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『バーニー・サンダース自伝』から伝わってくる「魂の政治」にふれて

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BERNIE SANDERS
PHILADELPHIA, PA - JULY 26:Senator Bernie Sanders along with the Vermont delegation and his wife Jane O'Meara Sanders cast their roll call vote, during the second day of the Democratic National Convention in Philadelphia on Tuesday, July 26, 2016. (Photo by Ricky Carioti/The Washington Post via Getty Images) | The Washington Post via Getty Images
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政治は変えられる!

資金にものを言わせての大量の宣伝物や、相手陣営にネガティブ・キャンペーンを打ち込むテレビCMでもなく、メディアをにぎわす刺激的・攻撃的な言辞で劇場化を狙うのでもなく、有権者の「暮らしの現場」に根ざした政策を、人々に信頼される政治家が自らの言葉で語ることによって、「政治は変えられる!」のです。400ページを超える『バーニー・サンダース自伝』(荻原伸次郎監訳・大月書店・2016年6月)を読み終えて、久しぶりに身体が熱くなっています。

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もともと、長きにわたって共和党の牙城だったバーモント州で、同州のバーリントン市長を4期、下院議員を8期、上院議員を2期つとめてきたバーニー・サンダースは、民主党大統領予備選挙に立候補し、ヒラリー・クリントンに僅差で肉薄するところまで追い上げた政治家です。アメリカの国会議員でただひとり、民主社会主義者を自認し、首尾一貫した政治信念を貫いてきた74歳の政治家の存在は、確かで強い光を放ちました。

対極にドナルド・トランプがいます。エキセントリックな暴言、放言を連発し、テレビのニュース材料を提供し続けて、他の有力な候補者を次々と放逐して、ついに共和党の大統領候補の指名を受けることになったドナルド・トランプと、バーニー・サンダースは、「異端候補者」としてセットで論じられてきました。ふたりとも、共和党・民主党の主流とはかけ離れた存在で、「彼らの健闘ぶりは『ワシントン政治不信』の象徴である」といった具合にです。

バーニー・サンダースにとっては、ドナルド・トランプと並んで紹介されることは不本意だったのではないかと想像します。ただ、バーニー・サンダースが2015年に、無所属から民主党に入党して大統領選挙の予備選挙に名乗りをあげた時、日本はもちろんアメリカのメディアも、その後の急速な支持の拡大と快進撃を予想した者は、ほとんどいなかったと言われています。

本書を読むと、全米を席巻した「サンダース現象」は突然に巻き起こったものではないことがよく分かります。もともとは保守的な選挙区で何度も失敗を繰り返しながら、やがて党派を超える高い支持率で国会議員として当選を続けてきたバーニー・サンダースの政治的経験と、彼を支えたチームの選挙手法が基礎にあったからこそ、「サンダース現象」は短い間に急速に広がりを見せたのです。

「自分の政治・信条の宣伝のために、民主党の大統領予備選挙を利用したのではないか」という見方をしている論者もいましたが、本書を通じてそんなに底の浅いものではないのだと確信しました。バーニー・サンダース自身は、誰がどのように揶揄しようとも、真っ正面から政策を語り続けることで勝利への道を獲得し、若者たちから高齢者まで、幅広い有権者に共感と支持の大きな波をつくりだす自信があったのではないかと思います。

私は4月、『バーニー・サンダースの勢いが止まらない 若者の熱い支持は世界を変えるか』(4月12日)と題した記事を書きました。 ニュースで断片的に報道されるバーニー・サンダースが気になって仕方がなく、新聞記事やウェブサイトの記事を読みあさってまとめたものでした。記事が掲載されるといつもの10倍を超える記録的なアクセスがあり、大きな反響を呼びました。そして5月、続編として『バーニー・サンダースの言葉は、なぜ魂を揺さぶるのか』(5月12日) を書きました。深夜、バーニー・サンダース陣営の動画を何度も再生し、感銘を受けて、日本でどう受けとめるかを考えた記事でした。

