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異端的論考20:トランプ劇場の本番は如何に ~トランプ政権の多様な意味合い 前編~

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これまでは、大統領就任までの予告編として扇情的、挑発的な言動をし、政権移行チームに家族を多数(息子や娘や義理の息子。息子はさて置き、娘のイヴァンカとその夫のジャレット・クシュナーは相当に優秀であると言われている)入れるなど、ケネディ家にでもなろうかと言う好き放題をやってきたトランプ一座であるが、1月20日の就任式で予告編は終わりを告げ、トランプ劇場は本番に入る。

フォードに続いて今回のトヨタのメキシコ進出をTwitterで非難・攻撃したのは、予告編最後の花火であろう。1

トランプはTwitterで、トヨタの新工場はメキシコのバハ・カリフォルニア州としているが、実際はグアナファト州である。この程度の情報の精度で感情的に書き込みをするのが許されるのは、就任前の大統領候補までであろう。トランプも馬鹿ではないので、本番になるとアメリカ大統領としての責務があり、さすがにその言動には制約がかかることは理解しているであろう。

予告編のような具合での扇情的かつ軽薄な発言にも大統領として責任が発生するので、Twitterなどで、輿論(国民の意見)ではなく世論(大衆の感情)を利用するすべを知るトランプであるが、これまでのように、扇情的にTwitterを利用するわけにはいかないであろう。しかし、これまでのところ、想定不能(Unpredictable)を売り物にしているのがトランプなので、想定不能な行動に出る可能性を否定はできないのだが。

断わっておくが、筆者も中間層が二極分化(下がる方が多いが)する社会での大衆政治において、既存のメディアに対するSNSの価値を否定するものではない。

むしろ、トランプに自覚はないであろうが、SNSを始めとしてテクノロジーの民主化によって、現在の政治の前提である中央が末端をコントロールする(順行性応答)社会が、末端が中央との関係を再定義する(逆行性応答)社会へ、そして、中間層というような中央が管理しやすい同質的な大きな塊(集団)が喪失し、中央を必要としない脱中心社会(それが本当の多様化でなないか?)へと転換していくという近代政治体制がその臨界点を超え始めるという流れを加速するSNSの政治への積極的な利用と言う、もろ刃の刃を抜いたのがトランプであろう。

今回のトランプ勝利は、国論を二分したBrexitの再来とも言えるのだが、その意味するものは、超大国米国というだけでなく、多重的であり、複雑である。これまでの大統領選挙であると選挙が終わり、大統領当選者が決定されると、それが僅差であっても、支持する候補者が誰であってもアメリカ国民はその結果を受け入れてきたと言えよう。

しかし、今回は選挙が終わっても、その結果は受け入れられていないようである。アメリカ国民がトランプ新大統領の就任を期待し歓迎するムードではなさそうで、1月20日の大統領就任式が行われるワシントンで数十万人の大規模な抗議デモが予定されているそうである。これまでにも、二回、ニクソンとジョージ.W.ブッシュの共和党大統領の就任式のときにこのような抗議デモがあったが、今回はスケールが極めて大きくなりそうである。

本来はお祭りムードでもある大統領就任式であるが、今回は抗議デモに加えて、多くの有名歌手も出演依頼を辞退している。そもそも、トランプ自身が、選挙前に、「もし自分が負ければ選挙の結果は受け入れない」と民主主義国家の雄である米国の大統領候補とは思えない前代未聞の発言をしているだから、国民の相当数がトランプを受け入れず、抗議をしても当然とも言えるのだが。

トランプは、11月9日の勝利宣言のなかで「すべての米国人のための大統領になる」と演説したが、Breixt同様に国民の分断は明確であり、トランプは、皮肉にも全てのアメリカ人のための大統領にはもはやなれないことを示すのではないであろうか。

毎年恒例のTIME誌の今年の顔はトランプであるが、その写真には「Donald Trump - President of the Divided States of America」と言うキャプションが付いている(http://www.asahi.com/articles/photo/AS20161207004851.html)。

トランプが、国家の一体感を叫べば叫ぶほど、それは喪失されていくのではないだろうか。

別の見方をすれば、政治に対する評価の低下がついにアメリカ大統領の権威の低下(オバマはかろうじて維持したのではないだろうか)にまで及んだことを示すとも言えよう。米国のみならず、各国のメディアが使うトランプの写真をみれば、次期米国大統領に対する敬意は殆ど感じられないのではないであろうか。

詳しく見てみると、今回の大統領選挙は色々と特徴的である。

まず、トランプの選挙キャンペーンは、これほどまでかと言う程のあからさまな、否、冷徹とも言えるポピュリスト(大衆迎合主義者)アプローチであったといえよう。つまり、単純な二分法により課題を極度に単純化し、敵を作り攻撃するアプローチである。

実際、トランプは、論点を極端に単純化し、エスタブリッシュメントと権益を失いつつある低位ミドルクラスの保守的白人労働者(トランプは、彼らを「われわれの国で忘れられた人々」と言い、自分が当選したので彼らは「もはや忘れられることはない」と言っている)という対立構造をつくり、目先の敵(メキシコ移民やイスラム教徒)を攻撃するなかで、米国を再び偉大にする(「Make America great again」)をスローガンに、Twitter等を利用し、小学生レベルのわかりやすい言葉を多用し、大衆の感情や情緒に訴えて支持を得ようとした。

