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電通過労自殺、母が命日に手記「どうして娘を助けられなかったのか...」(全文)

2016年12月24日 22時59分 JST | 更新 2016年12月24日 23時30分 JST

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労災認定を受け、高橋まつりさんの遺影とともに記者会見する母の幸美さん(2016年10月7日)

電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24歳)が過労自殺してから1年となった12月25日、母の幸美さん(53)が手記を公表した。

NHKニュースによると、手記の内容は以下のとおり。

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まつりの命日を迎えました。去年の12月25日クリスマス・イルミネーションできらきらしている東京の街を走って、警察署へ向かいました。嘘であってほしいと思いながら・・・。前日までは大好きな娘が暮らしている、大好きな東京でした。あの日から私の時は止まり、未来も希望も失われてしまいました。息をするのも苦しい毎日でした。朝目覚めたら全て夢であってほしいと、いまも思い続けています。

まつりは、あの日どんなに辛かったか。人生の最後の数か月がどんなに苦しかったか。まつりはずっと頑張ってきました。就職活動のエントリーシートの自己PRの欄に、「逆境に対するストレスに強い」と書いていました。自分が困難な境遇にあっても絶望せずあきらめないで生きてきたからです。

10歳の時に中学受験をすることを自分で決めた時から、夢に向かって努力し続けてきました。凡才の私には娘を手助けできることは少なく、周囲の沢山の人が娘を応援してくれました。娘は、地域格差・教育格差・所得格差に時にはくじけそうになりながらも努力を続け、大学を卒業し就職しました。

電通に入ってからも、期待に応えようと手を抜くことなく仕事を続けたのだと思います。その結果、正常な判断ができないほどに追い詰められたのでしょう。あの時私が会社を辞めるようにもっと強く言えば良かった。母親なのにどうして娘を助けられなかったのか。後悔しかありません。

私の本当の望みは娘が生きていてくれることです。まつりの死によって、世の中が大きく動いています。まつりの死が、日本の働き方を変えることに影響を与えているとしたら、まつりの24年間の生涯が日本を揺るがしたとしたら、それは、まつり自身の力かもしれないと思います。でも、まつりは、生きて社会に貢献できることを目指していたのです。そう思うと悲しくて悔しくてなりません。

人は、自分や家族の幸せのために、働いているのだと思います。仕事のために不幸になったり、命を落とすことはあってはなりません。まつりは、毎晩遅くまで皆が働いている職場の異常さを指して、「会社の深夜の仕事が、東京の夜景をつくっている」と話していました。

まつりの死は長時間労働が原因であると認定された後になって、会社は、夜10時以降消灯をしているとのことですが、決して見せかけではなく、本当の改革、労働環境の改革を実行してもらいたいと思います。形のうえで制度をつくっても、人間の心が変わらなければ改革は実行できません。

会社の役員や管理職の方々は、まつりの死に対して、心から反省をして、二度と犠牲者が出ないよう、決意していただきたいと思います。そして社員全ての人が、伝統を重んじることに囚われることなく、改善に向かって欲しいと思います。日本の働く人全ての人の意識が変わって欲しいと思います。

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高橋まつりさんは2015年4月、電通に入社。同年12月25日の朝、幸美さんに「大好きで、大切なお母さん。さようなら、ありがとう、人生も仕事も全てがつらいです。自分を責めないでね、最高のお母さんだから」というメールを残した後、社員寮から飛び降り、自ら命を絶った

三田労基署は9月、まつりさんの自殺を労災認定した。朝日新聞デジタルによると、2015年10月以降に業務が大幅に増え、労基署が認定した1カ月(10月9日~11月7日)の時間外労働は約105時間にのぼった。

電通は労災認定を受け、10月から午後10時に本社ビルを一斉消灯し、深夜残業を原則禁止に。また、まつりさんの遺族が「長時間労働を助長しかねない企業風土を象徴する心得だ」と指摘していた社員心得「鬼十則」については、2017年から社員手帳への掲載をとりやめることに決めた

厚生労働省東京労働局などは11月、労働基準法違反容疑で電通本社と3支社を強制捜査に入り、書類送検に向けて捜査を進めている


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