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お母さんは“自分を犠牲にする“ことじゃない。ママ歴5カ月の私が思うこと

「自分が楽しめなかったら、子育てが嫌になっちゃうでしょ」母が、私に言った。

2018年02月15日 16時22分 JST | 更新 2018年02月15日 16時23分 JST

娘が生まれて5ヶ月が過ぎた。つまり、「お母さん」になって5ヶ月が経つ。

妊娠・出産を経て母になり、何かが劇的に変わったかと言われると正直自分ではよくわからない。

関連ブログ:どんなお産も命がけ。私は帝王切開で、我が子と出会うことを選んだ。

180度世界が変わった!という感じはなくて、少しずつ傾いていっているような感覚で、視点が90度くらいは変わった気がする。我が子と向き合う日々のなかで、少しずつ母になっていくのかな、と思う。

ただ、自分以外の、いや、自分以上に、大切な存在ができることは確かだ。日々の生活、仕事、世の中を見る視点、悩み、将来、そのすべてに当たり前のように娘の存在がある。こんなにも自分以外の誰かのことを思い生きるのははじめてのこと。

でも、経験の浅い私はまだまだ未熟な母ではあるけれど、母になったからと言って、「自分」がなくなるわけじゃない。私は私のまま。献身的な聖母のようになるわけでもないし、立派な大人になるわけでもないし、仕事に対する意欲も、美味しいものを食べたいという食欲も、物欲も特別なくならない。 

前回の記事に書いたように、今は赤ちゃんと必死に向き合う日々で、なかなか大変なこともあるし、それらの欲求を完璧に満たすことはできないけれど、そのことで"自分を犠牲にしている"とは思わない。自分の人生に「子育て」という新たなページが加えられたことで、できない(やらない)こともあるけれど、その分できる(やりたい)ことも増えた。

「一人の人間」として「お母さん」を楽しむ

「おばあちゃんになれた。ありがとう」

出産当日、生まれたての我が子を抱きながら嬉しそうにそう語りかけた母の姿が忘れられない。生まれつき生理がない私を誰よりも心配し、妊娠を喜んでいたのは母だったように思う。

母は私を産んだ日どんなことを思ったのだろう。どんな思いで私たちを育て家族と過ごしていたんだろう。子育てをしながら、母に思いを馳せたり、自分の親がしてくれたを思い出したりすることが何度もある。

母は私にとっていつまでも「お母さん」ではあるけれど、それは彼女の一面で、「お母さん」も決して完璧ではない「一人の人間」である、ということが今はよくわかる。自分が親になって、母の話を聞く機会も増えた(それまでは自分の話しを聞いてもらってばかりだった)。

働きながら3人の子どもを育て、祖父母も含めた7人家族の家事を担ってきた母は「今が少しさみしいと思ってしまうくらい、当時は賑やかで慌ただしかった」と私たちが幼かった頃を振り返る。

母は私たちに弱音は吐かないけれど、もちろん大変なことも多々あったと思う。3人家族で1人の子育て(しかも5ヶ月間)しかしたことのない私は、想像しただけで目が回る。それでも母は「お母さんになれてよかった」と言う。

徳 瑠里香
三人娘と母。保育園にて

母は私を産む前、"「お母さん、いつも楽しそうだね」と言われるような母になる"ということを決めていたそう。

私が生まれる前の母のことはよく知らないけれど、母は洋裁が趣味で、父と母はアウトドア仲間だった。だから、母は娘の服づくりに夢中になったし、キャンプや海やスキーなどのアウトドアは家族の恒例行事になった。

徳 瑠里香
0歳から13歳頃まで家族で毎年、海・キャンプ・スキーに出かけた

どんな子に育てたいかよりも、どんな母になりたいかという「自分」を起点にした考え方で、家族のために自分を犠牲にするのではなく、やりたいことに家族を巻き込むというスタンスだ。

「子育てや家族と過ごすことは、私のやりたいことだから。自分が楽しめなかったら長続きしないし、子育てが嫌になっちゃうでしょ。だからあなたもあなたが一番楽しんで」

3人の娘がある程度自立した今も、母は働きながら、バレーボールや着付けや金継ぎなど自分の趣味に興じ、週末には父とふたりキャンピングカーで全国津々浦々旅をして、今は孫の服作づくりにも燃えている。パワフルに行動し続ける母は、たしかにいつも楽しそうだ。

ちなみに食いしん坊な我が家では、ケーキなど食べ物を分け合う時、大きさを選ぶ順番をじゃんけんで決めるのだが、母は必ず参戦していた(大抵じゃんけんするのは母と娘3人)。  

