投資判断でのAI活用はどのくらいできるのか~自動車の自動運転と比べて:研究員の眼

投資の世界ではAI活用の話題が盛り上がっている。

投資の世界ではAI活用の話題が盛り上がっている。この投資におけるAIの活用は大きく2つに分類される。

1つ目はAIの登場によって今後新しい技術、商品が生み出され、ライフスタイルや消費行動が変わっていくが、この変化の中で、どのような企業や業界が収益を上げていくか、または業績が悪化していくかを見極めて株式投資等に活用し、既存の投資商品の投資収益の向上や新しい投資商品の開発・販売を図るというものである。

2つ目は投資判断自体にAIを活用し、より収益が高くリスクが低い投資を実現していこう、または一般の投資家の投資判断に活用してもらおうというものである。

本稿では、2つ目のAI活用について自動車の自動運転と比較しながら、投資判断で機械学習レベルのAI等のシステム活用がどのくらいできるのかについて考えてみたい。

1. 正しく目的の設定ができるのか

正しい投資、つまり目的に適った一番効果がある投資をするのには、まず適切な「投資の目的」の設定が必要である。

投資の目的を適切に設定するためには、投資期間の設定と、投資家による投資の成果の明確なイメージ、できれば具体的な投資金額や中間・最終の数値目標等があった方が良いが、これがなかなか難しい。投資家によって投資目的が多様であり、また自分自身でも目的が明確にイメージできない場合が多い。

一方、自動車の自動運転の目的は正しく設定できるであろうか。これについては明確な目的設定は可能であろう。一般的には「目的地に安全確実に到着すること」が目的となる。

これに加えて「なるべく早く」とか「交通法規を遵守する」とか追加の目的や制約条件を加えることも可能だ。レジャー目的で「景色の良い道をドライブしたい」という場合でも、「安全な運転」「事故を起こさない」等の目的設定は可能であろう。

機械学習レベルのAI等のシステム活用において、目的設定は重要であり、明確な目的がない場合、その目的達成に役に立つ判断でのAI活用は困難になる。この観点では車の自動運転の方が、目的設定が個人の嗜好に依存する投資判断より、万人が納得できる明確な目的設定が容易であると言える。

勿論、投資判断においても実現できるかは別として、例えば10年で年平均2%の利回りという明確な目的設定は可能であり、また部分的に投資判断に利用できる「倒産しない企業の選別」等でも目的は明確に設定できよう。こうした場合は目的に沿った意思決定、判断でのAI活用は可能となろう。

では次に、AI活用でどのくらい目的達成に役に立つのかについて考えてみたい。

2. 目的達成にどのくらい役に立つのか

車の自動運転には周知の通り、アメリカの非営利団体SAEインターナショナルが定めた「SAE J3016」でレベルが定義されており、これがスタンダードとなってきている。

車の自動運転は運転者の運転を支援し、事故等を抑制することを目的としており、センサー等を活用し、各種情報を収集し、迅速かつ的確に分析処理し、プログラム等によっていろいろなレベルの「安全な運転」という目的を達成するものだが、システムを活用するという幅広い意味で、一番身近で現実感のあるAI活用と言って良いであろう。

AOL

現在はレベル1、2が主流で、各自動車メーカーはレベル3、レベル4の自動運転に向け、各種走行データを収集しテストを重ね、様々なリスクに対応できるよう、技術開発、プログラム改良等にしのぎを削っている状況である。

現状のレベル1や2でも、実際に事故の削減、抑制効果があり、実効性のあるAI活用状況と言える。車の自動運転においては、過去のデータ蓄積と活用がかなり有効であることが、この結果に顕れていると思われる。

これは道路・交差点・信号等のインフラ、他の自動車・自転車・バイク等の行動パターン等、走行する自動車をめぐる外部環境がそう変化しないためであると考えられる。

一方、投資判断でのAI活用はどうであろうか。実際にAIを投資判断に活用したファンドが登場してきているが、既存のファンドと比較して明らかに優位な投資結果が出せているかは、経過時間が短く、まだ判断できない。ただ現状では、車の自動運転における事故率減少ほどの成果は出ていないと言えるであろう。

投資の世界では、従来からクオンツ運用という投資手法があるが、これは過去のデータの数量分析等で有効な投資判断モデルを開発して、プログラム等で投資を実行するという、人間の判断を最小限にした投資手法であるが、これとAI活用との違いは何なのであろうか。

AIは過去の蓄積されたデータに加えて、ビックデータ等、より幅広い様々な種類の膨大なデータを活用することができ、また、ディープラーニング等で人間では開発できない投資手法を発見することができる等の違いがある。