ここで、民主党大統領予備選挙をめぐり、バーニー・サンダースの7月下旬の民主党の党大会までの動きをふり返ってみたいと思います。

6月7日の民主党大統領予備選で、大票田のカルフォルニア州を制覇するために全力を尽くしてきたバーニー・サンダースでしたが、ヒラリー・クリントンに及びませんでした。そして、バラク・オバマ大統領は、バーニー・サンダースと会談した上で、ヒラリー・クリントン支持を表明します。「言うまでもないが、ドナルド・トランプがアメリカ合衆国大統領になることがないよう、力の限り全力を挙げて戦うつもりだ」(バーニー・サンダース)は、最悪の事態を回避するための舵をきり始めました。
→(参考) バーニー・サンダース氏、トランプ打倒への協力を誓う クリントン氏との連携は?【アメリカ大統領選】

サンダース氏、クリントン氏の支持表明 米大統領選・民主党(朝日新聞デジタル7月13日)

 米大統領選の民主党候補への指名を争ってきたバーニー・サンダース米上院議員は12日、指名獲得が確実となったヒラリー・クリントン氏への支持を表明した。
 サンダース議員は「クリントン氏は民主党候補の指名争いで勝利した」とし、「クリントン氏が次期米大統領に就任することを確実にするため、私にできることをすべて行うつもりだ」と語った。

7月28日には、民主党大会最終日で、ヒラリー・クリントンが大統領候補としての指名を受諾しました。これに先立つ大会二日目に は、「党内一致のジェスチャーとして、予備選でクリントン氏と激しく戦ったバーニー・サンダース上院議員(バーモント州選出)がここでマイクを取り、残りの手続きは省略して全会一致でクリントン氏指名を宣言するよう党委員長に求めた」(7月27日BBCニュース - 民主党、クリントン氏を正式指名 女性初) という場面がありました。大会が始まってからも、バーニー・サンダースの支持者は、予備選挙の渦中での民主党幹部のメールが暴露された問題等で、強く抗議する動きもありました。にもかかわらず、バーニー・サンダースの判断は揺らぎませんでした。

→(参考) ヒラリー・クリントン陣営は団結を求めた。しかし、バーニー・サンダース支持者の反発は止まらない【民主党大会】

ふたたび、『バーニー・サンダース自伝』に戻ることにします。この本は、1997年に刊行された『アメリカ下院のはぐれ者』(ハック・ガットマンとの共著)に、新たな「前書き」と「解説」をつけて、2015年に『ホワイトハウスのはぐれ者』と改題されて再刊された著書の邦訳です。

バーニー・サンダースは、1981年から1989年まで、ヴァーモンド州バーリントン市長をつとめた後、1991年から2007年までアメリカ合衆国下院議員に連続当選し、2007年には上院議員となって現在に至っています。2015年に大統領選挙に立候補するにあたって民主党に入るまで、無所属を通してきたことでも知られています。

2015年5月、再刊にあたって新たに加筆されたバーニー・サンダースの「前書き」は、その後の快進撃を予告するような気骨に満ちた文章です。

真面目すぎる、と言われることがあるのだが、それを私は褒め言葉だと思っている。私はいつも、政治とは、国と、理想と、そしてゲームの駒にされている余裕のない人々の運命に関わる、真剣な努力であると考えてきた。(31ページ)

バーニー・サンダースの魅力は、「立ち位置」が変わらないことにあるのだと思います。それは、決して一切の妥協を認めない原理主義でもなく、時には柔軟な「よりよい判断」をしながら、ふりかえってみると一本の揺るぎない道を歩いてきた「しなやかな強さ」によるものではないでょうか。

 私がシカゴ大学で公民権運動を組織する学生として、またヴェトナム反戦の平和活動家として、さらには労働運動や市民活動の支援者として、政治に関わり始めた頃は、選挙政治の下らなさにイライラしたものだった。メディアも政党も、哲学や、ましてや理想主義に基づいてではなく、候補者が明るい笑顔をしているかとか、他の候補を痛快にこき下ろすかどうかとか、そんなことに基づいて重大な決定を下すよう、促しているように私には思えた。そんな魂のない政治世界の一部になりたいとは、私は決して思わなかった。(32ページ)

