民主主義を鍛える“一票の力”   ~“棄権”ではなく“積極的投票”を~

私は、「積極的棄権」ではなく、「積極的投票」を呼びかけたいと思います。

1 「積極的棄権」を呼びかける運動

「積極的棄権」に賛同する人の「署名集め」をインターネット上でしている批評家の東浩紀氏の運動が注目されています。※1

「2017年秋の総選挙は民主主義を破壊している。『積極的棄権』の声を集め、民主主義を問い直したい。」というChange.orgのキャンペーンとして行われ、インターネット上の「賛同」は、5300人を超えています(10月18日時点)。※2

このキャンペーンの呼びかけの文(9月30日)には、次のように書かれています。※2

今回の選挙にはまったく「大義」がありません。解散権の乱用であることは明白です。しかもそれだけではありません。本来大義なき選挙を批判するはずの野党も、選挙対策に奔走し、政策論争を無視した数あわせの新党形成に邁進しています。結果として、リベラルは消滅しました。いま国民の目の前にあるのは、自民党+公明党、希望の党、そして共産党という3択です。言い換えれば、現状維持、極右志向のポピュリズム、そして「なにもかも反対」という3択です。

立憲民主党が立ち上げられた状況なども踏まえて、10月14日の追記として外部サイトで、東氏は次のように補足説明しています。※3

いまの選挙制度とメディア環境においては、極端なイケイケ主義かなにもかも絶対反対の頑固一徹か、どちらかしか支持を集めることができないのであり、中道の意見は原理的に力をもてないのです。(中略)

いまの選挙制度とメディア環境の組み合わせを、絶対不変のものとしてではなく、変えることができるかもしれない「ルール」として想像する可能性を広めたいと思いました。それゆえ「積極的棄権」という言葉を作り、ルールを疑うことは決して悪いことではない、むしろそれこそが未来につながると訴え始めました。それがご指摘の署名活動です。

「CHANGE.ORGの署名運動について」

今回の選挙には「大義」がない。私もそう思います。

しかし、「リベラルが消滅」したように思われる中、立憲民主党が立ち上げられ、支持を広げています。

キャンペーン開始時と大きく選挙構図は変わり、投票する選択肢は明らかに増えました。

私も、「いまの選挙制度とメディア環境の組み合わせ」は中道的な主張の政治勢力に厳しいものだという点に同感です。変える必要があると思います。

しかし、だからといって「一票を棄てる」ことには賛同できません。

私は、一人ひとりが主権者として「一票の力」を冷静に見極め、その権利を使うことが、民主主義を鍛え、育てるために重要だと考えています。

2 棄権を求める署名運動は公職選挙法に違反するか

ところで、公職選挙法には、「署名運動の禁止」という条文があります(公職選挙法138条の2)。

<公職選挙法138条の2>

何人も、選挙に関し、投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人に対し署名運動をすることができない。

選挙に関する署名運動が禁止されているのは、署名したことによりその人の自由な投票行動が妨げられるおそれがあるからです。

「積極的棄権」を求めるキャンペーンは、東氏本人も「ご指摘の署名運動」と書いていますし、公職選挙法の「署名運動」は紙の署名だけではなく、インターネットによる署名も含むと考えられます。

問題は、選挙自体の「棄権」を呼びかけることが、「投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的」に該当するかどうかという点です。

特定の政党、特定の候補者に対する投票を得させないことを目的としている場合には、禁止される署名運動として公職選挙法に違反することは明らかです。特定の政党や候補者に対して投票を得させない目的かどうかはキャンペーン全体の目的や方法などから判断されます。

もっとも、条文の文言は「投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的」と規定されているだけですから、特定の政党や候補者とは関係なく「棄権」を呼びかけること自体が「投票を得しめない目的」にあたると解釈される余地もあります。そうすると公職選挙法138条の2に違反する可能性があります。

Change.orgのキャンペーンの仕組みは、民主主義の新しいインフラの一つとして注目すべきものです。また、「積極的棄権」に私は全く賛同しませんが、問題提起として興味深いものだと思っています。民主主義の新しいインフラを使った取り組みを公職選挙法が禁止するのか認めるのか、議論する意義は大いにあると思います。

