「自分の創作物には、ミャンマーも難民もいらない」 難民出身のデザイナー・渋谷ザニーさんに聞く

ミャンマー難民出身のデザイナー、渋谷ザニーさんに、ハフポスト日本版がインタビュー。その素顔に迫った。

東京を拠点に活躍するファッション・デザイナーの渋谷ザニーさん(31)は、ミャンマー難民出身だ。きらびやかな世界で活躍する渋谷さんは、日本人が「難民」と聞いて一般的に思い浮かべるイメージとは異なっているかもしれない。渋谷さんは3月、ハフポスト日本版のインタビューに応じ、「自分のクリエーションや表現力、そこにはミャンマーもいらなければ、難民もいりません」と語った。

渋谷さんの父は、かつてミャンマーで民主化運動をしていたが、1988年の軍事クーデター後、弾圧を逃れて日本へ渡った。その5年後、渋谷さんは8歳の時に母とともに難民として来日した。

渋谷さんは、小学校に入ると懸命に日本語を覚えて友達をつくったが、差別を受けることもあった。高校生になるとモデルとして活動してレコード会社にも所属、大学時代にはモデルとしても活躍するようになった。大学卒業後はデザイナーとなり、「渋谷109」ブランドや「ユニクロ」のTシャツのほか、ウエディングドレスも手がけた。そして2011年に自身のブランド「ZARNY(ザニー)」レーベルを立ち上げた。

渋谷ザニーさん(渋谷さん提供)

■難民というプライドとかアイデンティティは必要ない

――ミャンマーからの難民であることを公表したのは22歳の時ですね。

そうです。そのとき(2007年)にミャンマーで民主化を求める僧侶たちのデモ行進があり、自分と同世代の青年僧と、彼らを弾圧する青年兵の姿を見て、とても悲劇的な国に映りました。自分がミャンマー出身で政治難民だと公表することをきっかけに、なにかスポットが当たればいいなと思って決断しました。

――難民であることを以前は隠していた、ということになるんでしょうか。

当時は自分自身を見てほしかったんです。自分のクリエーション(創作物)だったり表現力だったり、そこにはミャンマーもいらなければ、難民もいりません。自身が創造したデザインのみを発信したかったので、公表する必要がなかったんです。17歳の時からUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の活動に携わっていましたが、「渋谷ザニー」という名前を使い始めてからはしばらく距離を置いていました。

でも、モデルの仕事をやったあと、22歳でデザイナーという仕事にたどり着いて地に足が着きました。そのとき、いまここで自分がミャンマー出身だと公表することで、周りのファッション人にも目を向けてほしいと思いました。いまでは日本のバラエティー番組でも「ミャンマー」は出てきますが、昔はそんなことありませんでしたから、「えっ、この子がミャンマー出身?」「政治難民なの」というサプライズとともに知っていただきたいと思うようになりました。

――公表したときの周りの反応はどうでしたか。

今でも驚かれます。だけどそれは政治難民について知らないからだと思います。ミャンマー難民の人は日本で飲食店や工場で働いている人が多いですが、「ザニーさんはデザイナーだからとても苦労もあったと思う」と言われることがあります。でも、彼らと僕の仕事と何が違うのと言ったら何も違わないんです。自分が特別に戦ったという思いもありません。

――ご自身では、難民だというところを意識したことがないんですか。

難民認定された時に、自分は「今から難民になった」と思いました。難民って「困難の難に民族」って書きますが、民族ではないし、ソサエティでもないという思いがあります。僕は難民というプライドとかアイデンティティは必要ないとも感じているんです。

――名字の「渋谷」にはどんな思いが込められているのでしょうか?

渋谷は東京の渋谷で、自分のなかの母体なんです。UNHCRビルがあり、友達との交流の場でもあり、モデルになったときビルボード広告になった場所でもあり、デザイナーとして初めて契約した企業や、自分を取り上げてくれたNHKの所在地であったりと、その後も渋谷には縁があったので、日本国籍を取る際に、自分の母体である渋谷を本名にしました。

■この地に住みつくんだという覚悟を決めなくてはならない

――ご両親と日本に来たのは8歳のときですね。日本での生活の方が長くなりましたが、ミャンマー出身を感じることはありますか。

僕がアイコンとしているお花やシルエットはやはりミャンマーなんですね。自分の意志とかマインドの部分で、美的感覚だったり色彩感覚だったり、シルエットの作り方なんかはすべてミャンマーなんですよ。特にヨーロッパの人からは、僕の洋服はとてもオリエンタルなシルエットだと言われます。今後は日本とミャンマーの民族衣装も手がけていきたいですが、今ザニー・デザインチームは「アジアの色彩と日本の技術で西洋の服飾を表現する 」 ことを意識高く志しています。

