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吉川敦也 Headshot

【カメラ片手に動き回る女性たち】 180秒に込めた想いとは②

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2016年9月18日(日)に毎日新聞社とNPO法人「8bit news」共催の「毎日女性会議」が毎日ホールにて開催されました。

2014年1月にスタートした本イベントは、動画の製作や政策提案などを通じて、女性の参加者自身が考えていることを社会に伝える方法を学ぶ月1回開催の連続講座です。講師であるジャーナリストの堀潤氏と元TBSキャスター下村健一氏に加え、特別講師として映画監督の森達也氏とNPO法人「情報公開クリアリングハウス」理事長の三木由希子氏を招いて行われました。

②城島めぐみさん 41歳

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毎日女性会議に参加しようと思ったきっかけは何ですか

もともと今の仕事を始める時にスープの販売だけではなくて身近な環境問題なども一緒に発信出来たらと思っていました。当時はブログ等を通じて発信していたのですが、2011年3月11日に東日本大震災と原発事故が起きて、情報の受け止め方や情報発信の仕方がすごく難しいなと感じたのです。

というのも、私は良かれと思って発信したけれど、それによって人を傷つけてしまった経験がありまして。すごくショックでした。一方でこんな大変な時に私なんかの発信を見てくれる人がいたんだと有り難くも思ったのですが、その経験から発信は本当に難しいなと思ったんです。だけど、そんなこと誰も教えてくれないし、自分の中では今回の震災を受けていろんな事を知っていろいろと思う事があって、すごい複雑な思いでいてずっとモヤモヤとした気持ちが続いたまま3年が経ってしまいました。

TwitterやFaceBookも震災が起きるまではやっていなかったのですが、情報収集の為に震災の翌月からTwitterを始めて、その時に堀さんのTwitterを知りました。震災関連の事を沢山発信されていたのでフォローしたのですが、そんなモヤモヤしている時に堀さんのTwitterで毎日女性会議をやるというのを知って、情報発信の仕方を学べるとのなら試しに参加してみようと思って思い切って申し込んでみました。


「私は良かれと思って発信したけれど、それによって人を傷つけてしまった経験がありまして。」とおっしゃっていましたが、具体的にどのようなことを発信し、どのように傷つけてしまったのですか

私はもともと周りに反原発運動などをしている人達がいたこともあり、いろいろと情報源を教えてくれたりしていたので、テレビと並行して原発事故直後からネットで原子力情報資料室の中継やスイス気象局の放射能拡散予測など仕事の時以外は寝る間も惜しんでずっと見ていたんです。

その時、やはり本当に大変な事が起きていると思っていたので、まだ放射能や放射線に関する知識はほとんどありませんでしたが、自分なりに色々得た情報の中で、原発や放射能の危険性などをブログを通して発信したんです。

原発事故の直後、枝野さんが「ただちに影響はありません」を連発していているだけでテレビではほとんど放射能の情報が出ておらず、避難もまだ狭い範囲での避難しかされていない時でした。

だけど、そんな時に私のお店でスープを買ってくれたという福島の農家さんから「不安を煽るようなことを言うな。テレビでは大丈夫だって言っている。」っていうようなメッセージが来たんです。

私は食の仕事をしている事もあり、やはり放射能に関してはすごく心配で、良かれと思って例えば出来るだけ避難をした方がいいとか書いてしまっていたんですよね。政府やメディアにももっとちゃんとした情報をだしてくださいとかブログの中で訴えていました。多分その時は少しでも情報や想いを伝えたくて必死に書いていたと思います。

だけど、自分の中で良かれと思って書いた事がそれによって誰かを不安にさせてしまったりしているのなら、それはいけない事だなと思い、もちろん農家さんにはすぐに謝ったんですけど、一方でこんな大変な時に私なんかのブログを見てくれたんだと感謝の思いもあったりして、それも伝えました。

だけど、その時情報の発信の仕方って難しいなと思ったんです。それまではそんなに発信する事に対してそういう事を感じた事がなかったのですが。


プライベートで発信されている一方で、現在どのようなお仕事をされているのですか

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スープ屋さんでは、地元の野菜を使った体に優しいスープ作りをしています。容器はサトウキビの廃材を使ったカップや木製スプーンなど環境に配慮した素材を当初から使用しています。