これは、典型的なポピュリズム(大衆迎合主義)であり、大衆の怒りと不安を利用した扇動政治といっても良いかもしれない。先にEU離脱派が僅差で勝利した英国であるが、離脱派は明らかにトランプのポピュリストアプローチの影響を受けたと言えよう。

政治のプロではないことで引き合いに出されるレーガン元大統領(実際には、カリフォルニア州知事を二期務めたと言う政治家としての立派な実績があるのだが)が二回の選挙で圧勝した時とは違い、州ごとの選挙人獲得数ではトランプがヒラリー・クリントンを上回った(獲得選挙人では、トランプが306人、ヒラリーが232人)が、得票数ではヒラリーが200万票近くトランプを上回っており、トランプの圧勝では決してない。

得票数で対立候補を下回った候補が選挙人獲得数により大統領に指名されるのは、ジョージ・W・ブッシュがアル・ゴアを破った2000年アメリカ合衆国大統領選挙以来16年ぶりである。

また選挙人投票で誓約違反となる造反を、トランプの選挙人は2人、ヒラリーの選挙人は5人が行い、両党で計7人という史上最多の造反となった。これも、再三指摘されているが、共和・民主という二大政党に基づくアメリカの大統領選挙システム基盤のレガシー化と弱体化を意味していよう。

最も明確なのは、トランプの勝利した州とクリントンの勝利した州は、単純化すると、Brexitと同様に、グローバル化とテクノロジーでアメリカを牽引する州とそれについていけない州と言う明確な差がある(http://nikkeiyosoku.com/blog/us-presidential-election-map/)。

そもそも今回の大統領選挙戦を賑わせたのはサンダースとトランプという民主党と共和党のメインストリームとは全く無関係の二人の候補者であり、これは、既存の二大政党に基づく大統領選挙システムの構造疲労と国民の二大政党政治への不満を示している。畢竟、今回の選挙は、ヒラリーとトランプの「どちらに入れたいか」ではなく、「どちらに入れたくないか」という選挙であったと言えよう。

閉そく感を感じる国民が多く(結果を冷静にみれば、オバマ大統領はリーマンショック後の経済の立て直しや内政・外交で多くの結果を残した大統領なのであるが)、社会において変化を求める有権者が多いなかにあって、変化とはほど遠いヒラリー(ホワイトハウス周辺に4期16年近くもいたわけであり)は、大統領候補者としては適任ではなかったであろう。変化を全く期待できないヒラリーよりも政治の素人でも、いや素人ゆえに変化を期待できるトランプという構図である。

また、ヒラリーになれば所得再分配が強化され、増税が予測されるので、ビジネス関係の票がそれをきらって、減税と規制緩和を強調するトランプに流れたのも事実ではないであろうか。

そして、今回僅差でトランプを当選させた最後のひと押しは、「黒人の次は女かよ!」という女性の大統領は認められないという、いまだ根強い白人男性優位主義の人々(女性も含めて)の投票であろう。

かつての「男だから、白人だから」という既得権益(当人の能力とは無関係に、この一言でどうにかなったわけである)を急速に失いつつあるだけに、ブロンドを侍らせるトランプの古典的マッチョとベースボールキャップをかぶる演出は、彼らを一層投票に駆り立てたのであろう。

この意味で、オバマ現大統領が、大統領は2期までと定めたアメリカ合衆国憲法修正第22条の規定がもしなく、自分が立候補していればトランプに勝利していたと言うコメントを出したが、オバマの3選は、アメリカが分断された今、実は多くのアメリカ国民の本音ではないのではなかろうか。

さて、1月20日以降のトランプ一座は、劇場公演の本番を迎えるわけであるが、果たしてどうなるであろうか。後編では、トランプやその取り巻きが、トランプ一座が本番を迎えるにあたって、当選後から、どのような伏線を引き、布陣を引こうとしているかの分析を行いたい。

前編だけを読むとトランプはタダのポピュリストでネガティブな面ばかりのようにも思えるであろうが、冷徹な現実主義者であり、成功を収めたビジネスマンであるトランプなのであり、侮ってはいけない。おそらくは、期せずして、不用意に大統領に当選してしまい急きょ考えたであろう合理的な策が何であるかを考えてみたい。

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1 この発言の政治定的な解釈としては、自動車産業はその裾野も広く、アメリカ人にとって象徴的な産業であり、かつてのアメリカの豊かな中産階級のモデルがBig3の工場労働者であった(70歳のトランプにとってこれは同時代の出来事であり、トランプは、労働者の象徴のベースボールキャップを頻繁にかぶるわけである)ということが前提にはあるが、その背後には、得票数でヒラリーに200万票劣ることが示すように今回の選挙はトランプの圧勝では全くなく、今回の選挙で、英語でswing stateと呼ばれ民主・共和党の支持が拮抗し、選挙の行方を左右したのがミシガン州であったということがある。ミシガン州はアメリカ自動車産業の都と言われるデトロイトを有する自動車産業の州である。しかし、GMの破たんが典型であるが、自動車産業の斜陽でデトロイトは破たんしたわけである。今回の選挙でミシガン州は接戦の結果、トランプを支持した(隣接する自動車産業が強いオハイオ州もswing stateでありトランプが勝利している)。それに対するトランプの返礼(支持者へ安易なサービス姿勢)メッセージと解釈することも可能であろう。