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丸岡いずみさん うつを乗りこえてわかったオフラインの大切さ「休むことも生きること」

2013年10月16日 12時40分 JST | 更新 2014年07月16日 11時31分 JST

元ニュースキャスターの丸岡いずみさんが、著書『仕事休んでうつ地獄に行ってきた』(主婦と生活社)を9月20日に上梓した。丸岡さん自身のうつ病体験を綴った内容が反響を呼び、発売5日で5万部を突破。10月6日に開催された出版記念トークショーでは、うつ病を患った人や今うつ病を抱えている人たちから、「よく代弁してくれた」といった共感の声が寄せられたという。

今回は、警視庁捜査一課の担当記者やニュースキャスターなどを務め、ニュースの現場で多忙な日々を過ごしていた丸岡さんが、重度のうつにかかり回復する過程で学んだ「休むことも生きること」というメッセージに込められた思いや、闘病の日々、これからの人生について話を聞いた。

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■記者やキャスターとして駆け抜けたニュースの現場

地方テレビの局アナ、フリーのアナウンサーを経て、29歳のときに報道記者として日テレの採用試験に合格した丸岡さん。そこからは、警視庁捜査一課の担当記者として、24時間休みなく、いつでも取材に出かけられるような忙しい日々を過ごす。

「捜査一課を担当していたときは、いつも、いつ眠るか、いつ食べるかという状態でした。でも、仕事にやりがいを感じていたので、疲れていることがストレスにはならなかったです。むしろ、どんどん現場にいきたいと思っていました」と丸岡さんは語る。

凶悪事件で特ダネをスクープとったときの達成感や、キャスターとなってからの海外取材や、早稲田大学大学院での研究など、やりがいのある毎日に充実感を感じていたという。

■東日本大震災の取材が原因で、うつ病にかかる

そして、夕方のニュース番組「news every.」のキャスターに抜擢され、現場で取材しつつ、夕方には番組の進行を務める日々を過ごしていたが、2011年の夏、丸岡さんの体調に変化が現れる。きっかけは、東日本大震災。震災翌日には陸前高田に入り取材を行う。その後も病気で休むまで、何度も被災地取材を続けていたという。

「『news every.』のキャスター時代は、記者のときと比較するとお休みはありました。といっても、土日に取材が入らなければ、ですけど。やはり、うつになったきっかけは震災の取材です。被災地の悲惨な状況をリポートしていくうちに心のバランスがとれなくなって、食べられなくなり、眠れなくなり……。それが2週間続いて、内科へ行きました」

内科では「自律神経失調症」と診断。ひどい下痢もつづいていたが、それでも、そのときは、ただの疲れすぎ、だましだまし働けば何とかなると思っていたという。しかし、体の不調は一線を越える。8月の終わり、「山」や「川」といった簡単な文字にもふりがなをふって、なんとか乗りきった生放送の後「休みがほしい」と上司に報告して、翌日故郷の徳島へ帰ったのだ。

「とにかく、東京から離れたい、そうしないとまずいだろうなと感じていました」と話す丸岡さん。当事者でありながら自分のことを俯瞰して見ていました、と当時を振り返る。今までにうつを取材した経験が生かされたという。そして、徳島の病院で「うつ病」の診断を受けた。

■実家での療養生活中にインターネットに流れた記事

相変わらず「眠れない」「食べられない」。

父のベルトを見たら、これで「首をつったらラクだろうな」と思ったり……。

一日一日、「なんとか今日も生き抜いた……」、そんな感じです――

本書には、丸岡さんが実際に体験した、地獄のようなうつの日々が書かれている。丸岡さんは「焦燥感にかられていて、所在ない感じで……。眠れない日々でした」と語る。一番苦しかったときに、丸岡さんを追いつめたのはインターネット上に流れた丸岡さんのうつ病に関する記事だった。それを見て心配した友人や知人から一斉にメールが届き、「私のことに構わないで。お願いだから、放っておいて!」とすっかり心を閉ざしてしまう。そこから体調は悪化の一途を辿っていく。

