「揚陸艦」を対ロ輸出:「フランス的例外」という精神構造

フランスがロシアに対し、最新鋭のミストラル級強襲揚陸艦2隻を売却しようとして引き起こした騒ぎは、欧州連合(EU)各国や米国の目に、典型的な「フランス的例外」と映る。何より、ウクライナ東部の親ロ派武装勢力への支援をやめないロシアに対し、欧米各国に日本も加わって制裁を強めているさなかである。ロシア以外どの国にも支持されない行為だが、すでに売却代金を受け取ってしまったフランスは、10月に予定されている1隻目の引き渡しを強行する構えだ。そして、 遠い欧州の内紛だと眺めていたら、どうやら日本も無縁でないようなのである。

フランス人の独自の振る舞いは、しばしば「フランス的例外」(l'exception française)という言葉で表現される。誰が何を言おうが、どこ吹く風。空気を読もうとせず、我が道を行く。よく言えば独立心が旺盛、悪く言えばわがまま、身勝手だ。

フランスがロシアに対し、最新鋭のミストラル級強襲揚陸艦2隻を売却しようとして引き起こした騒ぎは、欧州連合(EU)各国や米国の目に、典型的な「フランス的例外」と映る。何より、ウクライナ東部の親ロ派武装勢力への支援をやめないロシアに対し、欧米各国に日本も加わって制裁を強めているさなかである。ロシア以外どの国にも支持されない行為だが、すでに売却代金を受け取ってしまったフランスは、10月に予定されている1隻目の引き渡しを強行する構えだ。

そして、 遠い欧州の内紛だと眺めていたら、どうやら日本も無縁でないようなのである。

フランスVS欧米諸国

7月21日、フランスのオランド大統領は番記者との夕食懇談で、強襲揚陸艦の売却についてこう説明した。

「契約は2011年に結ばれ、船はほとんど完成している。10月には引き渡さなければならない」

「2隻目の売却はロシアの態度次第だ。ただ、今のところ売却を中止するよう求める制裁は発動されていない。もし制裁があるとしても欧州理事会レベルの決定だし、今後つくるものに対してだから、この契約は含まれない」

2隻目については見直しの余地がないわけでないが、1隻目は何が何でも売るぞ。そのような決意を示したと受け止められた。

この発言はまた、時期が問題だった。何せ、4日前の17日にウクライナ東部上空でマレーシア機が撃墜され、親ロシア派武装勢力によるものだと明らかになってきた頃である。対ロ強硬姿勢で結束する国際社会に挑戦するかのようなタイミングだ。

案の定、発言に対しては反発の声が相次いだ。リトアニアのグリバウスカイテ大統領は22日、「現在の状況で、ロシアに軍事技術を売却することが許されるわけはない。そんな試みをする国は、ハーグの国際司法裁判所で裁かれるべきだ」とフランスを非難した。米国務省のハーフ副報道官もこの日の会見で「いかなる国もロシアに武器を供与してはならない」と、見直しを求めた。

特に我慢ならなかったのは、紛争当事者のウクライナだろう。道義的に許されないだけではない。軍事的にも、ロシアがその船をクリミア半島セバストポリ軍港に配備し、ウクライナ沿岸をさらに脅かす可能性だって考えられる。ポロシェンコ大統領は24日の欧州議会議員団との会談で、フランスの態度を「失望した。これは、金や産業、雇用の問題ではなく、価値観の問題だ」と批判した。

フランスの軍艦売却を巡って、欧米は「フランス対その他」にわかれた状態だ。

きっかけはグルジア紛争

ミストラルは、フランスが2006年、同国初の強襲揚陸艦として就役させた。満載排水量2万2000トン近く、甲板は全長199メートル、幅が32メートルあり、6カ所のヘリコプター発着スポットが設けられている。乗員は160人で、これとは別に450人の揚陸部隊と装甲車両60両を載せる。ヘリコプター16機や揚陸艇4隻を使い、空海一帯となった上陸作戦を敢行することも可能だ。

この種の強襲揚陸艦は「ヘリコプター空母」とも呼ばれ、米国が先行して配備を続けてきた。単に部隊を上陸させるだけなら揚陸艇を搭載するだけで十分だが、ヘリコプターを使うことによって、様々な地点から部隊を同時に上陸させることができ、作戦の幅が広がるからだ。第2次世界大戦後、核戦争を想定した作戦が練られるようになり、機動性に富んだ輸送船が求められたのが開発のきっかけだったという。

ミストラルが持つのは、上陸部隊の輸送能力にとどまらない。内部には69床の病室を備えた病院機能があり、上陸作戦の本部としての機能を担う。単なる輸送艦にとどまらない高機能の軍艦であり、だからこそロシアへの売り込みも成功したといえる。