私の経験からも、同意できる記述です。バーニー・サンダースは「魂」を持ち続け、しかも市長選挙、下院議員選挙、上院議員選挙と勝ち続けてきました。相手陣営のネガティブ・キャンペーンに反論の記者会見を行なったり、難しい選挙情勢を突破するために本格的な世論調査に踏み切ることを決断したり、自分のよしとしない「魂のない政治世界」の土俵を無視していたわけではないことも、本書から見えてきます。
さてバーニー・サンダースの「前書き」の文章を続けて紹介します。

 大統領選挙への出馬を発表した時、私は、ヴァーモンド州の民主的社会主義者が大統領選挙に勝つためには、政治革命が必要だろうと言った。多くの専門家はこれを、勝つのはありえないことだと自ら認めた言葉だと解釈した。それは、違う。あの言葉は、今までやられてきた損害を取り返すために、そして少数の支配者からこの国を救い出すために、何が必要なのかを宣言した言葉なのだ。専門家や政治顧問は、いまだにこれを理解するのに苦労している。けれども人々はこれを理解する。彼らは私たちの集会に、何千人、何万人と集まってくる。彼らは5ドルや、10ドルの寄付金を送ってくれる。なぜなら彼らは、もし私たちみんなができることをやれば、億万長者階級を打ち負かせるかもしれないと、わかっているからだ。(36ページ)

見事に、急激かつ勢いよく盛り上がっていくその後の「サンダース現象」の予言のように感じさせる言葉です。まさに、「無名の候補」の発言に首を傾げるしかないプロを自認する専門家たちが理解できない「政治革命」は、無数の人々が熱気をもって結集した集会やキャンペーン、そして献金額によって、新たな時代の到来を示したといえます。最後に付け加えられたジョン・ニコルスの解説にも、印象に残る記述がありました。

「バーニーをいちばん批判しているのが左派、ということが時々あります」と、ヴァーモンド進歩党の活動家、元ノーウィッチ町議会議員のリズ・ブルムは、2006年選挙の時に語った。「共和党の看板とバーニーの看板が両方立ててある庭を見ると、不愉快に思う人もいます。でも私はそれを、バーニーが、民主党がこころをつかめなかった人たちにどう話したらよいかを理解した証拠だと思っているのです」。本領発揮といったところだが、サンダースは、政策を政治から切り離し、実生活の問題を解決するために政府が果たせる役割、果たすべき役割について深い議論に達することができたのだ...。(378ページ)

バーニー・サンダースは、市長時代から人々の暮らしの中に入り、喜怒哀楽を共有し、幅広い市井の支持者の基盤を築いて、アメリカ政治史上前例のない「無所属議員」として国会議員に連続当選するという伝説を生み出してきました。「高い理想を掲げること」と「選挙で勝ち続ける」ことを結びつけた彼の苦闘は、新しいタイプの政治家像となり、2000年代生まれの若者たちの熱い支持と結びついたのです。

私は、1996年に衆議院議員となり、原著が書かれた当時に政治家としての活動をスタートさせました。バーニー・サンダースのはるか後ろを歩いている者として、本書は、たいへん励みになりました。奇しくも、8月10日に刊行されたばかりの『脱原発区長はなぜ67%で再選されたのか?』(保坂展人著、ロッキング・オン発行)にも詳しく書いたとおり、発想や行動の原点、また政治スタイルや政策形成に共通点も感じました。

共和党の分厚い地盤を、理想と愛情のこもった行動と言葉の熱で溶解させていったバーニー・サンダースから、たくさんの勇気とエネルギーをもらいました。アメリカだけではなく、日本の政治の閉塞状況は続いたままです。新しい扉を開き、既存の政治スタイルに飽き足らない「魂の政治」を創りあげる議論を始めようと考えています。

[イベント告知] 『保坂展人と「せたがやYES!」から「日本YES!」を考える会』(10月6日・木・午後7時開会・成城ホール・渋谷陽一・宮台真司・保坂展人)

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