しかし、私には両者の違いは、車の自動運転との違いと比較すると、本質的にあまり大きくないのではないかと考えている。

車の自動運転との違いは大きく2つあると思う。

まず1つには、投資判断においては、過去のデータ蓄積が将来に活用できる度合いが車の自動運転より小さいという点である。

簡単に言うと、明日の道路は今日と同じと仮定することは合理的で有益だが、明日の株価は今日と同じと仮定することは現実的でないということである。投資の世界でも過去のデータは活用するが、将来は過去と同じとは思っていない。

もう1つの違いは、車の自動運転では、自動運転したからといってその影響で道路の形状が変わったりすることなどはないが、投資においては、AI活用による投資も含め、買われた投資の価格は上昇し、売られた投資の価格は下落することが多いという点である。

つまり車の自動運転は外部環境にあまり影響を与えないが、投資では投資を実行することで外部環境が変わってしまうのである。

もちろん、AI活用にも当然メリットはある。人間の投資判断は、感情、大人の事情等に左右され、ぶれる場合があるし、判断に時間がかかることもある。

一方、AIを活用するとクオンツ運用と同様にモデルに基づいて、感情等に左右されずに一貫した投資判断をし、人間より速く投資の実行ができる。投資成果が挙がるかどうかは別として、システムへの依存度だけでいうと、車の自動運転でのレベル4辺りになる。

また人間には発見できなかった投資手法が編み出せるので、思いもよらない有効なファクターが見つかるかもしれないし、ある程度の期間は優位な投資成果を生み出すことができるかもしれない。

しかし、機械学習レベルのAIでは、前述したように過去データ活用の限界、投資行動自体による投資対象の価格変動等があるため、長期にわたって優位性を確保していくのはなかなか難しいのではないかと思う。

3. AIを活用すると結果の説明は難しくなる

車の自動運転でも事故は発生する。その場合、警察当局や専門家、自動車メーカーが事故原因を突き止めていくであろう。センサーの故障等、ハードウェアの不具合であれば、原因がより明確であろうし、プログラムのバグであった場合でもプログラムを人間が書いている場合は発見できる可能性が高い。

しかし、もし自動運転を機械学習レベルのAIでプログラミングしていた場合、事故原因の発見はより困難になるかもしれない。

誤解を恐れずに簡単に言うと、機械学習は工学的アプローチであり、「結果良ければ全て良し」なので、手法はブラックボックス化する。結果が良くても悪くても説明は困難ということになる。

しかし、これも部分的にでもAIを活用する方がトータルで自動車事故を軽減できるという実績があれば、説明が上手くできなくてもAI活用は推進すべきものなのであろう。

一方、投資において、投資結果が悪い場合にその理由を説明できないのはプロの世界では実際問題、致命的である。

クオンツ運用においては、投資手法とかプログラミングは人間が考えて作っているので、結果が悪い場合でも、一定の説明は可能であるが、それでも投資手法が原則一定なので、結局、その時の投資環境がこの投資手法に合わなかったという説明になる。

実際の投資家への説明の場面で「投資結果が悪かったのは市場環境が悪かったから」という説明は責任逃れと取られかねず、対応に苦慮することがある。

これが機械学習レベルのAI活用投資の場合、投資手法がブラックボックス化するため、最悪「この四半期の投資結果は悪かったですが、AIなので、理由は良く分からないです」と説明することになる。

当然、何とかAIモデルを解釈して理屈付けするだろうし、長期的に問題のない良好な投資実績であれば、投資家も納得するかもしれない。ただ、前述した通り、AIを活用したからといって、継続的に良好な投資結果を出せるとは限らない。

以上のように、投資判断におけるAI活用は、車の自動運転のように実際に役に立つレベルになるのは当面難しいのではないかと思う。

一方、投資分野でも目的が比較的明確な財務分析、トレーディング執行、バックオフィス業務等では、AI活用によって、人間より的確でスピーディな業務遂行が可能となるだろうし、人的資源の節約によりコスト削減効果も期待できる。

車の自動運転レベルでいうレベル1、2での活用は今後まずます拡大していくであろう。また、新しい投資手法開発においても人間の発想を超える手法の発見等につながるかもしれない。

さらに、将来、機械学習レベルを超えた、より賢いAIが登場すれば、人間より優れた投資判断をしてくれるのかもしれない。ただその場合、投資判断は人間には理解できないかもしれないので、その際の結果説明は、是非ともAIにお願いしたいものである。

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(2017年10月4日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

金融研究部 取締役 部長

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