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小野正嗣さん「移民や難民と一緒に『新しい美しさ』を作り出していくべきだ」 芥川賞作家が語る

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MASATSUGU ONO
インタビューに応じる小野正嗣さん=東京都豊島区 | LIFE.14
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難民・移民問題が世界的な課題となるなか、日本はどういった姿勢で向かっていったらいいのか。芥川賞作家で難民問題についても意見を発信している立教大学教授の小野正嗣さん(45)が6月、ハフポスト日本版のインタビューに「移民や難民と一緒に『新しい美しさ』を作り出していくべきだ」と語った。

小野さんはまた、文学で「難民」を伝えることについて「想像を超える体験を広く共有してもらうために、文学が重要」と強調した。

小野正嗣(おの・まさつぐ) 1970年大分県生まれ。東京大学大学院を経て、パリ第8大学で文学博士。2001年に「水に埋もれる墓」で朝日新人文学賞、02年に「にぎやかな湾に背負われた船」で三島由紀夫賞、15年1月に「九年前の祈り」で芥川賞。

■留学中にスーダン難民と同居、難民の境遇が身近に

――小野さんは様々なところで移民や難民問題について発信されています。関心を持ったきっかけはフランス留学ですね。

そうです。フランス留学中に5年近く、オルレアンに住んでいるクロード・ムシャールさんという詩人の家に居候同然で生活させてもらいました。批評家で当時はパリ第8大学の教授でもあり、奥様のエレーヌさんとずっと難民を支援していて、カンボジアやイランなどからの難民を自宅に受け入れてきました。

僕がいたころに、クロードとエレーヌは、スーダンのダルフール地方から来て路上生活していたカレイドさんと出会い、彼の難民申請の手伝いをします。ところが、難民だと証明するものが何もない、話に信憑性がないと判断され、申請は却下されてしまいます。でも、そんな証明できるようなものがあるはずがない。彼は着の身着のままでダルフールから逃れてきたんです。パスポートなど作ったこともない。言われるがまま船に乗せられて、着いたのがフランスだった、それだけです。

難民申請を却下され、「スーダン大使館に行け」と言われて大使館に行くと、今度はそこで「お前はスーダン国民じゃない」と言われて追い返される。クロードとエレーヌはカレイドを家に住まわせ、彼のためにずいぶんと骨を折りましたが、その後もずっと難民認定されない状態が続きました。本当に気の毒でした。僕はその様子をそばで見ていましたので、自然とそういう難民の境遇が身近に感じられるようになりました。

僕が帰国した後の話ですが、クロードたちはカレイドを通じてスーダン人コミュニティと親しくなり、いまではクロードの家にスーダンの人たちが集まるようになりました。日本に戻ってクロードとスカイプをしていると、後ろにカレイドが現れて、「やあ元気?」というようなやり取りをしていたころ、うちの妻がシリアから来た女性と出会いました。

――偶然だったんですか?

ええ。そのうちその女性の妊娠が分かった。でも全然日本語ができないので、妻が病院の手続きや役所関係の手続きなどを手伝いました。無事に男の子が生まれたんですけど、シリアが内戦状態になってしまい、このままだと心配だからと日本で難民申請したんですが、駄目でした。ただ、シリア人のご主人は研究者だったので、ドイツでの学会に行く際、奥さんと息子さんを連れていき、難民申請をしたらすぐに認定されました。その後、2人目のお子さんも生まれ、今はライプツィヒの近くに家族4人で暮らしています。

――移民、難民について、小野さんはそれ自体を書くわけではないとおっしゃっていますが、どういうことを伝えたいのでしょうか。

難民は弱い立場にあり、与えられる立場になりがちです。でも、そういう弱い立場にあっても与えられた分を返したいと思う、それが人間の普遍的なあり方なんだと、カレイドを見ていて感じました。

