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菊地成孔が初めてタトゥーを入れた理由 「刺青文化は絶対消えない」「絶対善の方がよっぽど怖い」

2017年05月10日 23時25分 JST

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「刺青文化が消え去るなんてことは絶対にない」と言い切る菊地成孔さん

ミュージシャンで文筆家の菊地成孔さん(53)は昨年、生まれて初めてタトゥーを入れました。港町で刺青の洗礼を受けた少年時代、50歳を過ぎて意を決した理由、医師法によるタトゥー規制の是非......。あらゆるジャンルを股にかける異才が、独自のタトゥー論を語りました。(朝日新聞デジタル編集部記者・神庭亮介)

【画像】菊地成孔も惚れ込んだ腕 大島托が織り成す縄文タトゥーの世界

ヤクザ者の刺青に感じた永遠の触発性

――最近になってタトゥーを入れられたそうですね。

去年、ヒンドゥー教のガルーダという神様を左腕に入れました。ヴィシュヌという神様の乗り物で、鳥の姿をしています。僕は無宗教だけど宗教には興味があって。ヒンドゥー教って少年マンガみたいにキャラクターの宝庫で、物語もすっごい面白いんですよ。

機械彫りで6~8時間×2回で終了。想像していたよりも、ずっと痛みは小さかったです。手の甲なんて、さぞかし痛えだろうなあと思ってたけど、何てことなかった。女性は痛みに強いから、途中で寝てしまう人もいるらしいです。

母が亡くなったのを機に入れた、とも言えるのかな。亡くなる直前に入れ始めて、完成する頃に亡くなりました。

――いつ頃からタトゥーを入れたいと考えていたのですか。

5歳ぐらいですかね。家が千葉県の銚子で、飲食店をやっていて。物心ついた頃から店に出て注文をとって、皿を運んでいました。お客様には地回りの任侠や遠洋漁業の方もいて、刺青をしている方が多かったんですよ。半袖からチラッと見えることもあったし、夏場だと裸でケンカする人もいた。僕はケンカの後始末で血を拭いたり、歯を拾ったりしていました(笑)。随分かわいがられましたね。

ファッション・タトゥーのファの字もない時代なので、みんな和彫りです。立派なものを背負っている人もいれば、筋彫り(図柄の輪郭線を彫ること)だけで終わっちゃった人もいた。指を詰めている人、片目や片腕がない人......。色んな人がいたけど、みんなカッコ良かったですね。怖さはまったくなかった。

そんな風に身近でありながらも、刺青には永遠の触発性を感じていました。毎日ヤクザ者を見ていても決して刺青に慣れてしまうことはなくて、いつだってゾクゾクするんです。やっぱりスゴイな、カッコイイなって。港町全体がそんな雰囲気だったので、差別的な目線はありませんでした。

プールとサウナ、温泉がめちゃくちゃ好き

――幼少期から憧れつつも、実際に入れるタイミングがここまでズレ込んだのは。

入れたいと思っても、当然子どもには入れてくれませんからね。中学卒で準構成員になって彫ったとか、少年院に入った証しとして指に「年少リング」を入れたなんて話は、身の回りでも聞きましたけどね。

30代ぐらいの時に、ものすごく入れたくなって。でも入れなかったのは、僕、プールとサウナ、温泉がめちゃくちゃ好きなんですよ。あと人間ドックも。MRIを撮られることに喜びを感じる人間なので。タトゥーを入れると、これらすべてダメになっちゃう。それで一度やめたんです。

でも最近、外国人を当て込んだプールやサウナは、大丈夫なところも増えてきましたよね。東京五輪に向けて観光立国と言っているなかで、外国の方が入れないのはマズイということなんでしょう。これから東京五輪までの間には、さらに緩くなっていくんじゃないかという目論見もあって。だいぶガマンしてきたけど、もう入れてもいいだろうと決心しました。

「死んでもやめて」止められても

――周囲から反対されませんでしたか。

反対する人は熱狂的に反対。賛成する人は「いいんじゃない」って。当たり前ですけど、賛否両論でしたね。ファンの方から「死んでもやめて」というメールもいただきました。車を買おうとした時に「絶対買うな」と言う人はいないし、スキンヘッドにすることを「絶対ダメです」と言う人もいない。何だか知らないけど、刺青は違うんですね。

任侠文化と深く結びついてきた歴史

――日本では、タトゥーに対する批判や嫌悪の声が少なくありません。自分に何かの不利益があるならともかく、なぜ他人のことにそこまで反発するのでしょうか。

先ほど言ったファンの方の場合は赤の他人ではないので、感情移入しているうちに主客が転倒し、自分自身がタトゥーを入れるような感覚を抱いたのかもしれません。実際に嫌な目に遭ったわけではなくても、とにかくタトゥーは嫌だという人もいるでしょう。差別心ってそういうものですから。

それに刺青には、暴力団や任侠の文化と深く結びついてきた歴史があります。覚悟と根性を持って、消えない永遠性を背負う。そんなタトゥーの属性が、任侠の人たちに利用されてきた側面は否めません。

それでも、ディベート的にタトゥーの文化性を主張するなら、人類学的にはどんなトライブ(部族)にもボディー・アートがある、ということは言えますよね。インディオやポリネシア、タスマニアであれ、プリミティブ(原初的)なトライバル・アートは存在する。

「絶対善の方がよっぽど怖い」

――とはいえ、タトゥー文化を語る時に、ヤクザや暴力団といった部分を完全に切り離して、伝統や健全性ばかりを強調することには欺瞞も感じます。幼い頃の菊地さんも、任侠の人たちの刺青に「カッコ良さ」をかぎ取ったわけですよね。