この契約が成立したのは2011年だが、その交渉の起源はグルジア紛争にさかのぼる。いずれも、フランスはサルコジ前政権時代の話である。

2008年8月、グルジアからの独立を掲げる非承認国家南オセチアとアブハジアに駐在するロシア部隊とグルジア軍との間で、戦闘が勃発した。最初に攻撃を仕掛けたのはグルジア側だと言われるが、ロシア部隊は数日で押し返し、逆にグルジア中部の中心都市ゴリを制圧した。大国ロシアが格の違いを見せつけた紛争だった。

しかし、ロシアはこの紛争を通じて、自国の軍の近代性に疑問を抱いたと言われている。格下のグルジア相手に、ロシア部隊は「意外にてこずった」のだという。機動力向上が課題となったなかで、ミストラル級強襲揚陸艦は魅力的に見えた。ロシア海軍の責任者は「グルジア紛争の時に26時間かかった部隊の展開が40分で可能になる」と述べ、導入に期待をかけた。

1700億円の契約

強襲揚陸艦の契約は、フランス側にとってもまたとないチャンスだった。1つには、傾きかけたフランスの軍需産業、特に中西部サンナゼールの旧海軍造船所の起死回生につながるプロジェクトだったからだ。加えて、当時のサルコジ大統領はロシアとの協調ぶりを演出することに積極的で、強襲揚陸艦の契約をその象徴と見なしていた。

北大西洋条約機構(NATO)加盟国からロシアに対する軍艦レベルの売却は、それまで例がなかった。現在のようにロシアの脅威を叫ぶ声は少なく、むしろロシアとEUはますます手を携えるべき関係だと受け止められていた。今から考えると、グルジア紛争を引き起こした時点でEUはプーチン政権(当時プーチン氏は首相)の本性に気づいておくべきだったのかも知れないが。

そのような環境下で、交渉が2009年に本格化した。グルジアやバルト3国は反発したが、フランスはそのまま押し切り、2年後に契約にこぎ着けた。2隻をサンナゼールの旧海軍ドックで建造して引き渡し、続く2隻はフランスの技術協力に基づいてロシアで建造する計画だ。最初の2隻の契約額は約12億ユーロ(約1700億円)だった。

ウクライナでは今年2月にヤヌコヴィッチ政権が崩壊し、3月にはロシアがクリミア半島を併合した。米国やEUはロシアに対する制裁を強めた。その間も、建造は着々と進み、7月からはロシア軍のスタッフ400人がサンナゼール入りし、操船技術を学ぶ研修を始めていた。

フランスの本音

各国の批判が高まった後も、フランスは売却を中止しようとしなかった。

その理由の第1は、1隻分の契約金がすでに支払われているからだ。引き渡しをしないなら、フランスには契約金を戻すだけでなく、違約金を払う義務も生じる。

また、強襲揚陸艦の建造はサンナゼールの雇用に大きくかかわっている。仏メディアによると、この建造に伴って4年間にわたって約1000人が雇われており、中止は雇用喪失につながりかねない。下請けを含めるとさらに多くの雇用が関係するともいわれる。

ただ、これら短期的な経済的理由だけでは、フランスのかたくなな態度を説明しにくい。フランスにとって重要なのは、兵器市場での信頼を崩さないことだと推測できる。

フランスの兵器売買の相手は、アラブ諸国やアフリカ諸国など、怪しげな国が少なくない。これらの国にとって重要なのは、自らが民主国家であるかどうか、人権侵害をしているかどうかにかかわらず、フランスがしっかり兵器を売ってくれることだ。だから、たとえロシアがクリミア半島を侵略し、ウクライナ東部の武装勢力にテコ入れをしようが、売ると決めた武器は売る。そのような「信頼感」を兵器市場で確立することは、フランスにとって極めて大事だと位置づけられているという。

実際には、「今さら、やめようにもやめられない」が、フランスの本音かも知れない。筆者は6月末、来日した仏有力紙の幹部とこの問題について意見を交わす機会があった。この幹部の見立ては、「オランドも、できれば引き渡しをしたくない。サルコジが結んだ契約を苦々しく思っている」だった。実際、財閥や軍需産業にべったりのサルコジ前大統領が契約を結んで大喜びだったのに対し、オランド大統領は非難を一手に引き受ける損な役回りを担わされている。

うがった見方をすると、非難ごうごうとなって売却が頓挫するのを、オランド大統領は待ち望んでいるのか。まさか、そこまで計算できているとも思えないのだが。

仏国防相の「苦渋の説明」

この1隻目の強襲揚陸艦は、「ウラジオストク」と名付けられている。その名の通り、ロシアは基本的に、日本海に面したウラジオストクの太平洋艦隊にこれを配備する方針だ。対中国を視野に入れてのことだと見られているものの、そこに北方領土防衛の意図を見る人もいる。日本にとっても脅威となりかねない状況だ。