ただ与えられるだけでは、人間としての尊厳が傷つけられてしまう。カレイドはクロードやエレーヌのために何かしたいと思って、実際にずっと2人の家の修繕や庭の片付けなどをやっていたし、彼のために何かをしたわけでもない僕にも親切にしてくれました。自分でできる範囲でお返しをしたい、人に与えたいと思い、行動する。それはおそらく、移民や難民とかは関係なくて、人間の本質的な部分なんでしょうが、特に難民という厳しい状況におかれている人たちの中にそういうものを見た時に、それは文学が触れるべき対象だと感じました。

masatsugu ono
インタビューに応じる小野正嗣さん=東京都豊島区

■「ステレオタイプな他者像が嘘だと、1人1人の人間に会ったらすぐにわかる」

――難民の人たちがその社会に還元するより前に、「自分たちの安全を壊すのではないか」とすぐに難民の存在を脅威に置き換えてしまうことについては、どう思いますか。

それは日本でも、フランスでもそうですよね。よそから入ってきたものは全部異物になっちゃって、その異物を排除しようとする。けれど、それとは逆に、他者と出会うことで自分や社会が変わっていくプロセスの可能性を信じる人たちもいる。他者と出会って変わることに意味を見出す人と、他者と出会って変わってしまうことを、ある種、汚れてしまうことだと考える人がいるんですね。

――日本の場合、難民の受け入れの話をすると、「私たちはこの問題をどう受け止めるのか」というのがなくて、難民には言葉を覚えてもらわなきゃ困るとか、難民のことばかりが語られます。

確かに、他者と出会うことによって自分たちの側がどう変わっていけるのか、とはあまり考えないですよね。「あなたは変われる!」といった表現に見られるように、変化することは肯定的な価値だと捉えられているのにね。難民のことを知り、難民と出会うことは、異なる言語や文化に触れ、自分たちの生き方がより豊かなものになる大きなチャンスだと考えるべきで、自分たちが変わることを恐れてはいけないと思います。

――他者と出会うことで変わることがいいことだと思うようになるには、何が必要でしょうか。

1人1人の難民や移民の人たちと実際に会ったらいいんです。例えば、アラブ人は怖いとか日本人が勤勉だといった紋切り型が存在して、それがまかり通り、機能してしまうのが人間の社会の恐ろしいところです。こうした人種差別的な紋切り型を、ナイジェリアの作家チママンダ・アディーチェは「シングルストーリー」と言っています。たとえば、アフリカと聞くと、エイズや内戦や貧困、あるいは大自然といった非常にざっくりとした紋切り型で捉えてしまい、そこで暮らす人々の多様な生き方やあり方や個々の差異が全然見えなくなってしまう。でも、そういう他者の文化と社会についての「シングルストーリー」、つまりステレオタイプな他者像が嘘だというのは、1人1人の人間に会ったらすぐにわかることではないですか。

だからネットの言葉も危険だと思います。自分で実際に見て確認する、あるいは出会うってことがなくて、流通しているイメージだけで他者を分かった気になってしまう。でも会えば全然違う。確かに、会ってみたら、ろくでもなかったってこともあるかもしれない。ただ、ろくでもない人がいるのは日本人だって同じですよね。でも、共存しているじゃないですか。それがどうして違う文化や言語の人だと共存できないってことになるのか。会ってみるっていうのが重要だと思うんです。

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インタビューに応じる小野正嗣さん=東京都豊島区

■「文学の役割は、他者の言語にできない体験を、共有しうるものに変えること」

――日本ではなかなか出会う機会がなくて、想像するしかないわけですが、想像を絶する経験を難民たちはしている。日本をメインに生きてきた人にとっては、ステレオタイプから抜け出すというのは難しいでしょうかね。

日本に暮らす僕たちからすると、想像を絶する体験で、まるで小説みたいだなと思えるけれど、難民の人たちはそれを実際に経験してきたわけですね。その話を聞かせてもらったとき、大きな衝撃を受け、より多くの人に伝えたいなって思いますよね。

その一方で、話している難民の側にも、自分の経験をうまく伝えられないという歯がゆい思いもあると思うんです。筆舌に尽くしがたいとう表現がありますが、難民はなかなか言葉にはならないような体験をそれでも言葉にしようとしてくれる。その言葉に耳を澄まし、彼らの想像を超えるような体験を、「それでもなお」想像しようとすること。それが重要だと思うんです。