そういえば、宝塚時代の真矢みきさんのファンだった母は、同じ公演を3人の娘それぞれを連れて3回観に行っていた(我慢するどころか、回数が増えている)。

これらは些細な例だけど、母は子育てをすることで、自分を犠牲にしたり、何かを我慢したりすることがあまりなかったように感じる。

それでも母は私たち娘のことを常に考えてくれていたように思う。いつも私の"拠り所"でいてくれた。

大学で上京して以来、私は何か嫌なことがあった時やくじけそうな時、いつも母に電話をしていた。母は何時間でもただ話を聞いてくれて、頷いて私を肯定し背中を押してくれた(私は話すことがストレス発散になり勝手に開き直っていくタイプ)。

結婚してからは私も大人になったのか、夫という新たな拠り所ができたからか、その頻度は減ったけれど。母は「便りがないのは元気な証拠」だと安心しているよう。

18歳から親元を離れていたこともあるけれど、母は母で自分の人生を楽しんでいるので、そのほどよい距離が娘の私には心地よかったのかもしれない。

娘が生まれてからは、「おばあちゃん」として、母に頼る機会が増えた。

徳 瑠里香
おじいちゃんとおばあちゃんになった父と母。お宮参りにて

「たくさん抱きしめてあげて。いつまでもできるわけじゃないんだから」

母が私の子育てに口を出すことはほとんどないけれど、時々こんなことを言う。この言葉を聞いて、私も母に抱きしめられた記憶がほんのり蘇る。今は母に抱きしめられることなんてないけれど、奥底にその感覚は残っているよう。

今はほとんど私の腕の中にいる娘も、これから自分の足で立って、どんどん私たち家族以外の人たちと関わるようになる。色んな環境のなかで、さまざまな人たちに影響を受けながら成長していくのだろう。

生まれた時点で娘は娘の人生を歩んでいるわけで、親にできることはそんなにも多くない気がする。

だからこそ、娘が自分の人生を歩んでいくことができるよう、くじけそうになった時の"拠り所"でありたいと思う。そのためにも私は、何かを犠牲にすることなく、母であることも含めて、引き続き私の人生を楽しみたいと思う。自分の親がそうであったように。

と言いながらも、母と私は違う人間で、育てる環境も子どもの性格も違うから、同じような親にはなれないだろう。ここまで綴ってきたことは、あくまで〈私〉個人の視点でみた断片的な私の母と〈私〉の考え方だ。

「お母さん」も「お父さん」も中身は一人の人間だから、性格も違えば、育ってきた環境や今置かれている境遇も違うし、感じる喜びも苦痛も、考え方もあり方も異なると思う。

世の中が勝手にイメージした、あるいは自分以外の誰かと同じような「お母さん」や「お父さん」になることはできない(だからこそ、「お母さん」「お父さん」というひとつの型やイメージを押し付けられることに憤りや息苦しさを感じてしまうことがあるのだろう)。

思う存分働いたり友だちと朝まで呑んで語り合ったりフットワーク軽く旅したり......、自分のためだけにお金と時間を使ってきた日々も楽しかったけれど(子育てが落ち着いたらまたそんなこともしたい)、小さな娘の行動に悩んだり笑ったりしながら暮らす日々も楽しい。

どちらに良い悪いも優劣もない。隣の芝生が青く見えることはもちろんあるけれど、ただ自分の目の前にある日々を積み重ねていくしかないと思う。

さて、最近の赤ちゃんとの日々は......。首も座り生活リズムも整ってきて、私も慣れてきたのか、生後3ヶ月の頃よりはだいぶ落ち着いた。ただ体重は重くなっているのに、我が子は相変わらず抱っこが大好きで一人で寝たり遊んだりすることがほとんどないので、腕や腰は悲鳴を上げている(ことに慣れつつある)。

生後5ヶ月の我が子は、手を組んで前後に揺らすことがマイブーム(五郎丸あるいはラッコのよう)で、その間握った手を咥えたりするので涎がだらだら。夜眠りながら、首をブンブン左右に振り(ハゲるよ!)、腰や手足をくねらせ(タコ!?)自分と横で寝る私を引っ掻いてくる(痛いよ!)。

そんな小さな娘の一挙手一投足に一人(時に夫と)突っ込みを入れて笑う、なんでもない日々がいとおしいと思う日がいつか来るんだろうな。

赤ちゃんと過ごす日々は、長いようであっという間に過ぎ去っていく。

我が赤ちゃんは、寝て泣いて起きて、おっぱいを飲んで時に笑って、抱っこされてまた寝て......ただそうやって「生きている」だけで、まだ何も自分ではできないけれど「存在する」だけで、私たち家族にとって価値があり、いとおしい。

娘が成長すれば親としていろんな欲が出てくるのかもしれないけれど、この気持ちを忘れずにいたい。その存在を受け入れ、肯定し、愛する。簡単にできることではないような気もするけれど、それが、親にできる唯一のことのように思うから。

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