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中山祐次郎 Headshot

ぼっち時代は、心地良さを求める時代である

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ハフポスト編集部が新企画「#だからひとりが好き」を開始した。ハフポストのブロガー発でも、これから多数の記事が公開されるだろう。様々な立場からの意見が集まる、面白い企画だ。

最近、一人で過ごすことを「ぼっち」と言う。例えば一人で食事を取ることは「ぼっち飯」だ。確かに、一人で過ごすのが好きな人は増えている気配を感じる。カラオケや焼肉店でも、一人客専用の部屋や席があるそうだ。昨冬にダウンロード購入したアルバムのタイトルは「家族でも、一人でも楽しめる洋楽クリスマス・ソング24曲!」だった。

なぜ、「ぼっち」を選ぶ人は増えているのだろうか。

ここ10年のスマートフォンの普及により、情報の取り方やコミュニケーションの取り方の多様性は何倍にも広がった。それまで新聞やテレビなどのマスメディアからしか受け取れなかった情報は、今や様々な方法で得ることができる。ユーザー側に選択する権利が生まれたのだ。コミュニケーションでさえ、インターネットでは同じ趣味の人や同じ主義主張の人とだけ接すれば良いのだ。

これら全てを串刺す現代のキーワードは、「心地良さ」だ。考えると、私たちは心地良い記事だけを選んで読み、心地良い店にだけ行き、心地良い人とのみコミュニケーションを取ってはいないだろうか。そして誰とも接したくないが誰とも繋がっていないのは寂しい時は、ちょっとfacebookやtwitterを覗けば友人や興味ある人の息遣いを感じられる。

「ぼっち」は、心地良い。嫌な上司と休日ゴルフに行く必要も無いし、話の合わない姑と同居する必要もない。それどころか夫も妻も子もいないから、ストレスは減る。

しかしながら、これは私たちの「コミュニケーション量が低下」したのではない。「ストレスあるコミュニケーション量が低下」したのだ。心地良いコミュニケーションがむしろ増えたことは、人間の本質を考えれば当然のことなのかもしれない。行っても行かなくても良いのなら、誰だって嫌な奴と食事はしたくない。

しかし、このことの善悪を判断することは難しい。なぜなら、ストレスあるコミュニケーションが人々を鬱や自殺に追いやった一方で、ストレスあるコミュニケーションが人のストレス耐性(=耐えられる力)を上げた側面もあるからだ。

これは免疫という人間に備わったシステムでも説明出来る。人間はこの世に生まれ落ちてから、無数の細菌やウイルスなどの外敵に攻撃されることで、その相手とのみ戦える専用の抗体をいちいち作成し続けているから、野原で寝転んでも生ものを食べても生きていられる。もし生まれてずっと無菌的な環境で生育したなら、生命維持は困難だろう。

もっともこのような総論的な指摘にはあまり意味がない。人間の個体差の大きさを考えると、善悪は一人一人変わってくるだろう。

加えて、現代はコミュニケーション過多の時代だ。スマートフォンをひとたび持てば、多数のSNSや即時的なメールツールから1日100回を超える通知が来るようになる。私も例外ではなく、SNSで言えばfacebookやtwitter、instagramなどを「回診」し、LINEやGmail、facebook messengerなどのメールツールから大量のメッセージを受け取っている。一人でゲームに興じながら、インターネットを介して数百人と同時にコミュニケーションを取っていることもある。

だから、「ぼっち」は一人ぼっちなのではない。スマートフォンを持っていない人は、本や空想において一人ぼっちではないのだ。人は、本当のぼっちでは生きられない。


hitori


ハフポスト日本版は、自立した個人の生きかたを特集する企画『#だからひとりが好き』を始めました。

学校や職場などでみんなと一緒でなければいけないという同調圧力に悩んだり、過度にみんなとつながろうとして疲弊したり...。繋がることが奨励され、ひとりで過ごす人は「ぼっち」「非リア」などという言葉とともに、否定的なイメージで語られる風潮もあります。

企画ではみんなと過ごすことと同様に、ひとりで過ごす大切さ(と楽しさ)を伝えていきます。

読者との双方向コミュニケーションを通して「ひとりを肯定する社会」について、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。

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