「今では毎日のニュースも見ていますし、自分について何を書かれていても気になりませんが、うつのときは物事をネガティブに考えてしまうので、当時は何も書かれたくない……、と気にしていました。携帯電話の電源も切って、メールもほとんどしませんでしたね」

その後、適切な治療や、薬の服用、信頼できる家族や現在のご主人のサポートもあり、快方に向かう。退院直後に開いたメールボックスには、数えきれないほどのメールが届いていたが、そのときは、返事はできずノーリアクションで通した。そこまで気を配れるほどの回復は出来ていなかったと話す。

■うつを経験して学んだ「休むことも生きること」

病状が好転したのは、ちゃんと薬を飲み始めたことがきっかけだ。うつ病は「心の病気」といわれるが、そうではない。「実際は脳の病気だと思います。胃潰瘍といった他の病気と同じように、適切な治療が必要です」と丸岡さんは話す。

「うつの薬ってしばらく飲み続けないと、効果がないんです。胃薬のように飲んですぐ効くというわけではない。うつの人は、自分をうつと認めたくない。薬を飲まなかったりすることもあります。私も飲まずに治そうと無理をして病状を悪化させました。でも入院して飲まなくてはいけない状況になって、初めて薬を飲みました」

30代でニュースの現場を駆け抜けた丸岡さんは今、「主婦ときどきテレビ出演」というスタンスで、のんびりした毎日を過ごすように心がけているという。

「ニュースについては、記者としてさまざまな現場を取材し、それこそ海外のニュース現場にも立ち会えたりと、貴重な経験をたくさんさせていただきましたので、やりきったという思いです。今は、主婦として家事をしたり、ガ―デニングでお花やグリーンを育てたり、あまりオーバーワークにならないように心がけています」

■気軽にうつ病のことを話せるような時代に

本を執筆するきっかけは、ご主人の「うつの人は多いけれど、うつの人自身が体験談を書いている本はすごく少ないので、書いたらいいんじゃないか」という一言だったという。

本のタイトル『仕事休んでうつ地獄に行ってきた』には、みんながもっと気軽に「うつになっちゃって」と言えるようになればという思いが込められているという。現代は10人にひとりがうつ病になると言われている。しかし、その偏見はまだまだ根強く、病気のことを表だって話せる状況ではないのが実情だ。「この間、パリに行ってきた」というのと同じように、うつ病のことを話せるような時代になればいいというコンセプトだ。丸岡さんも今は「私、うつだったの」と普通に話すことができていると話す。

本書で「うつは私の個性のひとつ。新しい人生がはじまった!」と書いたように、執筆を通じて過去や思いを整理し「デトックスできた」と、これからの人生を見つめる丸岡さん。今後は、要望があれば、うつの理解を深める仕事や、新しいテーマで本の執筆などにも取り組んでいけたら、と語る。

■丸岡さんからのメッセージ

最後に、ご自身の経験をふまえて、丸岡さんはうつに苦しんでいる人にメッセージを送る。

「うつの最中は、もう治らないんじゃないか、一生このままじゃないかと思いがちです。でも、信頼できる先生に出会って、きちんとした処方をしてもらって、休養をとれば、必ずよくなる。長くかかったとしても、今の状態よりも、必ずよくなると信じて治療してほしいと思います」

今まさに日々忙しく過ごしている人にも「全力で走っているときはそれ自体が見えにくいと思うんですが、ときどきは立ち止まって自分の全体像を見る事も必要だと思います」と、アドバイスする。

丸岡さんが経験したように、本当の休息には、スマートフォンなどに触れず、静かに過ごすオフラインの時間が必要だ。うつでなくとも、病気のときや「ちょっと疲れたな」と感じるときは、携帯やメールの電源を切って自分を休めるひとときを持つといいだろう。ガーデニングで土や花と触れ合ったり、たまには自然豊かな故郷に帰ったりして、五感を通じて自分をリフレッシュさせることも「立ち止まる」大切な時間だ。

ニュースの現場を駆け抜け、思いがけずうつ病を患った丸岡さん。今のリラックスした表情から「休むことも生きること」に込められた思いが伝わってきた。

※初出時、丸岡さんの名前を誤って表記しておりました。お詫びして、訂正いたします。(2013/10/16 15:53)

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