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ナチスの隠れ家? アルゼンチンのジャングルで発見された廃墟には何が残されていたのか

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アルゼンチンのジャングルの奥深くに隠れていたナチスの逃亡者の隠れ家とみられる廃墟を考古学グループが発見した。

廃墟と化した3つの建物はアルゼンチンの北東部ミシオネス州のテユ・クアレ公園でブエノスアイレス大学都市考古学センターの研究者によって発見された。

研究グループのリーダー、ダニエル・シャベルゾン氏は、建物は、人里離れた場所にナチス幹部向けの隠れ家を作る秘密プロジェクトの一部だと思われると述べた。BBCによると、シャベルゾン氏は廃墟はまったく近づくことのできない場所だったという。

「正確な場所を知らなかったら、決して見つけることはできなったでしょう」

隠れ家はパラグアイとの国境から数分の所に位置し、いざという時にはすぐ逃げられるようにできていた。

大学が発表した画像では、廃墟となった石の建物が見える。

argentina nazi

地元紙「クラリン」によると、シャベルゾン氏は「それは防御可能で、保護可能な、近づきにくい場所であり、逃亡者が平和に暮らすための場所です。私たちが発見したものはナチスの指導層向けの隠れ家だと思います」と述べた。

ワシントンポストによると、建物のひとつは住居として、もうひとつは貯蔵用、3つ目は見張り用として建てられたとみられる。


ジャングルの隠れ家でナチス硬貨が一つ見つかった。

1938年~1944年に造られたナチス硬貨数枚と、同時期のマイセンの磁器とともに、かぎ十字が少なくともひとつ廃墟の中で見つかった。

シャベルゾン氏は、もっと多くの遺品がジャングルに隠れているかもしれないと述べた。

「遺物の分析に時間がかかるかもしれません」。とシャベルゾン氏はAFPの取材に答えた。「私たちがまだ見つけていない建物もあるかもしれません。たくさんの植物が茂り、奥が深く、研究をするには複雑なエリアです」

隠れ家の建設には大変な労力がかけられたように思われるが、誰もそこに住んだ形跡が見えない。というのも、ヨーロッパから南米に逃亡し、新たに定住するために「ラットライン」と呼ばれた逃走ルートを利用するナチスが数多くおり、ジャングルに隠れる必要がなかったからだ。

ナチスの戦犯たちを保護する手助けをしたアルゼンチンのフアン・ペロン元大統領政権の下、アルゼンチンがとりわけ避難所となった。

1960年、ホロコーストの「設計者」アドルフ・アイヒマンがリカルド・クレメントという名前でブエノスアイレスで暮らしているのをモサド(イスラエルの情報機関)の諜報員が発見した。アイヒマンは強制的にイスラエルに連行されると、裁判にかけられ、1962年に絞首刑となった。

アウシュヴィッツ収容所での野蛮な人体実験を行った医師ヨーゼフ・メンゲレも、一時アルゼンチンに住んでいたといわれている。

スペイン語の動画が以下で見られる。

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アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所
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この記事はハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。

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