まあ任侠もトライブの果てみたいなものですからね。巨視的に言うなら、社会悪の部分的肯定という話になるでしょう。ある種の悪人は共同体にいないといけない。悪人が一人もいない共同体をつくろうとする人間はファシストだと。そういう形で肯定するしかないですよね。

僕は戦争ですらも絶対悪とは見ていないんです。相当悪いけどね。戦争が絶対悪だと考えると、どんな悪もみんな許せなくなる。絶対善というものが立ち上がってきて、小さな悪も看過しないという風になってしまう。そっちの方がよっぽど怖いですよ。善があるから悪がある。ある程度の悪とは共存していくべきですよね。

「ヤクザだと思われる」 妻に和彫りを反対され...

――今回入れたタトゥーの柄は、どのようにして決めたのですか。

最初は和彫りが入れたかったんです。和彫りは文化的に素晴らしいし、グラデーションのかけ方などの技術も高い。芸術性のある、独特の表現ですよね。

ヒップホップのなかでも、ギャングスタか文化系かで彫る柄が違う。僕の音楽家・物書きとしての立ち位置や、この年で入れることの意味、問い掛けの強さを考えると、ファッション・タトゥーよりも和彫りの方がいいと思ったんです。

でも、和彫りは反対が大きかった。家内からも「和彫りだけはやめてほしい」と言われてしまいました。ヤクザだと思われるからと。一生の選択でもあり、最終的に和彫りはあきらめました。

――それでヒンドゥーの文様を入れることにしたのですね。

やっぱり美しくないと嫌だし、入れるからには象徴的な意味もほしい。自分の身体をキャンバスにして、上質なデザインをしたいという思いがありました。

和彫りを断念するなら、プリミティブ(なタトゥー)しかない。そこで、ハードコアかつエクストリームな表現をされている、大島托さんという方にお願いして。ガルーダの図柄も大島さんと相談して決めました。

「体制のやり方、法律の拡大解釈によるイジメ」

――医師法では、医師資格を持たずにタトゥーを入れることが禁じられており、ここ数年、彫り師の摘発が相次いでいます。アートメイクのトラブル拡大を背景に厚労省が通知を出し、同じ刺青の技術を用いるタトゥーへの取り締まりも強化されました。

彫り師っていうのは伝統的な仕事で、医師と関係なく昔から存在していました。ただ単に技術が同じだっていうだけで、アートメイクと刺青は関係ないですよね。

体制のやり方ってのは、風営法のダンス規制とまったく同じ。法律の拡大解釈によるイジメでしょう。警察の力を示すための示威行為ですね。それに対して、「医師法による取り締まりは絶対に許さない!」とまともにカチ合う人もいれば、「まあまあ」とすり抜ける人もいるっていう。

――医師法違反で摘発された彫り師が裁判で無罪を主張したり、署名を集めて法改正を求めたりする動きもあります。

憲法から商法、民法に至るまで悪法と呼ばれるものはいっぱいあって、悪質さの度合いもピンからキリまである。たとえばイタリアでは、70年代まで離婚が認められていませんでした。その間、みんな非合法に離婚してたわけですよ。

クラブ規制もそう。(改正運動を)闘って頑張った人たちは偉いし、悪く言う気はまったくないですけど、僕はそんな規制は放っておけばなくなると思っていた。この世からダンスフロアが消えるなんてことはあり得ませんよ。

同じように、弾圧されて彫り師がいなくなる、刺青文化が消え去るなんてことは絶対にない。そこで「不法だ」と訴えて左翼的な運動に立ち上がる人もいるのでしょうが、権力者が自分の自由を奪うということに対して敏感過ぎるのかな、という気もします。

多少の規制はあっていい 免許制も検討を

――法規制に反対することを冷笑しているわけではなく、「そんなに簡単にカルチャーはなくならない」という確信を持っているのですね。

その通りです。拳を振り上げている人たちを馬鹿にする気はありません。ただ、楽しんでやっているのかな、とは思います。反体制運動っていうのは楽しい。父親に立ち向かっていくような気分になれます。思想の立脚点をフロイトに置いている僕からすると、エディプス・コンプレックス(父親を憎み、不安視する心理)が強過ぎるようにも映るんです。

たとえばグラフィティ(落書きによるアート)って、法律的にはやったらダメじゃないですか。でもあれが警察に取り締まられたからって、「グラフィティがこの世からなくなる。芸術の喪失だ!」と騒ぐのはおかしいですよね。だって絶対なくならないですから。

タトゥーに関しても、多少の規制はあってもいいと思っています。なかには不潔な環境でやっているお店もあると聞きますし。機材があれば誰でもできるということではなく、酒造メーカーや外食産業のように、専用の免許をつくったらいいのではないでしょうか。

きくち・なるよし 1963年、千葉県銚子市生まれ。音楽家・文筆家・音楽講師・クラブDJ・作詞家など多彩な顔を持つ。音楽作品に「南米のエリザベス・テイラー」(ソロ)や「夜の歴史」(菊地成孔とぺぺ・トルメント・アスカラール)、著書に『スペインの宇宙食』(小学館文庫)、『レクイエムの名手 菊地成孔追悼文集』(亜紀書房)など。5月25日にバンド「DC/PRG」として渋谷WWWで、6月3・4日には「菊地成孔 ダブ・セプテット」としてモーション・ブルー・ヨコハマでライブを行う。

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