――2013年に20年ぶりにミャンマーに帰りました。印象はどうでしたか。

生命的な危険がないと驚きました。かつては、あらゆるところに駐留所みたいなものがあって、軍人や警察が見張っていましたが、それがすごく減っていた。本当にミャンマーは変わったんだなと思いましたね。むしろ当時の軍人が警備していた駐留所で野良犬が昼寝しているのを見たときには本当に驚きました。

難民が難民でなくなる瞬間っていうのは、自分が追いやられたその土地に何の障害もなく帰郷すること、帰れることだと思っています。だから今ミャンマーの民主化に伴って、僕は難民でなくなったわけです。

じゃあ「ミャンマーに帰って活動しますか」という質問もされますが、難民としてその土地を逃れた時点でもう過去には戻れないんです。僕だけでなく、難民全体がそうであるように思えます。一歩外に出た段階で、過去は何一つ取り返せないんです。僕たち家族がそうであるように、ミャンマーが民主化したその結果、家族は別居という選択をしました。家族3人そろってミャンマーで暮らそうという状況は生まれなかったし、親子や夫婦でさえも意見が変わってくるのです。難民は難民でなくなっても、過去には戻れないのが現実です。

――現在、シリアからヨーロッパへの難民が増加し、課題になっています。

今のシリアの方々もそうです。「はい、平和になりました。皆さんシリアに帰りましょう」ということには絶対になりません。

難民を受け入れる国は、難民が将来、2世代、3世代に渡ってこの地に住みつくんだという覚悟を決めなくてはならないと思っています。その上で必要な支援をしなくてはならないと思います。例えば、政策に関しては、永住を視野に入れて完全な日本語教育をしないといけない。

難民側にも2世代、3世代にわたってその土地の人間にならなくてはいけないという覚悟や、ある種の諦め、そしてその土地に対するリスペクトが絶対必要です。日本にいるなら、日本の国が良くなるようなことを考えればいい。僕も日本国籍をとるときには、日本国に身を投じるんだという心構えで臨みました。褒められないような行動をする人は受け入れたくないのは当然で、難民側も清潔で誇れる行動をしなくてはいけないのかなと思います。

■僕は「ファッションジプシー」

――今後はどんなことをやりたいですか。

僕はね、難民ってジプシーだと思っていて、自分のことを、ファッション業界の仲間うちでは、特にフランスの友人たちとの間では「ファッションジプシー」と呼んでいます。「ZARNY(ザニー)」って、ミャンマーのブランドでもないし、日本でもない。色んなところで作っていて、上海でもトランクショーをしますし、そのままトランクを持ってバンコクでもしますし、パリでもします。「ファッションジプシー」をコンセプトに世界展開したいですね。

――ZARNYブランドは、あえてターゲットや顧客を絞らずに、家族みんなに愛されるようなブランドにしたいともおっしゃっていましたね。

拡大家族は僕にとって幸せの象徴なんです。ミャンマーでは結構な大家族だったので、8歳で日本にきて核家族になったときは不安な気持ちになりました。両親は働いていて帰りが遅く、家に1人でとっても寂しかった。友達が、夏休みにおじいちゃんやおばあちゃんに会ったとか、お正月にお年玉もらっただとかっていう会話を僕はできなかった。

あくまでも私個人の意見ですが、核家族とは、僕にとって息がつまるほどの不幸の象徴なんです。だからこそ乗り越えてきたと思う。20年間、祖父母の存在を知らず叔父や叔母の存在も知らず両親に育てられて、いわば日本でもジプシーですよね。だからやはり、「ファッションジプシー」という表現が自分にはふさわしいなと思います。

――「ファッションジプシー」という言葉に象徴されるように、ザニーさんの行動はとてもボーダレスに見えながらも、日本国籍を取って日本に根ざしているからこそ広がれるこということもあるように受け取りました。

僕はやっぱりアジアなんですよ。今後は、いろんな各国の民族衣裳のデザインをしたいです。サリーもそう、(ミャンマーの)ロンジーもそう、チャイナドレスや浴衣やお着物だってそうです。チマチョゴリだってデザインしてみたいです。今後は「洋服」っていうものを一つ越えて、色んな多文化を取り入れた存在にしていきたいです。自分がどこに行っても抜けないのが東洋の美で、東洋って一つの機能を持っていると僕は思っています。民族性みたいなものですね。そこを自分なりに丁寧な解釈をしてファッションで表現していきたいです。

………

渋谷ザニー(しぶや・ざにー)

ホームページ : http://zarny.tv

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