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中国の海洋進出問題を鄭和の大航海の史実から考える

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中国の海洋進出問題は深刻さを増す一方である。沖縄県・尖閣諸島周辺の接続水域に初めて中国の軍艦が入った際の衝撃は、記憶に新しいところだろう。

ところで、中国の海洋進出は、中国ではしばしば明朝時代の鄭和の大航海の再来になぞらえられている。鄭和は大艦隊を率いて計七回にわたって遠征を行なった。南シナ海からマレー海峡を経てインド洋にまで至ったが、その間、沿岸の様々な諸国に寄港し、最終的には中近東やアフリカ東岸の諸国にまで赴いた。中国では7月11日が「航海の日」と定められている。その日は鄭和の記念すべき第一回目の大航海の出発日とされている。

鄭和の大航海との類似点


実際、鄭和の大航海と昨今の中国の海洋進出の間には、いくつかの類似点が見出される。

第一に、鄭和は、大艦隊の三万人近くの兵力や巨万の財宝を誇示することで、戦闘らしい戦闘もあまりないままに、言わば「平和」裏に、訪問した三十数か国を明の属国とすることに成功した。一方、習近平政権も、南シナ海の軍事拠点化などを通した軍事的圧力、並びに「21世紀の海のシルクロード」建設などを通した経済的利益の誘導によって、戦争に訴えることなく、言わば「平和」裏に、海洋領有権問題を解決し、さらには周辺諸国に中国の地域覇権を承認させたいところだろう。

第二に、明朝の前の元朝の時代には、パクス・モンゴリカ(モンゴルによる平和)の下で、商人による自由な海上交易が空前の活況を呈していた。一方、第二次世界大戦後には、パクス・アメリカーナ(米国による平和)の下で、航行の自由の原則が確立され、自由貿易が大いに発展した。中国も1980年代から2000年代にかけて、航行の自由の原則や自由貿易に従うことによって、高度経済成長を遂げてきた。

しかし、明朝の創始者・洪武帝は時代の趨勢に逆らうように、その強大な軍事力によって、商人による自由な海上交易を厳禁してしまい、王朝の管理する朝貢貿易しか認めなくなってしまった。朝貢貿易とは、宗主国と属国との間で交わされる儀礼に付随して行なわれる貿易のことであり、宗主国にとっては属国に政治的な主従関係を承認させる手段となってきた。鄭和の大航海は、そもそも第三代皇帝・永楽帝が洪武帝の方針をさらに発展させるために実施させたものである。

一方、習近平政権は南シナ海において、軍事的圧力によって航行の自由の原則を踏みにじるかたわら(南シナ海が世界的に重要なシーレーンの一部である以上、それは自由貿易の危機にも直結するだろう)、前述のように経済的利益の誘導をも織り交ぜて、周辺諸国に中国の地域覇権を承認するように迫っている。

北方からの脅威


第三に、永楽帝が鄭和に大航海を行なわせることが可能となったのは、北方の遊牧国家の脅威が薄れたからである。元々歴代の漢民族の王朝は常に北方の遊牧国家の侵略に備えなければならなかったことから、海洋進出などには思いも及ばなかった。だが永楽帝は違った。漢民族の皇帝としては史上初めて、自ら大軍を率いてモンゴル高原に遠征を果たした。五度にわたる親征の結果、タタールやオイラトといった遊牧国家を属国とすることに成功した。

一方、中国の海洋進出は、19世紀後半から断続的に百年以上に及んだ北方のロシア帝国・ソ連の侵略の脅威が消滅したなかで、はじめて本格化するに至った。今日のロシア連邦は、無論のことオイラトのような属国ではないものの、周知のように中国の「ジュニア・パートナー」と見なされている。

もっとも、鄭和の大航海は永楽帝の死後、ほどなくして中止された。土木の変(オイラト軍に正統帝が捕虜になるという事件)が起こり、明朝は再び北方の遊牧国家の脅威に直面することになったからである。「南海の波濤を越えて派遣された二万七〇〇〇人の艦隊は、北方からの圧力が強まるとともに人工衛星からも見える巨大な建造物『万里の長城』に吸収されていった」(宮崎正勝『鄭和(ていわ)の南海大遠征』)。