野菜ソムリエのスープ屋さん HP URL
http://www.kurumi39soup.net/


いつから毎日女性会議に参加しているのですか

毎日女性会議の第一期の前にやっていたプレ講座の3回目からです。2014年3月です。
参考までに→ http://mainichi.jp/articles/20160426/org/00m/040/010000d


参加すること、動画を撮って発信することに対して、ご家族の反応はいかがでしたか

毎日女性会議に参加すること自体は特に家族に相談してなかったです。ただ、動画を作っているというのを昨年の夏に兄に見せた時はいきなり核燃料輸送のやつを見せたのでどん引きされました。その後に、こういうのも作っているよといろいろ見せて納得してくれましたが。


今後はどのような事柄を映像で発信していきたいですか

基本的には今と同じですが、自分の周りの出来事で気になったことや大事だと思うこと、あと生産者さんと消費者の皆さんを繋ぐ役割を少しでもしたいなと思っているので、生産者さんの取組みやモノが出来る背景など、環境問題を含めながらそういう発信が出来たらいいなと思っています。

横須賀に核燃料の製造工場があり、それが福島で事故を起こし、親族を始め沢山の人を苦しめている現実を知った時に横須賀市民としてものすごく辛かったし、ちょっとパニックになって本当に鬱になりかけている感じでした。

一ヶ月位毎日泣いて過していていっそのこと、原発の作業員にでもなろうかと本気で思ったりもしたのですが、調べたけど当時はさすがに無理だったので、これからの人生は少しでも復興の為に費やそうとその時に決めたんです。

あとはこんな核燃料の製造工場が横須賀にあるというのを私が知らなかったように市民でも知っているが少ないので、もっとみんなに伝えなきゃと思っていたのですが、やり方がわからなくて。ずっとモヤモヤしていました。

だから毎日女性会議で動画で発信するという技術を知って、ちょうど一年が経って少し動画撮影なども慣れて来た時に、核燃料の輸送が行われるって情報が入って来た時は、大雨警報が出ている真夜中だろうが、なんの迷いもなく行きました。

震災から4年経った時でした。

時間がかかったけど堀さんや毎日女性会議の皆さんに出会った事で真実が少しでも伝える事ができたので良かったです。その事以外でも、発信する事でまた繋がる事があるので、これからも発信を続けていきたいと思っています。

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タイトル

「飯舘村から繋げたい!いいたて雪っ娘かぼちゃの種ととみ子さんの想い」

作品のねらい

昨年の6月、野菜ソムリエの仲間をきっかけに知り合った渡邊とみ子さん。

彼女は原発事故により避難を余儀なくされた飯舘村からいくつも避難場所を変えながらも震災前から『いいたて雪っ娘かぼちゃ』を飯舘村の特産品にしようとずっと守り続けて来ました。そのご苦労はこの数分間の動画の中では全然語りつくせないですが、少しでもとみ子さんの活動や想いを伝えるお手伝いができたらと思い作成しました。

動画の紹介

東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発の事故を受けて飯舘村から余儀なく避難をさせられた渡邊とみ子さんたちは、震災前、飯舘村を活性化させるために特産品にしようと『いいたて雪っ娘かぼちゃ』の生産をしていました。種の生産から何度も改良を重ねようやく甘くて美味しいかぼちゃが育って品種登録の申請をしていたところでした。その中で起きた震災と原発事故。

奇しくもいいたて雪っ娘かぼちゃが商標登録されたのは震災から4日後。でも飯舘村ではもう作れず、畑はもちろん、大きな加工場や立派なご自宅などこれからまだやりたいことが沢山詰まった場所をある日突然奪われました。

しかし、どうしてもこの種だけは守りたいと避難先でなんとか荒れた土地を借り、一生懸命かぼちゃを守り続けてきました。

震災から5年半。

現在は避難先の福島市で拠点を構え、新しい畑も手に入れ同じく飯舘村から避難してきたかあちゃんたちと一緒にいいたて雪っ娘かぼちゃを使った加工品など作りながら前を向いて進んでいます。そして今、いいたて雪っ娘かぼちゃの種は全国に広がりつつあります。一方で来年の春には避難解除がなされる問題。