後継者なき棚田はどう守る? 260年続くバトンを次世代へ渡す方法

2015年07月27日 00時11分 JST | 更新 2016年08月19日 18時12分 JST

豊かな水が田を潤す清冽な音、カエルたちの元気な鳴き声、鳥のさえずり。260年も前から変わらずある音が、降るように満ちている。

「この自然の音が大好き。大中尾に生まれて幸せです」と穏やかに微笑むのは、大中尾棚田保全組合の会長を務める竹本久一さん(76)。田植えが済んだばかりの棚田1枚1枚に苗が整然と並ぶ風景を、目を細めて見渡す。

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子どものころから耕している竹本さんの田んぼ

農家に生まれたのに、普段"白米"を食べられなかった幼少期

長崎市北西部にある大中尾棚田は、開墾されて約260年。8.9ヘクタールの山あいに450枚ほどの棚田が広がる。日本一の清流に選ばれたこともある神浦川の上流から、4.2キロメートルもの水路を通して水を引いている。ここで育まれる米は甘くて艶があり、冷めてもなお格別と評判だ。1999年には「日本の棚田百選」に認定されるなど、景観の評価も高い。

竹本さんはそんな大中尾棚田で代々続く農家の長男に生まれたが、6歳のとき戦争で父を亡くした。そのため、中学卒業後は田んぼの仕事の合間に、叔父の炭焼きの手伝いをして過ごしたという。そのかたわら、地元の夜間分校に4年通って高校卒業の資格を取った。

子どものころは、米の飯を普段食べた記憶がない。「お目にかかれるのは盆と正月くらい。もう、何よりのご馳走でした。飯碗に盛った白米が、きらきら光って、ものすごく白くて。食べないうちからのどが鳴った」

今は、自分が作った米を家族で一年中食べられる。「人間の幸せは、健康で美味しく食べられることです」。かみしめるように語る言葉に、静かな重みが感じられる。

棚田を守ることは、地域を守ること。しかし......

ほかの全国の棚田と同じく「後継者不足」だ。大きな農機具が入らず収量も低い棚田では、苦労ばかりが多く、高い収入は望めない。30代の働き手は生活のために街に出てしまう。竹本さん自身も後継者はいない。

「中山間地域に広がる棚田の価値は、景観の美しさばかりではありません。大雨のとき1枚1枚の棚田がダムのように貯水することで土砂崩れや洪水などの災害を防ぎます。また、田に水が流れることで、豊かな生態系が守られます。耕作放棄されると、1、2年であっという間に雑草に覆われ、大雨で石垣が崩壊してしまう。棚田を守ることは、地域を守ることなんです」と話す。

棚田で米を作り続けることが、国土の保全につながる。だから、遊休農地は出したくない。「今年は無事、すべての棚田に苗を植えることができました。しかし5年後、10年後はどうなるか」。棚田の後継問題は瀬戸際になりつつある。会長として、今後の道筋をどうつけるかが勝負だ。

「組合組織をもっと充実させるか、農業法人を作るか。現実味のある事業展開と、収入につながる作り方ができるかが問題。私の願いは、地域がどんなに高齢化しても、初夏は青々とした苗、秋の黄金色の稲穂。この風景が変わらず続いていくことです」

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秋の棚田

田舎に人がいないなら、都会の人に来てもらおう

そんな中、注目されているのが、導入して14年になる「棚田オーナー制度」だ。3万円の会費で1年間オーナーになり、種まきから田植え、草取り、稲刈り、脱穀までの作業に参加してもらう。特典として収穫した棚田米30キロと、地元でとれた野菜や加工品を進呈する(3月〜4月ごろに募集予定)。

参加者は主に県内外の都市生活者。1年ごとの募集で、2015年は38組の申し込みがあった。その7~8割がリピーターだという。中には関東から熱心に通う常連もいるそうだ。

田植えの前に欠かせない水路掃除は、山中を4.2キロメートル走る水路から泥や落ち葉をかき出す重労働。これもオーナーやボランティアたちの協力もあって、半日で終了する。「都会の人たちも、棚田への思いを持って足を運んでくれる人が増えました。ネットや地元紙などで情報発信をしっかりやれば、長崎市外からでも来てもらえる。皆さんの顔を見るだけで、元気をもらいます」と竹本さんは語る。

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学生田植え

さらに、より若い層へ向けてのアプローチも行っている。今年で3年目になる試みが、長崎市内の4大学の学生による労力支援「トラスト会員制度」。このプロジェクトは、トヨタのハイブリッドカー「AQUA」が全国各地で展開する環境保全活動「AQUA SOCIAL FES!!」とも連動している。イベント当日には100人近い学生が棚田を訪れ、田植え、草取り、稲刈りに精を出す。

「若い人の姿が棚田にあふれることで、地元が活気づく。ありがたいですね」と竹本さん。慣れない手つきの学生に、地元の高齢者が頼もしい「先生」になって生き生きと田仕事をレクチャーするシーンがあちこちに見られた。学生との交流は年々深まり、棚田での活動を授業のカリキュラムの一環にする大学もでてきた。「社会に出たとき、ご飯を食べるとき、農業の思いを心に浮かべてくれたら」と竹本さんは話す。

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火祭り

秋には名物の「大中尾棚田火祭り」が開催される(今年は10月31日を予定)。昨年は学生も企画、運営に関わった。静かな秋の夕暮れ、収穫後の棚田一面に置かれた6000本の竹灯篭がゆらゆら灯り、幻想的な光景が広がる。「眺めていると、心が自然の中で浄化されるよう。苦労も報われます。何年やっても飽きません」。そう言いつつも、リーダーとしての竹本さんの勘は転換期を感じている。天気に左右されやすい、手間とお金がかかりすぎる。昨年から組合員や学生にもアイデアを募って、新しい企画を模索中だ。

竹本さんは言う。「10年後、ここに来て、どうなっているか見てほしい」

この日見た稲が風にそよぐ光景か、雑草が石垣を覆って変わり果てた姿か。260年変わらず残った棚田が、この10年でどうなるか。若い人たちに、棚田に来て、棚田のことを知ってもらい、棚田の未来を考えてもらう。それが役割だと考えている。

大中尾棚田で稲刈り体験をおこなう「AQUA SOCIAL FES!! Presents~稲刈りを通じ収穫の喜びを知ろう!~」を9月27日(日)に開催します。参加希望の方は、公式サイトの申し込みフォーム(http://aquafes.jp/projects/192/)からご応募ください。

(取材・執筆:長崎新聞社 龍山久美子)

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