公職選挙法というルールも絶対視すべきものではなく、主権者としてそのルールを変えることも必要だと思います。このキャンペーンには公職選挙法に対する問題提起も隠されているのかもしれません。これを機会に公職選挙法のあり方自体も問い直しできればと考えています。

3 最大勢力は「投票先未定」

各報道機関の終盤情勢が出て、与党(自民党・公明党)で300議席を超えると報じられています。しかし、選挙終盤でも、投票先未定と答える人は40%程度おり、実は最大勢力です。

共同通信社が10月15日から17日に全国の有権者を対象に行った電話世論調査では、投票態度を明らかにしていない人が小選挙区で40.3%、比例代表で40.0%に上っています。※4

一方で、毎日新聞が10月13日から15日に実施した特別世論調査では、衆院選後も安倍晋三首相が首相を続けた方がよいと思うかを聞いたところ、「よいとは思わない」が47%で、「よいと思う」の37%を上回っています。世論調査の結果と選挙情勢の結果が必ずしも一致していない複雑な状況になっています。※5

「大義」があるか否かに関わりなく、

今回の衆院選の結果は、今後の日本にとって極めて重要です。

この衆院選で問われているのは、①安倍政権が継続することを望むかどうか、②安倍首相の主導する2020年憲法改正を望むのかどうか、という2つです。※6

<衆院選で問われているもの>

①安倍政権が継続することを望むかどうか、

②安倍首相の主導する2020年憲法改正を望むのかどうか

「投票先未定」の人たちの多くが棄権すれば、終盤情勢が固定されます。しかし、最大勢力である「投票先未定」の人たちの動きによっては、情勢は大きく変わります。

私は、「積極的棄権」ではなく、「積極的投票」を呼びかけたいと思います。民主主義を鍛え、育てるために、私たち一人ひとりが実践できる方法です。

「選挙になったから、どこかに投票しなければ」という消極的な投票とは違います。

棄権するのではなく、消極的に投票するのでもなく、自分で冷静に考えて自分の一票(正確には小選挙区と比例代表合わせて二票)を効果的に使う「積極的投票」を一人でも多くの人に呼びかけたいと思います。

4 "否定"ではなく"肯定"の方向に解く

ドストエフスキーの小説『カラマーゾフの兄弟』の中に、私の好きな言葉があります。ゾシマ長老がイワンに投げかける「肯定的な方向に解決されない限り、決して否定的な方向にも解決されません」という言葉です。

肯定的な方向に解決されない限り、決して否定的な方向にも解決されません。

ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

否定から価値あるものは生まれません。

投票を棄権することから、本当の民主主義が生まれるとは思えません。

難問(アポリア)であればあるほど、肯定の方向にどうやって解いていくのか。

それが私たちに問われているのです。

完全な選挙制度はなく、完全なメディア環境も存在しません。

完全な政党もなく、完全な候補者もいません。

私たちは、不完全な世界の中で生きています。

不完全な世界の中で、一票を投じる権利を握りしめ、それを冷静に使わなければならないのです。不完全な世界を少しでも良く変えるために、躓きながら、壁にぶつかりながら、試行錯誤するのです。

私たちの「不断の努力」(憲法12条)で自由と権利を守らなければならないのです。民主主義を鍛え、育てるのは、私たち主権者です。

<日本国憲法12条>

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。

選挙では、「一票の力」を信じることが大切です。

同時に、選挙の時に限らず、不完全な世界をより良くしていくことも主権者である私たちの権利であり、責任です。

この2つが、いま、主権者である私たち一人ひとりに求められているのです。

私たちは権利を持つのと同時に責任も負っているのです。

一票の力が発揮されるのは、これからです。

投票日は、季節はずれの台風の影響があるかもしれません。心配な方には期日前投票がお勧めです。

ぜひ投票所に足を運び、主権者としての責任を果たしてほしいと思います。

もちろん、私も棄権せず、一票の力を信じます。

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