老いるのは下から?上から?~注目される『オーラル・フレイル』という新概念:研究員の眼

『オーラル・フレイル』という新しい概念が広がりを見せている。

"人は足から老いる"とよく言われている。若いときは平気だった坂道や階段が段々辛くなったり、足腰が弱くなったと体感することで、老いを感じ始める人は少なくない。

その老いに負けないためにウォーキングをはじめ、足腰を鍛え続けることの大切さは誰もが認めているところであろう。

では、"人は口から老いる"ということはご存知であろうか。多くの人は初めて聞いたことかもしれない。

これは『オーラル・フレイル』という新しい概念であり、昨年度(2015)から広がりを見せている。提唱者は筆者も所属する東京大学高齢社会総合研究機構の飯島准教授他であり、昨年度からは日本歯科医師会も当概念の普及に向けた積極的な啓発活動を展開している 。

■オーラル・フレイルとは

オーラル・フレイルは、直訳すると「歯・口の機能の虚弱 」である。

虚弱に至るプロセスは一般的に、上述した足腰の話と関係の深い骨格筋が弱まること(=加齢性筋肉減弱症(サルコペニア))と考えられているが、オーラル・フレイルはその虚弱に至るプロセスに、より川上の段階で歯・口の機能低下が深く関係していることを説明するのである。

つまり、歯・口の健康をおろそかにすると 、噛む力や舌の動きも悪くなるなどから栄養摂取の面で支障を及ぼすとともに、滑舌が悪くなったりすることで人との交流を避けるようになったり、家に閉じこもりがちな生活をおくることで生きがいを失いやすくなったりする。

オーラル・フレイルはこうした歯・口の機能低下から始まる、低栄養・身体機能の低下、社会性の低下、精神性の低下、そして虚弱な状態に陥る一連のプロセスを説明しながら、虚弱化の予防に向けた「歯・口の機能」の重要性を強調するのである。

これらは、飯島他が「高齢期における虚弱化の原因を追究する大規模調査(縦断追跡コホート研究) 」等を行い、その中から導き出したものである。

■歯・口の健康に関するエビデンス

歯・口の健康の大切さは、誰もが子供のときから教わってきたことであるわけだが、寿命や高齢期の健康との関係でも次のようなことが先行研究から明らかにされている。

・ 歯の本数が多いほど、生存年数が長い(Fukai k et al.,Geriatr Gerontol Int 7:341-347,2007)

・ 歯の本数が多いほど、また義歯による機能回復をするほど認知症発症が少ない(Yamamoto et al.,Psychosomatic Medicine,2012)

・ 歯を失い、義歯を使用していないと転倒リスクが高まる(Yamamoto et al.,BMJ Open,2:e001262,2012)

※上記は日本歯科医師会「社会保障制度改革国民会議提出資料(2013.3.27)」より引用

なお、歯・口の健康と疾病との関係では、食べ物や唾液が誤って肺に入っておこる「誤嚥性(ごえんせい)肺炎」がよく知られているが、日本人の死因として肺炎が増えてきている(2011年から第3位)背景には、歯・口の健康が関連している可能性がうかがわれる。

■予防歯科・定期歯科検診(クリーニングの実施)が大切

これまで歯・口の健康に対する意識はどうだっただろうか。

「毎日歯磨きをしていればよい、虫歯にならなければよい、痛くなければよい」程度に思われていたとすれば、少し考え方を見直したほうがよいかもしれない。

歯科検診の受診状況をみると、全体では47.8%、男性よりも女性のほうが多く、若者よりも高年齢者のほうが多い。約2人に1人が受診している状況を多いと見るか、少ないと見るか意見が分かれるかもしれないが、これからの時代はこうした予防的な検診も含めて、定期的にクリーニングを行うこともお薦めしたい。

偏見になるかもしれないが、特に男性は歯のクリーニングを定期的に受ける習慣がない人が多いと思われる。

虚弱化を予防し、より豊かな健康長寿を実現していくためにも、これからは足腰のトレーニングに加えて、「歯・口の健康」にも予防的に取組んでいくことが大切であると考える。

関連レポート

<参考文献等>

・ 飯島勝矢「虚弱・サルコペニア予防における医科歯科連携の重要性~新概念『オーラル・フレイル』から高齢者の食力の維持・向上を目指す」、日補綴会誌Ann Jpn Prosthodont Soc7:92-101,2015

・ 日本歯科医師会HP

(2016年5月13日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

生活研究部 主任研究員