あの人のことば

「おもしろくないものは全部なくなればいい」琉球張り子作家が教えてくれた、"新しい伝統"の作りかた

2015年06月01日 01時05分 JST | 更新 2017年08月21日 01時03分 JST

沖縄発の小さな郷土玩具・琉球張り子が、全国的にファンを増やしている。

張り子とは郷土玩具の一つで、木や粘土などで作られた型・芯に紙を重ねて張って作ったものをいう。とくに人気を集めているのは、ある作家の オリジナルの創作張り子(下の画像集)。視界に入るとほんわかと心温まる、ちょっと"ゆるい"作風だ。

琉球張り子「玩具ロードワークス」

これを制作しているのは、沖縄出身・在住の豊永盛人(とよなが・もりと)さん。琉球張り子作家として、これまで数々の作品を生み出してきた。

那覇市内にある豊永さんの店「玩具ロードワークス」に入ると、ズラリと並んだ張り子の傍らに、こんな張り紙があった。「色落ちするよ! こわれるよ! 遊びにくいよ!」。

豊永さんは、なぜ若くして郷土玩具を手がけることになったのか。伝統を継ぐ上で、本当に大切なことは何なのか。創作にかける想いを聞いた 。

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■郷土玩具ににじみ出る、作家性がおもしろい

――豊永さんは、琉球張り子を作られていますが、昔から郷土玩具など古くからあるものが好きだったのですか?

古いもの、好きです。それは知識欲というより、僕の場合は「おもしろさ重視」(笑)。もともと郷土玩具は好きで、買って持っていました。好きだったのは琉球玩具の第一人者だった古倉保文(こくら・やすふみ)さんの作品が中心で、それがすごくよかったんです。

当時は「自分で作りたい」とは思っていなくて、彼の持つ作家性の一ファンで「すごくいいな、おもしろいな」と買い集めていました。「かわいい」というより、アウトサイダーアートを見るようなおもしろさ、というのかな。郷土玩具には、ふつうの人が作るちょっとおかしなものがあるな、と。

――そうしたものだけではなく、正統派な郷土玩具にも、おもしろさがある?

正統派なものでも、例えば福島の郷土玩具の「会津天神様」(画像)にしても、やっぱりちょっとおかしいんですよ。もちろん真剣に作っているんだけれど、ここの袖を、こんな飛行機のようなデザインにするって、ふつうは考えられないでしょう(笑)?

時代や土地柄に加えて、作家性......つまり個人的な発想と感覚が入っている。そういうのがどうしても出ちゃうのが、郷土玩具のおもしろさだと思います。

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福島の郷土玩具の「会津天神様」(『板木』より)

■その土地で、必然性を持って生まれたものだから

――郷土玩具へのそうした思いが、徐々に育っていったのですか。

沖縄県立芸術大学に在学中、大阪にある国立民族学博物館に研修で行ったんです。僕にとっておもしろいものがたくさんありました。どこの国のものかもわからないけれど、見ていて楽しいしドキドキする。それは単純に「古いものだから」ではなくて、僕が「楽しい」「おもしろい」と思うものの多くが、そういう文化的な何かだったんです。

その後、1998年からアメリカに遊学し、アフリカの彫刻などの民間芸術を目の当たりにして、その土地で"必然性"を持って生まれてくるものに惹かれるようになりました。そして、友人から誘われたのを機に、2001年から琉球張り子を作り始めたんです。

――その"必然性"について、少し詳しく教えてもらえますか。

郷土玩具は、ひな人形や京人形のように細かく作られた高級品と違って、庶民が買いやすい玩具として誕生したので、身近にあるものが材料になっているんです。「今これがあるからこれを作ろう」という必然が、スタイル化したんですね。

例えば、沖縄のだるまと東北のだるまは、デザインがまったく違うんですね。国内でも近いエリアは似ていることが多いんですが、遠くへ伝わっていく経緯で、形がだんだん変わって、土地ごとに特色が出てきます。そこには、土地ごとに手に入る材料や染料などが違うという背景があるんです。

そのうえで、その土地にしかないアイデア、必然性のようなものが形になっているから、土地のおもしろさも見える。必ず流れがあるんですよ。それが、その土地独自の魅力でもあります。

■大人気のユーモラスなオリジナル張り子

――豊永さんは、独学で琉球張り子を作り始めたのですね。

琉球張り子は、もともと民間の玩具で細かい定義があるわけではないんです。張り子制作を始めたとき、「まず基本的な張り子の作り方を勉強しよう。日本で一番古い張り子を作っているところを見たいな」と思って、福島県三春町に行きました。三春町に伝わる「三春張り子」づくりは歴史があり、江戸時代に始まったといわれています。

三春町のある工房で学びました。沖縄流の作り方も資料で調べたのですが、現在の僕の作り方は三春の手法に近いです。沖縄流は耐久性があまり強くない手法だったので、そのあたりを改良しました。

