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【新国立競技場】本当の問題はザハ・ハディドでも安藤忠雄でもない。「NO」と言えなかったJSCだ

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NEW NATIONAL STADIUM
JSC
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2014年。森山高至氏のブログを読み、建築家の槇文彦氏、伊東豊雄氏らの提言を追いかけ、紙・ネット問わず手に入った資料は全部Evernoteに放り込み、そんなことをしているうちに、新国立競技場の問題に私はどっぷりとハマっていった。

「このプロジェクトはヤバいんじゃないか」。そんな思いを抱きながら、経緯を追い、話を聞き(ほとんどが匿名の建設業界人だった)、ひとつの「仕上げ」として森山氏に問題の本質を問うたインタビュー記事を2015年1月に執筆した。そして、森山氏がブログで火をくべつづけたこの問題は、5月に2520億円にコストが膨らむことが発覚すると「大炎上」。7月に白紙撤回となった。

新国立競技場問題の源は、ザハ・ハディド氏でも安藤忠雄氏でもない。調整能力をまったく発揮しないまま、プロジェクトを放置した日本スポーツ振興センター(JSC)と文部科学省にある――。

これが、資料を読むたびに私が思ってきたことだ。

JSCのウェブサイトでは公開されていない、2012年3月に行われた第1回有識者会議の資料を紐解くと、8万人収容をはじめ、コンサート会場としての使用、可動式の屋根と座席など、今のコスト増につながる仕様はすでに決められていた。JSCにとってスポーツ業界、エンタメ業界は建設後の新国立競技場を使ってくれる「お客様」。サッカー界、ラグビー界らの重鎮が委員に名を連ねた会議だから、それぞれの立場で要求するのは当然のこと。要求はあっさりと全会一致され、こうして建設プロジェクトは船出した。

社会問題化してからは、コスト増の原因として「キールアーチ」やザハ氏のデザイン、そして安藤忠雄氏が審査委員長を務めたコンペが槍玉に挙げられている。

では、このコンペの審査段階できちんとコストを見積もっておくべきだったのか。

それは現実的に難しいと言わざるをえない。コンペの募集要項を見ると、当初予算1300億円とは書いてあるものの、コストの説明に求められる資料はわずかA4用紙1枚、1000字以内。しかも応募開始から締め切りまでは2カ月あまり。提出する図面は1/2000スケールのもの。実態は安藤氏が言うように「デザイン絵を選ぶもの」であった様子が伺える。

取材を進めると、多くの建築関係者が大規模建築におけるコスト計算の難しさと、正確な見積もりが行われるのはデザインの「後」だということを指摘していることがわかってきた。

コストの計算はデザイン絵から起こされた設計図を元に、実務家が各要素を積算し、作成する。デザインコンペに応募する段階での試算は、あくまでも建築面積に坪単価をかけるか、類似の建築物を参考にしたざっくりしたもの。ましてや新国立競技場の規模になると「デザイン絵だけでは未知数。坪単価をかけただけの目安なんて、ケタが違わなければマシ、程度のもの」(建築関係者)だという。

つまりは、ザハ案を選定した後の仕事がグダグダだったということだ。

コスト、工期、周辺環境、そして屋根などの機能――。これらの諸条件をコンペで選んだデザインに落としこむ。その過程を管理する。これこそがJSCの仕事だ。ザハ氏は絵を描いた。安藤氏は選んだ。両氏に責任がないと言いたいのではない。事実、私も安藤氏の「2520億円になると聞いた時はエーッと思いました」という発言を聞いた時には「他人事過ぎる」と腹を立てた。だが、それでも安藤氏やザハ氏は、「全体の過程の一部」でしかない。

そしてデザイン選定後、JSCの舵取りは難航する。

ザハ案のまま、開閉式屋根を含むすべての条件を満せば3000億円かかると試算されると、「全体」を司るJSCが修正案を作成。ザハ案を大幅に変更することを代償に、1625億円にコストダウン。しかし、結局その案でも、労務費、資材費の高騰により2520億円に膨らんだ。多くの批判を受けて、安倍首相の白紙撤回へとつながっていく。

8万人収容もデザインもキールアーチも可動式屋根も2019年ラグビーワールドカップに間に合わせることも、そして問題になったコストも、結局は「要件」でしかない。JSCと文科省はこの中で、オリンピック開催と開催後の活用・維持を考えて、優先順位を付けなければならなかった。

しかし、JSCはさまざまな利害を持つ関係者のなかで調整機能を発揮できなかった。「進めるしか権限がない」という役所の論理だけで動き、難しいことを知っていながら、強大な権限を持つ文科相や官邸にギリギリになるまで問題を上申しなかった。

こうして、優先順位の低い要件に「NO」と言えず、全てを丸抱えしたまま進んだ「全部入りラーメン」のようなプロジェクトは、コストとデザイン原案を犠牲にして突っ走ろうとし、破綻した。

では、白紙見直しとなった今、私たちが欲しいのはどんなスタジアムなのか?

もちろん、オリンピックの基準に合うスタジアムを、オリンピックが始まるまでに作らなければならない。

だがそのほかの要件は、もっと開かれた議論で決められるべきだ。諮問機関に集められた各界の代表者、つまりは新国立の「お客様」が自らの意見を盛り込めと要求するのは当然のこと。それに比べて私たちは建築や都市景観、スポーツの専門知識を持たない一般市民だ。だが、建設費の原資となる税を負担する「スポンサー」でもあり、完成したスタジアムの催しを楽しむ「お客様」でもある。だから、選挙の結果として国民を代表する内閣が有識者の力を借り、その優先順位付けを開かれた形でやるべきではないか。

JSC案が理解を得られなかった理由は、2520億円という金額だけではないと思う。その巨額の箱物が、国民不在で二転三転し、建設費が膨らんだそのプロセスに国民は怒っている、そうした側面もあるはずだ。

「スケジュールはこのままでは厳しいが、国を挙げてやるからには相当思い切ってやらなければならない。日本が元気だな! ということを世界に見せる必要がある」。

これは、第1回有識者会議である委員が発言した内容だ。(発言者は伏せられている)

今、プロジェクトを率いる官邸と遠藤五輪相に、私はこう言いたい。

「日本は開かれた国だな! ということを、国民に、世界にどうか見せてほしい!」と。

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新国立競技場のデザインたち
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