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「何度も教えているのに上手くならない」という悩みがあるならば......第3回

投稿日: 更新:
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第3歩 環境をチェックしよう。上手くなることは誰のため?

1.立ち位置から考える

職場であるとすると、職場という大きな器の中に、
教える側と教えられる側があります。

教える側は「上手くなって欲しい」と当然思っています。

では、相手は「上手くなりたい」のでしょうか?

たいていの場合、物事とは「何度もやっていてできる」側と
「これから経験して覚えていく、スタートライン」側に分かれます。


教える側があり、教えられる側があるということは「立場が違う」ということです。
「見えている景色が違う」とも言えるでしょう。

あなたにとっては目をつぶってもできる習慣的なことでも、相手には手探りのことかもしれません。


このことは簡単に切り捨ててしまうべきではありません。
教える側にはあたりまえのことでも、教えられる側はそうではありません。

たとえば専門用語やルールの理解は一致していますか?

雑誌やニュースの「新しいカタカナ語」を、なんとなくこんな意味?
で読み進めてしまうという経験は誰にでもあるのではないでしょうか?

商品名や新技術、素材名、業界だけで通じる用語......
あとで「実は間違っていて恥をかいた」ことさえあるかもしれません。


こうした日常とおなじ構造が、仕事では発生しないと言い切れるでしょうか?

何度も教えているのに......ということが起こるのであるならば、

「教えたはずだ」「分かっていて当然だ」と思っているような基本的なことを、
改めて確認してみることも1つです。

大事な前提条件にズレがあるならば、あなたの望む結果は得られるはずもありません。


教える側であるあなたが昔、教えられる側にいたとき、
どのようにして上手くなったのでしょうか?

どれくらいの時間がかかったのでしょうか?
そのときの気持ちは?

指導者にもっとこうして欲しい!など思ったことは?


このように教えられる側だった当時に立場を移動して、時間を戻してみる。

あなたが教えられる側だったとき、気になったこと、感じたこと、
不安や不満など......

当時は時間をかけて覚えたはずなのに、
教える側になった途端にそのことを忘れてしまう......

自分のときに分かりにくかった説明や、
納得できない手順をそのままに教えている......

誰もが自分の人生の主役ですから、
自分の現在の立場で考え、教えます。

昔の立場のときの気持ちや、考えは忘れてしまいやすいものでしょう。

2.相手側の要因

正直に申し上げますと、ここまでの話は
教えるということについてのある一つの前提で話が進んでいます。

それは、上手くなって欲しいという教える側がいて、
上手くなりたいという教えられる側があるということです。


相手があからさまにやる気がないとか、
あなたが教える気がない、なんてことはないはずです。

だとしたら、ここまで読む人はいないでしょう。


ところが、人はそう単純に割り切れない場合もあります。

そもそも相手は上手くなることを、本当に望んでいるのでしょうか?
成功することを望まない人もいます。

上手くいくことは良いこと、でも......
上手くいくことは良いこと、だけど......

上手くいったら希望の部署に行けず、
やりたくない業務の専門になってしまうのではないか?

上手くなりたいが、増える責任を負うことが嫌。
上手くなると次々に新しい仕事を押し付けられるのではないか?

という心配がある。


意識的か無意識的か「上手くできない」ということが、
本人にとっては押し寄せる困難を防ぐための防波堤として機能しているということで、

自分を守るために「上手くやっている」ということかもしれない、
という可能性もあります。


残業の増加、責任などのリスク、やりたくないこと、
こうした嫌な未来がやってくることを望んでいない。

心のどこかでそう思うならば、
上手くならない原因になってしまっても仕方ないことでしょう。

魅力的でない将来へ向けて、一生懸命には頑張れません。
これは単純な指導だけでは変えられないことかもしれません。


愚痴や希望を聞いてみる、
過剰な負担があるならばスタッフの補充をする、
適切なサポートがあることを伝える( もちろん実施する )、
一部の仕事を別の誰かに振り分ける......


職場を取り巻く環境、本人の抱える心配、不安など、
別の問題解決が回り道のようで近道だったりすることもあるでしょう。


番外編 最終手段はポジティブに「あきらめる」


ちょっとイメージしてみてください。

どうしても明日までに提出する書類があるとします。
それにもかかわらず、夜の8時に停電が起こってしまいました。


あなたは何とかしようと焦って、
あちこちに連絡したり、ブレーカーを確認したりします。


一生懸命に努力したのですが、どうやら夜ということもあり、
復旧するのは明日業者が来てからのようです。


こんな状況ですと、手書きの書類くらいなら、
懐中電灯やスマホの明かりでなんとかできるかもしれません。

けれども、パソコンやコピー機を使うような仕事は、
どんなにあなたが頑張っても無理なことです。


そんなとき、あなたはどうするでしょうか?