そのうち、伝統的な張り子を復元するだけでは飽き足らず、新しいオリジナルの作品を作るようになりました。伝統だけでも創作だけでもない、張り子制作のリズムが自分の性に合っています。

――オリジナル作品では、例えば鳩と食パンを合わせた「鳩パン」など、自由な発想の作品が目を引きます。

いつも「おもしろいものにしよう!」と思っていますね。「鳩パン」は、食パンだけを売るパン屋の友人がいて、「パンと一緒に、店で張り子を売りたい」という依頼があったんです。張り子でパンだけ作ってもおもしろくないから、「パン好きの生きものって何だろう?」と考えました。実は、鯉も考えたんですけど、水中の生きものだからパンと合わないなと(笑)。それで、公園でパンを食べる鳩の姿が浮かんだんです。

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「鳩パン」

■3.11後に制作した「福島カルタ」への思い

――張り子以外では、東日本大震災の後、「福島カルタ」を制作されました。沖縄の方言を扱った「沖縄カルタ」の姉妹版なんですね。

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「福島カルタ」

2001年以来、三春町の方たちとは付き合いが続いていて、定期的に足を運んでいたんです。2011年に、ギャラリーを運営している友人から依頼されて「福島カルタ」を作ることになりました。振り返ってみると、震災をきっかけに「何かしたい」と、慌てて作ったところもあるかもしれません。

でも、チャリティで作るというのには、何かしっくりこないところがありました。それはなんだか僕にとって「今だけ自分の気が晴れればいい」という一過性のもののように思えてしまって。どちらかというと「友達と一緒に何かおもしろいものを作る」という、普通の関わり方がしたいと思いました。

――福島の人たちの間で「グッとくる方言や文化がチョイスされている」と話題になったと聞きました。例えば、「こころのどこかに白虎隊」とか、とてもコミカルですね。

本当ですか! 地元の人たちがおもしろいと思ってくれたらうれしいですね。

福島での展示をした際に、カルタのネタ探しをしようと色々な人に話を聞いたら、福島はとても広く、浜通り・中通り・会津の地域ごとに全然言葉が違うと知りました。そこでカルタの50音を3地域で等分になるように割り振ったんです。約1年かけて情報を集めてから、その言葉が現在も使われているかの裏取り、使い方やニュアンスの確認などもして作り上げていきました。

当時、福島に対して腫れ物に触るような空気が多少あって、福島のことをおもしろく扱うのがやりにくくなっている部分がありました。でも、おもしろいものを作れば、ずっと残ると思ったんです。今でも、印刷や箱詰めは福島県内の業者さんに依頼しています。

■誰かの心をとらえる、おもしろいものが残ればいい

――琉球張り子の作品を通じて、伝えていきたいものはありますか。

僕はまったくないんです。何でも守って語り継いでいこうとする風潮には抵抗があって、実は「おもしろくないものは全部なくなればいい!」と思っています(笑)。

例えば、制度化されて国や県に保護されているから作るものって、楽しんで作ってないことが多いですよね。そうすると、だんだんいいものができなくなっていくんです。そういう悪循環が、すごくあって。「いいものを作ろう」「これをぜひ残そう」と心から思った人は、そんなこと関係なくやるんですよ。

だから、伝統を継いでいくことに必死になるより、本当にいいものを「保存」するために何かするほうがいいのかなと。今、「語り継ぐための若い人を育てなければ」という考えや予算は要らなくて、必要なのは、「古い、いいものをどう保存するか」ということ。人を選定して、何を保存するかを決める。国や県の仕事はそっちに傾けるべきじゃないかな。

僕は、技術すらも残さなくていいと思っているんです。いいものがあって、それに情熱を注げる人がいたら、その人が経験を積み重ねて、謎を解いていくはずだから。その人の目線から解いたものであれば、若干違っていてもいいと思うんです。時代が違いますから。

■魂が入っていないと意味がない

――そのまま、ガチガチに伝統を受け継いでいくのではない。

うん、僕は必要ないと思います。琉球張り子も、戦争で一度やる人がいなくなったんです。でも、趣味で郷土玩具を集めていた古倉さんが、昔のものが好きだったから作り始めたんですよ。古倉さんは古倉さんなりのやりかたで作ったんです。戦後で手に入る材料は限られていましたし、そのやりかたでいいと思うんですよ。

戦前とやり方が違っていても、情熱があれば伝わると思うんです。「技術的にはこっちのほうが正しい」ということもあるんですけど、僕個人の意見としては、魂が入っていないと意味がない。

「これがおもしろい」と思う人がいれば、続いていくんです。魂が入った、その時代に合ったものが生まれてくる。そうすれば、残るべきものが残っていくと思います。

小久保よしの

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