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和の一滴 日本産漆の魅力を知りたい −岩手県浄法寺漆の現場を訪ねて−

2013年09月03日 00時40分 JST | 更新 2013年11月02日 18時12分 JST

お味噌汁をいただくお椀に、塗のお箸。漆器は日本人にとって、とても身近な存在。それなのに、漆の産地も、漆器の作り方も実はよく知らない私たち。

日本人は縄文時代から、器や道具の耐久性を高めるために、美しい艶を持つ塗料としての漆を活用してきたといいます。あるいは、仏像制作や装飾を施す時の接着剤としても、漆は独特な素材の力を発揮してきたのです。

 

また、漆器は海外では「japan」と呼ばれ、日本を代表する特産品でもありました。蒔絵の漆器は、マリー・アントワネットのコレクションとしても有名でした。

そんな漆器は今、どんな風に作られているのか。

漆という素材は、そもそもどうやって生まれてくるのか。山にあるのか、誰かが採ってくるのか、どうやって塗るのか、乾かすのか......。

実感をともなって理解している日本人が、いったいどれくらいいるでしょうか?

今、日本で使われている漆の99%は輸入品。中国産が大半だそうです。

国産の漆は1%のみ。実はその7割が、一つの地域で産出されていることをご存じですか?

その漆の産地には、どんな風景が広がっているのでしょう。 

日本最大の産地、岩手県二戸市浄法寺町へ足を伸ばしてみました。

■漆を木から採取する「漆掻き」は夏が最盛期

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東北新幹線・二戸駅から車で30分、漆器・漆芸品を展示・販売する施設「滴生舎」へ。樹液である漆を採取する「漆掻き」は、6月頃始まり10月中旬頃まで行われ、特に夏の時期は最上質の漆が採れる時期らしい。

職人さんが山で採取している最中ということで、「漆掻き」の現場を見せていただけることになり車で山の中へ...。

 

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漆の畑に到着しました。等間隔で植えられている漆の木々。その幹には、何やら黒い幾何学文様が。漆を掻いた跡だそうです。

 

「漆というのはいわば、カサブタのようなもの。傷ができると、そこをふさごうして木が出す樹液なんです」

と話してくれたのは、漆掻き職人の鈴木健司さん。今日は朝から一日山へ入り、漆掻きをしていたとのこと。

「ちょっとやってみますね」と、鈴木さんはカンナを手にしました。

漆の幹にあてて力を入れて引くと、樹皮にくっきりと白い傷ができます。その上をもう一度、尖った先でなぞると......透明な液体が傷口からみるみる溢れ出てきました。

透明な液体はそのうちミルクのように白濁し、したたり落ち、あたりにはふわりと甘い香りが漂う。まさしく、生の一滴。

 

その白い液体をヘラでこそげとり、樽に集めていきます。一滴もムダの出ないように、少しずつ少しずつ。

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漆一本から年間にとれる量は、たったの200グラム程度。わずか牛乳瓶1本分とか。

 

「数百本の漆から集めた液体を精製して、不純物や余分な水分を取り除いてから、木の器の上に7~8回、塗り重ねていきます。ひとつの塗椀を作り上げるのに漆30グラムほどが必要です」

漆は「乾燥」するのではなく、酵素の働きで「固化」します。化学変化を起こすために塗った表面は堅牢、頑丈になるのです。

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■漆の採取から塗りまで、自分の手で完成したい

 

「私の実家は会津で漆器作りをしていましたが、使っていたのは国産の材料ではなかった。でも僕としてはどうしても、漆を採るところから自分の手でやりたかったんです」と鈴木さん。

父と対立してまでこだわった国産の漆。

実家を飛び出した後、福島の漆作家の元で修行し、さらに浄法寺の日本漆掻き技術保存会・研修生制度に応募して漆掻き職人として技術を身につけ、独立したそうです。

「漆を木から採るところから、精製、塗りまでを一貫して手がけています。一から自分の手で作り出す漆器というものに、こだわっています」

鈴木さんの手から生まれてくる器の色と形はとてもシンプル。

落ち着きのある、半つや消しの溜め塗。その色は何年も使い続けていくうちに、輝きをさらに「増していく」のだそうです。

 

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塗り師の仕事は7割まで。あとの3割は使い手が、道具として使いながら輝かせていく。

使う人が参加して、完成へと近づいていく器。

なんてすばらしい道具ではありませんか。

それにしてもなぜ、岩手県の「浄法寺」という場所が、日本一の生産地となっているのでしょう?

