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「内向きな若者」こそ今日本が必要としている人材だ

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外国へ留学する人や海外に駐在勤務を希望する若い社員が減っていることから、「若者の内向き化」が懸念されている日本の現状に、私は深く懸念している。全国津々浦々の18-24歳の若者1000人を対象にした2008年の内閣府の世界青年意識調査によると、「自分がいま住んでいる地域にずっと住んでいたい」という人の割合は43.5%で、前回の2003年調査から10パーセント上昇した。自分が住んでいる場所が好きという人も91パーセントで、イギリス(86パーセント)、米国(80パーセント)、韓国(75パーセント)を上回った。好きな理由の6割が「友人がいるから」。

つまり、遠くに行きたくないということは、それだけ家族や友人との関係が良好だという証だ。それこそ、過疎化や家庭不和に悩む今の日本が必要としているものであり、そんな若者たちを「内向き」と批判することは、自分で自分たちの首を絞めるようなものだ。

多くの残虐な殺人事件の背景には容疑者と家族の不仲が垣間見える。相模原の殺傷事件もそうだ。植松容疑者の自宅がある旧相模湖町は、2006年に相模原市と合併するまでは、人口1万人の小さな町で、容疑者は人生の大半をここで過ごした典型的な「内向き」な若者だった。当初は、両親と一緒に暮らしていたが、数年前から独り暮らしになったという。

容疑者が精神病院への措置入院など精神的・経済的に深刻な状況にありながらも、両親が容疑者と一緒に暮らして手助けをしようとした形跡は見られない。こんな書き方をすれば、両親のバッシングにつながりかねず、それには十分な配慮が必要で、メディアも家族内の問題については踏み込んだ報道はあまりしないが、両親とうまくコミュニケーションさえ取れていれば、事件が防げたのではないかと考えてしまう自分がいる。

海外へ出ることが「外向き」なら、私は典型的な外向き人間だ。15歳で米国へ留学してから、8カ国10都市に暮らし、同じ場所に3年以上暮らしたことがない。「黒岩さん凄いですねー」とよく言われ、私も自分が凄いと勘違いし、アフリカの難民キャンプで働いた体験について、東京大学や法政大学で講演したこともあった。

しかし、正直なところ、私は中学時代、兄や姉に比べ成績が芳しくないことにコンプレックスを抱き、自分より成績の悪いクラスメートの前で自分の成績を自慢するなどし、友人関係に悩み多い人間だった。そんな悩みについて、恥ずかしくて親にも言えず、まともに目を見て会話をすることさえできなかった。留学は、そんな内面の弱さに向き合えない自分から逃げ出すための手段にすぎなかった。

そして、それ以降も、色々な国で人間関係がギクシャクすることがあったが、「どうせこの国に長くいる予定ではないんだから」と、関係修復する努力もしなかった。新潟の実家に帰省した際、中学時代の同級生に会うことがあるが、彼らは20年以上も同じ友人と付き合い続けており、好きなところも嫌いなところもすべて認め合ったうえで関係を維持している。色々な土地を転々と暮らしてフェースブック上の友人を増やすことより、1人の親友と数十年付き合い続けることのほうがよっぽど凄いことだ。

日本に一時帰国して実家で数日過ごしても、ゆっくりしたい私に、父親は「1日に美術館4軒行こう」とか「片道1時間半かけてうなぎ食べに行こう」とか言ってくるし、母親は、私が出かけたら1時間ごとに「どこにいるの?」と電話してくるし、これが彼らの愛情表現とはわかりつつ、若い時のコミュニケーション不足のせいか、うまく噛み合わない。

そんなこともあり、私は今年3月に国連を辞め、主夫としてヨルダンに赴任した国連職員の妻に寄り添っている。渡り鳥生活で人間関係作りが苦手な私にとっての唯一の自慢は、11年前に出会った妻と今でも関係が維持できているということだ。9月には長男が誕生予定で、そろそろ家族との時間を大切にする内向きな人間になりたいと思う。

父親のように教師を目指していたという植松容疑者は、東京都心部にある私大に進学し、「外向き」になろうと試みた。しかし、教師にはなれず、自宅近くの障がい者施設で働く「内向き」な自分にコンプレックスを抱くこともあったかもしれない。

しかし、私から見れば、アフリカの難民キャンプで働く以上に、こういった施設で働くということは凄いことで、コンプレックスを抱く必要なんて全くない。もし、社会に「地元に戻って障がい者のために働く若者は偉い」という風潮があれば、少しは容疑者の心の支えにもなったのかもしれない。内向きな若者こそ、過疎化や家庭不和で悩む今の日本が必要としている人材なのだ。