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集団的自衛権の容認によって日本が失うもの

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MONOA
時事通信社
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集団的自衛権を容認する閣議決定が今週にもされようとしています。「集団的自衛権」という分かりにくい言葉を使ってはいますが、要するに「同盟国のために他の国で戦争をする権利」です。もっと分かりやすく言えば、米国から「〇〇に行って戦争するぞ、お前達も付いて来い!」と言われた時に、国会で特別な法律など通さずに「時の政権の判断だけで自衛隊の派遣を決める権利」のことなのです。

米国は、第二次世界大戦後も、自称「世界の警察官」として、朝鮮半島、ベトナム、イラク、アフガニスタンなどさまざまな国で戦争をして来ました。いずれのケースにおいても、ゲリラ戦に持込まれ、莫大な支出と大量の犠牲者を出す結果となり、米国国内にも「もうあんな無駄な戦争を繰り返すべきではない」という声が高まっています。

それにも関わらず、米国が戦争をし続けるのは、石油利権を確保し続けたい石油メジャー、莫大な軍事費で支えられている軍事産業、中東のど真ん中に作ってしまったイスラエルを何としてでも維持し続けたいユダヤ人などによるロビー活動が、米国の政治家に多大な影響力を持っているため、この状況は簡単には変わりません。

日本とアメリカの関係は、表向きは同盟関係にありますが、実際には、まんが「ドラえもん」における、のび太とジャイアンのような関係にあります。「いざという時には米国が守ってくれる」という同盟関係は、軍事的には日本が米国の属国(子分)であることを意味するのです。

そんな米国が第二次世界大戦後に起こして来たさまざまな戦争において、日本人が血を流さないで済んで来たのは、憲法九条のおかげです。米国が、「イラクに行くぞ!」「アフガニスタンに行くぞ!」とかけ声をかけても、日本は「憲法九条があるから行けない」と断ることが出来たのです。

日本では、総会屋にお金を渡すことが法律で禁止されていますが、これはお金を渡すことそのものが悪いから禁止されているのではなく、会社側が総会屋からお金を請求された時に「違法だから渡せない」と言い訳が出来るように作られた法律なのです。

つまり、憲法九条は(のび太である)日本が(ジャイアンである)米国に向かって、「手伝いたい気持ちはやまやまなんだけれども、憲法九条があって手伝えないんだ」と断る、格好の「歯止め」の役割を果たして来たのです。

今回の閣議決定は、その「歯止め」を外すことになります。一度この「歯止め」を外せば、元に戻すことは出来ません。

第三次アーミテージ・ナイ報告書に書かれている通り、米国から経済制裁を受けているイランがホルムズ海峡を封鎖するような暴挙に出た場合は、日本がその秩序の回復に一役買うべきと米国は考えています。つまり、自衛隊を派遣して「ホルムズ海峡をイランから奪回するための戦争」に参加しろ、という話です。

これまでだったら、何を言われようと「憲法九条があるから」と断わることが出来ましたが、一旦この閣議決定をしてしまえば、断ることは出来なくなります。今回の閣議決定は、そのくらい重要な話なのです。