なにか特別な理由があるのでしょうか。販売から塗り師まで手がける滴生舎・小田島勇さんが答えてくれました。

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「そもそものルーツは、奈良時代に行基がこの地に開いた八葉山天台寺にあります。僧たちは自ら作った漆器を使っていたのですが、それが地域の人たちへと広がっていったのが浄法寺塗の始まりです」

かつては全国に漆掻きの職人がいました。しかし安い輸入ものの漆に押される一方で、プラスチック製や大量生産される陶器が日常的となり、漆器を日常的に使う人が減り、漆掻きという産業は崩壊の危機に陥ったのです。

「たまたま浄法寺一帯は、漆の生育に適した山間地であり、しかも他に目立った産業がなかったことで現役の漆掻き職人たちが残っていたのです。そこにあるチャンスが到来しました」

平成19年から始まった日光東照宮「平成の大修理」。

中国産の漆で修復するよりも国産漆のみで行った方が建物の耐久性が高まる、ということがわかり、「国産漆を100%使用する」という方針が打ち出されました。

いわば「国産漆の特需」。

それによって、浄法寺漆が積極的に活用される機会が生まれました。

「浄法寺の漆は、日本の風土に適しています。職人たちが木の生育を一本ずつ見極めて、手で漆を掻いていくため純度も高く、日本の文化財修復に適しています。日光以外にも金閣寺や中尊寺金色堂など多数の寺社の修復に利用されています」

平成20年には岩手県と二戸市が第三者機関「浄法寺漆認定委員会」を設立し、実地審査をした上で基準に適合した漆を「浄法寺漆」として認証ラベルを貼り、品質を保証して出荷しています。

■芸術作品ではなく、日々の道具として使うものへ

でも、と小田島さんは緊張感のある口調でこう続けました。

「そうした修復の特需に依存するのではなく、浄法寺漆の良さを見直していただく機会にしたいんです。毎日の生活の中で普通に使われる、耐久性の高い美しい道具として、漆器を定着させたい」

その口調には、浄法寺漆への強い思いが込められていました。

「日常でごく普通に使っていただきたいんです。水やぬるま湯で流すだけで汚れは落ちるし、油汚れについては食器用洗剤や柔らかいスポンジで洗っても大丈夫ですよ」

でも漆って、一般の人にとってはたしかにわかりにくい素材なんですよね、と小田島さん。

「だからこそ、漆器を販売する人が、漆についてのストーリーを理解し、語ることがとても大切なんですよ。木と対話して樹液をいただいてきて、一滴一滴大切にしながら塗り重ね、精魂込めて作った器。そんなストーリーを、直接お客さまに伝えながら販売することが、漆器にはどうしても必要になるんです」

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漆器一つが数千円から数万円程度することも、そうしたストーリーを知ることでなるほど納得できます。

手仕事の技術が詰まっていて、長時間使い続けることができて、使うことによって美しく変化していく道具だとしたら、価格が本当に高いのかどうか......

漆の生産から漆器の製作まで一貫して行うことができる、日本で唯一の場所となった浄法寺。

「本物を作っています、と胸を張って言えるような漆器を、コツコツと息長く着実に作り続けていきたい」と小田島さん。

今、漆掻き職人は約25名。そのうち7割は70代と、後継者問題は大きな壁になっています。

しかしその一方で、工房には若い職人たちが増え、本物を手に入れたいという消費者からの問い合わせも入ってくるようになりました。現場は、なんとか課題を乗り越えよう、という意欲に溢れています。

 

そんな浄法寺漆のストーリーを、都市で暮らす人々へ広く伝え、日常の道具としての魅力を知ってもらおう、というイベントが銀座で開催されます。

興味のある方はぜひ、お立ち寄りを。

◆9月11日~10月8日、銀座松屋7階のデザインギャラリーにて「日本の地域産業の今 Vol.2 いわてのうるし 浄法寺漆」が開催されます。

職人一人一人をフォーカスする展示で漆掻き職人・鈴木健司さんのトークイベントも有り。詳細はhttp://designcommittee.jp/2013/08/20130827.html

滴生舎 http://www.tekiseisha.com/

〒028-6941 岩手県二戸市浄法寺町御山中前田23-6

TEL:0195-38-2511