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沖縄慰霊の日、異例の平和宣言 翁長雄志知事「辺野古移設の中止を」【全文】

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沖縄全戦没者追悼式で、平和宣言を行う沖縄県の翁長雄志知事=23日午後、沖縄県糸満市の平和祈念公園 | 時事通信社
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6月23日の沖縄全戦没者追悼式の中で、翁長雄志(おながたけし)知事が平和宣言の中で「普天間基地を辺野古に移設する作業の中止の決断を強く求めます」として、移設計画を進める安倍政権の姿勢を強く批判した。

この日は、太平洋戦争末期の沖縄戦の犠牲者らを悼む「慰霊の日」。追悼式は最後の激戦地となった沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園で開かれた。朝日新聞デジタルによると、日米両政府が普天間返還に合意し、辺野古周辺が候補地に浮上した1996年以降、慰霊の日の平和宣言で県知事が明確に辺野古移設計画の中止を訴えるのは初めて。6月23日は、沖縄戦で組織的戦闘が終わったとされる日。追悼式には翁長知事のほか、安倍晋三首相や衆参両院議長、キャロライン・ケネディ駐日米国大使らが参列した。

安倍首相は「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くして参ります」と述べたものの、辺野古移設には触れなかった。翁長知事の平和宣言の全文は以下の通り。

■翁長雄志知事の平和宣言全文

70年目の6月23日を迎えました。私たちの郷土沖縄では、かつて史上稀に見る熾烈な地上戦が行われました。

20万人あまりの尊い命が犠牲となり、家族や友人など愛する人々を失った悲しみを、私たちは永遠に忘れることができません。それは私たち沖縄県民が、その目や耳、肌に戦のもたらす悲惨さを鮮明に記憶しているからであり、戦争の犠牲になられた方々の安らかであることを心から願い、恒久平和を切望しているからです。

戦後、私たちはこの思いを忘れることなく、復興と発展の道を力強く歩んで参りました。しかしながら国土面積の0.6%に過ぎない本県に日米安全保障体制を担う米軍専用施設の73.8%が集中し、依然として過重な基地負担が県民生活や本県の振興開発にさまざまな影響を与え続けています。

米軍再編に基づく普天間飛行場の辺野古への移設をはじめ、嘉手納飛行場より南の米軍基地の整理縮小がなされても、専用施設面積の全国に占める割合は0.7%しか縮小されず、返還時期も含め、基地負担の軽減とはほど遠いものであります。

沖縄の米軍の基地問題は我が国の安全保障の問題であり、国民全体で負担すべき重要な課題であります。特に普天間飛行場の辺野古移設については昨年の選挙で反対の民意が示されており、辺野古に新基地を作ることは困難であります。そもそも私たち県民の思いとは全く別に強制接収された「世界一危険」といわれる普天間飛行場の固定化は許されず、その危険性除去のため「辺野古に移設する。嫌なら沖縄が代替案を出しなさい」との考えは到底、県民には受け入れられるものではありません。国民の自由・平等・人権・民主主義が等しく保障されずして、平和の礎を築くことはできないのであります。

政府においては固定観念に縛られず、普天間基地を辺野古に移設する作業の中止を決断され、沖縄の基地負担を軽減する政策を再度見直されることを強く求めます。一方、私たちを取り巻く世界情勢は地域紛争やテロ、差別や貧困が基となり、多くの人が命を落としたり、人間としての尊厳が蹂躙されるなど、悲劇が今なお繰り返されています。このような現実にしっかりと向き合い、平和を脅かすさまざまな問題を解決するには、一人一人が積極的に平和を求める強い意志を持つことが重要であります。

戦後70年を迎えてアジアの国々を繋ぐ架け橋として活躍した先人たちの万国津梁(しんりょう)の精神を胸に刻み、これからも私たちはアジア太平洋地域の発展と平和の実現に向けて、努力して参ります。未来を担う子や孫のために誇りある豊かさをつくりあげ、時を超えていつまでも子供たちの笑顔が絶えない豊かな沖縄を目指します。慰霊の日にあたり、戦没者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、沖縄が恒久平和の発信地として輝かしい未来の構築に向けて全力で取り組んでいく決意を、ここに表明します。

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