近くのファミレスや喫茶店に駆け込む。
自宅へ持ち帰る。
ほかにも選択肢はあるかもしれません。


けれどもきっとあなたは、職場で仕事をすることをあきらめ、
違う場所で仕事をしようとするのではないでしょうか?

ここでは場所をあきらめるという判断が、
仕事を完了させるために必要なことでしょう。


電源のない職場にいても、
明日までパソコンは使えませんし、コピーもできません。


動かないパソコンやコピー機をじっと見つめていても、
魔法の粉が降りかけられて、奇跡が起きてすべてが解決してハッピーエンド!


......そんなことはあり得るのでしょうか?


今回はおまけ付きです(笑)

テーマをあきらめた(笑)とも言えますが、
あきらめることで生まれる良いこともあるのですね。


相手が有期のパートや契約社員であるとか、

「相手に対して適切に指導をしたけれど、能力や適性といった相手側の原因で上手くならなかった」
と言い切れるほどの自信があるならば、これにはメリットがあることです。

こちらの望みほどには上手くならない相手に、
何度も何度も指示や指導を繰り返すことは時間もかかりますし、とても疲れます。


「なんで?」「どうして?」と怒りさえ感じることでしょう。

それを相手にぶつけて怒鳴りつける。
あるいは職場の同僚や、関係ない家族にぶつけてしまった
経験のある人もいるのではないでしょうか?


こうなってしまうと最悪です。


感情を抑えられない自分に自己嫌悪し、落ち着かず、
さらに相手のささいな行動が気になって叱りつけ、

悪い感情を職場や家庭に持ち越してしまい、
ギスギスしてトラブルの種をまき散らす......

あきらめるとは投げやりになるということではありません。

適切に時間をかけ、指導をした、けれども上手くいかない......
という前提があるならばメリットもあることなのです。


相手にかけていた時間を自分の仕事に回すことができます。

怒りを相手やまわりにぶつけるよりも、
よほど生産的で健康的ですし、雰囲気も良くなるかもしれません。

そのためには相手のできる仕事を見極めることが必要です。

上手くできないことを頑張らせるよりも、
「できる仕事を頑張ってもらう」と方針を転換してみる。

こうすることが、その人にとっても一番のことかもしれません。
あなたの見る目、判断力が試されるのかもしれないですね。


野球でもサッカーでも、コンバートはよくあることです。
適材適所とも言います。

高校デビュー、大学デビューなんていうと恥ずかしいニュアンスもありますが、
「環境やヤル事を変えることで上手くいって成功した」と捉えることもできます。

あることが上手くできないということだけで、
その人の価値を判断することもできないはずです。


あきらめるとはイメージが良くない言葉かもしれませんが、

いろいろなことを試し、実行し、指導する努力を重ねたという事実があるならば、
お互いにとって良いことである場合もあるのではないでしょうか?


あることが上手くできないという事実を、どう捉えるのか?

バカだ、要領が悪いヤツ、自分には教える能力がない......
このように否定的に判断することは、誰にでもできる簡単なことです。

あることが上手くできないという事実を、

「違うことが向いている」として、あることをあきらめて別のことを探すきっかけとする。
新しい選択肢をつくる。

理想論かもしれませんが、このような新しいチャレンジにすることもできるかもしれませんね。


第3歩まとめ

立場の違いを考えてみよう。

相手の立場を考えることももちろんですが、自分自身が相手の立場だったことはないだろうか?

やる気があったとしても、「やる気を発揮しきれない環境がある」という可能性はないでしょうか?

自分と相手だけではなく、それを取り巻く環境に理由がある場合もありそうです。


「投げ出す」ことと「あきらめる」ことは違います。

適切な時間を掛け、工夫したりしながら指導を繰り返しているのならば、
別の選択がお互いの幸せかもしれません。

あることが上手くできないから、
すべてができないと判断することは拡大解釈を適用した「決めつけ」です。

あなたの判断によって、新しい可能性を引き出すことも可能かも?

(2016年5月24日「ボトルボイス」より転載)

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