他方で、中国の海洋進出も、再びロシアが北方から中国に対して脅威を与えるとまではいかなくても、少なくとも牽制するようになれば、停滞を余儀なくされはしないだろうか。そのように見てくると、昨今、安倍政権が熱心に推し進めている対中牽制の思惑をもった対ロ外交には、それなりに意義があると言えるだろう。

今日、中ロ両国は密接に連携し合っているかに見えるものの、「ジュニア・パートナー」の地位に陥ったロシアが潜在的に中国を警戒していることも事実である。ただし現段階では、いつ中ロ両国の間で対立が再燃するかを予測することは至極困難であり、ロシアに対中牽制の役割を期待したところで、失望に終わる可能性の方が大きいだろう。

トランプ米大統領が誕生した際の日本の選択肢


さて、鄭和の大航海と昨今の中国の海洋進出の間の相違点についても見ることにしよう。前者に対しては、海上において阻む存在は皆無であったが、後者に対しては、海上において米海空軍が「航行の自由」作戦の下で阻む態勢をとっている。おそらくこれが両者の間の最も大きな相違点であろう。

しかし、今秋の米大統領選で共和党のトランプ候補が勝利したならば、そうした態勢が継続されるか否かについては不透明になるだろう。仮にトランプ新大統領が、選挙戦の最中に口にしていたことを実行に移すのならば、日米同盟や日韓同盟は弱体化し、米軍も東・東南アジア地域から撤退することになるかもしれない。その際、中国の海洋進出が一気に加速することは間違いない。日本は新たな事態の展開に対して、どのように対処すべきだろうか。

果たしてトランプが勧めるように、日本は核武装し、海上自衛隊を強化して、尖閣諸島の領有権、並びに南シナ海のシーレーンにおける航行の自由の原則を自ら守るべきだろうか。もしそうなれば、核・軍拡ドミノを引き起こして、東・東南アジア地域の情勢は一気に不安定化するだろう。世界の成長センターと謳われてきた当該地域が、まさに世界の火薬庫の一つに転化しかねない。

では、日本はあくまでも隠忍自重して、戦後の平和主義と非核三原則を墨守すべきだろうか。しかしその際には、日本政府は足利義満に倣うことを覚悟せねばなるまい。鄭和の大航海の前後に、義満は明朝との勘合貿易によって莫大な経済的利益を享受する一方で、「日本国王」として永楽帝に臣従することになった。

それに倣うかのように、日本政府は相応の経済的利益と引き換えに、中国の海洋進出、並びに中国の地域覇権とまでは言えなくても、中国の地域における優位性を黙認するというわけである(ちなみにその際、日本政府は尖閣諸島の領有権問題や東シナ海の境界画定問題をめぐって、たとえ従来の立場を堅持し得たとしても、事実上中国によって譲歩を余儀なくされるだろう)。義満の対明政策が当時から強い批判にさらされていたように、日本政府のこうした対中政策も、屈辱外交として右派からの激烈な批判にさらされるだろう。

どちらの選択肢も日本にとっては茨の道であることは間違いない。しかし地域情勢の不透明さが増し、破局のリスクが高まるのは、明らかにトランプが勧める選択肢の方だろう。

ただし筆者は、たとえ日本政府が義満に倣う選択肢を選んだとしても、日本の民間活動家が中国の活動家と連携して、粘り強く中国の民主化を促進すべきであると考える。というのは民主化され、真の法治を実現した中国は、今日よりも国際法を順守する傾向が高まるにちがいないからである。そうなれば、中国は航行の自由の原則や自由貿易を尊重したり、一方的な現状変更を自ら抑制したりするようになるだろう。

中国政府を悩ませる民主化運動は、鄭和の大航海の前後に、明朝を大いに悩ませた倭寇を彷彿とさせるかもしれない。倭寇は日中混成の海賊集団であるが、海賊行為にのみ精を出していたわけでは決してない。特に16世紀の中国人を主体とする倭寇は、自由な海上交易を求めて明朝と戦っていた。倭寇の犯罪性や暴力性を評価することは論外であるものの、倭寇が自由な海上交易を求めて、明朝と果敢に戦ったことに倣って、日中の民間活動家も民主化を求めて、中国政府と怯むことなく戦い続けるべきだろう。