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「私はここで話し、小さな天使を追悼したい」生後5日で娘を亡くした女性議員が語る"ベビーロス"(全文)

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イギリス労働党のヴィッキー・フォックスクロフト議員が10月13日、自身の子供が生後間もなく死亡した話を打ち明け、議場は涙に包まれた。

2009年に5歳になる息子を失った保守党のアントイネッテ・サンドバック議員らが「ベビーロス」(死産や流産、死別などで子供を失うこと)について討論している時に、フォックスクロフト議員は「胸が張り裂ける」思いを5分間のスピーチで表現した。彼女の子供ヴェロニカちゃんは、出産中の合併症が原因で、生後5日で亡くなった。

フォックスクロフト氏はこう切り出した。「おそらく、これは私が書いて演説したスピーチの中で最も辛いものでしょう」。彼女は、今でも自身の体験を友人や家族に話すのは辛いという。

フォックスクロフト氏は、自身の辛い体験を話すことで広くこの問題を知ってもらい、同じ思いをした人を支援したいと語った。

フォックスクロフト氏のスピーチ全文は以下の通り。

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おそらく、これは私が書き、演説したスピーチの中で最も辛いものでしょう。今週は厳しい日々の連続です。「ベビーロス啓発週間」というのは聞いたことがありませんでしたが、周囲はその話題で持ちきりです。オンライン・ディスカッション、記念バッジ、そして今日、議会で討論が行われています。ここで話していいものかどうか、私の中で葛藤があります。

これはとても個人的な問題です。その個人的な体験を話したいと思います。実を言うと、家族や親しい友人に話すのも辛いのですが、今週のキャンペーン中、それぞれの愛する人について話をする人々が大きく取り上げられているのが分かりました。お互いに支え合い、苦しんでいるときに助け合い、大切な問題に取り組んでいます。

今日、ここに来てくれたすべての友人に感謝します。私を支えてくれています。彼らは私がどれほど辛い思いをしたか知っているのです。

また、話をしなかった多くの友人に謝りたいと思います。知られたくないからではありません。気まずい思いをするからでもありません。話すこと自体がとても辛いのです。ですが、当選以来、私は常に自分の体験を共有する政治家になりたいと主張してきました。セラピーのためではなく、他の人を勇気づけるためです。そして、より良い方向に変化するためです。

「ルイシャム死別カウンセリング・サービス」は、話す順番が来るまで2カ月から4カ月かかると伝えてきました。それでは十分ではありません。ですから、私は今、ここで話し、私の小さな天使、ヴェロニカを追悼しようと思うのです。

私は16歳のとき、予期しない妊娠をしました。初めは怖くて、養子に出すことも検討しました。ですが、妊娠中に、何かが変わったのです。とても愛着がわき、興奮しました。最高の母親になろうと決めたのです。私と当時のパートナーは、女の子の赤ちゃんにヴェロニカと名付けました。生まれてくるのが待ちきれませんでした。

臨月になり、予定日から10日が過ぎました。お産を早めなければなりませんでした。

分娩が長く続きました。気持ち悪く、疲れ、激痛に苦しみました。ヴェロニカの心拍は常時チェックされていました。すべてが順調でした。ですが、子宮口が開き、再び心拍を確認すると、音がしませんでした。それが20分ほど続きました。今度は検査機器を変えてチェックしました。機械が故障している可能性があったからです。

すぐに担当の医師が呼ばれ、私は集中治療室に運ばれました。そこで踏ん張りました。子供を取りあげるのに鉗子が使われました。へその緒が子供の首に絡まっていました。20分間息をしていないかったのです。

5日間生きましたが、生命維持装置を外すことに同意しなければなりませんでした。私はそのとき初めて、子供を抱きました。そして、子供の心臓の音が止まりました。数時間は生きていました。手放したくはありませんでした。私の「子供を失うことについて意識を高めるウィーク」は2月22日から27日です。私の子供が生きていた5日間です。泣き声をあげることは一度もありませんでした。笑うこともありませんでした。ですが、私はヴェロニカを愛していました。心から一緒にいたいと思っていました。今でも、愛しています。この世を去ってから何年も経っていますが、いつも心の中にいます。彼女の話をまったくしなくとも、忘れることはありません。

私が死んだ子供の話をしないのは、気まずいからではありません。そうではなく、話をするととても傷つくからなののです。ヴェロニカが私のもとを去ってから、その悲しみと苦痛に紛らわそうと、同僚と関係を絶ち、仕事をおろそかにしました。子供を失ったことは話せませんでした。心が張り裂けました。今は、子供はいません。また同じ経験をするのではないかと思い、怖いのです。同じことは2度とできません。

しかし、 このような経験をした1人の若い女性だった私から言いたいことがあります。それは、多くの人がまるで(若くして子育てする苦労をせずにすんだことを)感謝すべきだというような目で私を見るのです。私は感謝しませんでした。今でもしていません。私が関わった組織からはどれも、一様に同じメッセージを受け取っているように感じました。子供の命が奪われた問題に焦点を当てるためのキャンペーンをしたいと思うたびに、私は悲しみに暮れる母親としてではなく、未熟な若者のように扱われました。

私は母親でした。いつかヴェロニカの親友になりたいとも思っていました。今、彼女が生きていれば23歳です。痛みというのは時間とともに和らぐのかもしれませんが、なくなることはありません。今日の討論を歓迎します。ここで私にこの話をさせてくれた議員の皆さんに心から敬意を表します。そして、いつか、誰もこのような痛みに耐えることがない日が来ることを願っています。

私の選挙区とイギリス全土の若い女性にこの体験を聞いてもらいたいと思っています。同じような体験をした、または将来するかもしれないからです。そのとき、あなただけではありませんと言ってあげたいのです。

ハフポストUK版より翻訳・加筆しました。

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