリノイ州エバンストンに本社を置くノーレクス社(Naurex)は2014年12月に、被験者386人を対象とする臨床試験の結果を発表した。それによると、同社のケタミン様薬剤GLYX-13は、うつ病患者の約半数で症状を改善し、幻覚の副作用もなかった。ロシュ社(スイス・バーゼル)も、グルタミン酸経路を標的とする「decoglurant」という薬剤について被験者357人を対象に行った臨床試験の結果を、2015年春に公表する予定である。

精神活性作用が弱いか全くないケタミン様薬剤の開発が進められているが、その作用が欠点とされる理由は明確でないとSistiは話す。また彼は、非解離性だが高価な特許薬と、未改変型で解離性だが特許薬より安いケタミンがあり、どちらも同じように効く場合、高い特許薬を患者に処方することの方が倫理的な問題になり得ると指摘する。

ケタミンの即効性は特に自殺行動の予防という面で期待できると、NIMHのCarlos Zarateは話す。今にも自殺を試みそうな人を、ケタミンを投与して数日もしくは数時間で帰宅させられるかもしれない。治療のために何週間も入院してもらう必要はなくなるのだ。Zarateのチームは、臨床的なうつ症状があろうとなかろうと、ケタミンは自殺願望に対して特異的に作用するらしいことを明らかにした(E. D. Ballard et al. J. Psychiatr. Res. 58, 161-166; 2014)。この結果から考えると、自殺行動はうつ病とは別のものなのかもしれない。Zarateは現在、約50人のうつ病患者(自殺願望のある患者を含む)にケタミンを投与し、効果を調べているところだ。

Zarateのチームは、2015年春にも、過去2週間以内に自殺を試みた人を複数年にわたって調べる研究に着手する予定である。そうした被験者の脳活動を画像化し、1年以上前に自殺を試みた人や、自殺を試みたことが一度もないうつ病患者の脳活動と比較するのである。自殺を試みてから間もない人には、ケタミンの臨床試験に参加してもらう。またそれと同時に、自殺願望の強い人の脳の画像についてもさらに調べたいとZarateは考えている。

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150414

原文:

Nature (2015-01-08) | doi: 10.1038/517130a | Rave drug tested against depression

Sara Reardon

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