そして、言葉にしがたい想像を超える体験だからこそ、逆説的に聞こえるかもしれませんが、それを広く共有してもらうために、文学が重要な役割を果たしうるのです。例えば大量虐殺を生き延びたユダヤ人たちは証言を数多く残していますが、いまだに読まれ続けているのは、プリーモ・レーヴィの作品など、文学的な作品と呼びうるようものです。想像を絶する体験っていうのは、そのまま言葉にすると読めないんですよ。つまり人間的な意味の世界を否定するような、非合理・非理性の極限体験を、きちんと意味のある論理的で明晰な言語で表現するのは非常に困難なんです。ありのままに書こうとすれば、あまりにも生々しくなったり、支離滅裂になったりして、多くの人に共有されにくい。

もちろん他者の苦悩や痛みを商品にすることはよくないことです。そのような意図はあってはならない。でも「文学の役割」は、他者の言語にできないような体験を、フィクションまたは文学的言語という形をとって、より多くの人が共有しうるものに変えることだと思うんです。例えば、ルワンダの虐殺の時も生き残った人たちが証言を残しています。しかし人はたやすく忘却します。その忘却に抵抗するという観点からは、文学的な形式には大きな意味があると思います。難民について書かれた文学作品としては、賛否両論ありますけれど、デイヴ・エガーズというアメリカ人作家の『What is the What』という小説があります。南スーダンでとても強烈な経験をして、アメリカに難民としてやってきた男性を知り合いになったエガーズは、彼から聞いた話にもとづいて、その男性が自らの体験を語るという形式の小説を書いたのです。それを読んで僕は衝撃を受けました。

日本だとそのような難民を扱った小説はあまりない気がします。難民を受け入れるという体験に乏しいからですかね。文学作品とは、自分たちが生きている社会の問題になんらかのかたちで応答しているものだと思います。僕たちが今生きている日本という社会において、移民や難民はますます避けて通れない主題になりつつあります。それに応答しようとする作品もこれから書かれると思います。

――実際、日本では既に様々な国から来た人が、普通に一緒に暮らしています。けれども、いつまでも受け入れられない。

僕が研究しているカリブ海の文学が力強いと思ったのは、この地域が「クレオール」の土地だからです。つまり、いろんなものが混じり合っているわけですよ。もともとカリブ族などインディアンがいたところに、ヨーロッパ人がやってきて、彼らを殲滅します。その後、労働力としてアフリカから大量の奴隷が連れてこられる。白人の支配者は奴隷たちが団結して反乱しないように、互いに言葉の通じない人たちをグループにする。そこでコミュニケーションの必要から生まれたのが「ピジン語」で、その後これが母語として話されるようになって「クレオール語」になります。奴隷制が19世紀に廃止されると、今度はインドや中国から労働者、中東から商人がやってきました。そのようにして人種や言葉が混じり、多様性を特徴とする文化が生まれたのです。

カリブ海のフランス領は、第2次世界大戦が終わった際に独立はせず、フランスの海外県になったところです。住民は、「自分たちの喋るクレオール語はフランス語が劣化したもの」「混血である自分たちは劣っている」みたいなコンプレックスをずっと持って、引け目を感じていました。しかし次第に、様々な人種や言語や文化が混じり合う「クレオール的」なあり方は、雑種文化と言われるかもしれないけれど、実は新しいアイデンティティだと捉えられるようになりました。「純粋だ」というのは、長い人類の歴史で見たら実に短いスパンの中で純粋に見えただけの話だと。人間のアイデンティティは、混じり合っているのが本来的な状態だと思うんです。そう思えば、純粋な文化という意味での「美しい日本」など取り戻せない。もしも「美しい日本」なるものがあるとしたら、その「美しさ」は、純粋さからはほど遠い雑種的な成り立ちを持っているものだと思います。

やはり、やって来る人たちを拒むよりは、様々な人を受け入れ、もちろん様々な摩擦や軋轢も生じるでしょうが対話を重ね、そこから新しい文化が生まれることのほうが望ましいし、面白いことではないでしょうか。外国から日本に来ている人たちは、もともと日本の土地と人に対して好意と愛情を持っている方も多いじゃないですか。だから、もしも「美しい日本」と言いたいのなら、むしろ移民や難民と一緒に、「新しい美しさ」を作り出していくべきでしょう。

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