この件について弁明したい意図もあっただろう。フランスのルドリアン国防相が7月末に来日し、小野寺五典防衛相と会談した。筆者は29日、仏大使公邸で開かれた懇談の場で、国防相の話を聴く機会があった。

強襲揚陸艦をあくまでロシアに引き渡すのか。その問いかけに、国防相は「ウラジオストクという名がつくことから、皆さんが懸念を抱くのも理解します」と言いつつ、ミストラル級がいかに低性能であるかの説明に躍起になった。

「この強襲揚陸艦はもともと、民間利用船としてつくられたものです。軍事用の装備品もほとんどない。司令塔機能と輸送船機能を持つだけで、単独の行動はできないのです」

確かに、ミストラルの船体構造には商船規格が採用されている。これは、建造費節減のためだと言われ、速力も19ノットにとどまる。ただ、規模や形状から、ミストラルが軍艦であるのは明らかだ。

それにしても、自国の兵器を「大したものではないんです」としきりに強調する国防相も珍しい。苦渋の立場がにじんで、少し同情してしまう。もっとも、ロシアに売り込むときには「これはすごいんですよ」とアピールしたに違いないのだが。

EU諸国も同様

余談になるが、フランスのモントブール生産力再建相が昨年4月に訪日した際にも、同じ仏大使公邸で同様の場面があった(「オランド仏大統領来日前の『拭えない懸念』」2013年5月7日)。日仏間ではこの時、仏企業が中国に売却したヘリコプターの着艦装置が問題となっていた。中国がこれを海洋監視船に装着すると、尖閣諸島の領有を巡る問題に影響を与えかねない。懸念を表明した日本政府に対し、仏側の態度はやはり「あれは、大した技術ではないんですよ」だった。

振り返れば、紛争を抱えた国々にしきりに兵器や軍事技術を売ってきたのがフランスである。イスラエルやイラクの核開発を支援するなど、今から見るととんでもない行為も、自分たちに関係ないと思えば平気だった。それでいて、その被害を受ける国には「あれは大したことないんですよ」と言っておけば済むと思っている。

ヘリコプター着艦装置もミストラルも、明らかにそうした意識の延長上にある。これぞ「フランス的例外」だ。

もっとも、フランスばかり責めても不公平だろう。強襲揚陸艦ほど象徴的ではないにしても、ロシアに兵器を売ってきたのは、EUの他の国々も同様であるからだ。また、対ロ関係については、エネルギー面で依存している旧東欧諸国、金融面でのつながりが強い英国など、国それぞれに形態が異なり、どの面をどう規制するかについて調整が不可欠だ。

ルドリアン国防相は懇談で、弁明をすると同時に「EUは一体となって、包括的、全体的な制裁を遂行すべきだ」と述べ、結束の必要性を強調した。

日本が購入!?

逆にロシアから見ると、強襲揚陸艦をEUの結束を揺さぶるツールとして使っている節がある。引き渡しを強く求めれば求めるほど、それに応じようとするフランスとそれ以外との国の溝が深まるからだ。

ロシアが本当にどれほど強襲揚陸艦を必要としているか、実は怪しい。造船事業の立て直しを図るロシアにとって技術の移転は魅力的であるものの、ロシア国内でも購入への反対の声があると言われる。ロシアの艦隊の編成を考えると強襲揚陸艦がうまく運用できそうにないこと、そもそもこのような軍艦を使う場面が想定しにくいこと、旧来のロシアの技術との整合に不安が残ること、などの懸念が指摘されている。

こうした問題を棚上げして「早く引き渡せ」と主張するロシアの態度は、政治的な駆け引きに基づいていると考えられる。

仮に引き渡しを中止するとなると、フランス側の負担は膨大だ。そこから、欧米では「EUやNATOが購入したらどうか」との意見が出始めている。

この騒ぎとは別に、日本も海上自衛隊への強襲揚陸艦の導入を検討している。防衛省は、2015年度予算の概算要求に調査費を盛り込むという。「だったら、ロシアの代わりに日本がミストラルを購入したら」との声は、当然考えられる。

実際、米紙『ウォールストリート・ジャーナル』には、「日本はロシアの代わりに仏揚陸艦を購入せよ」と題するコラムニストの論考が掲載された。「フランスはややこしい契約から解放され、海上自衛隊の能力を高めようとする安倍首相の計画の実現も助けるだろう」と主張している。

アイデアは興味深い。ただ、それが実現するまでの関門は相当多そうだ。

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国末憲人

1963年生れ。85年大阪大学卒。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。富山、徳島、大阪、広島勤務を経て2001-04年パリ支局員。外報部次長の後、07-10年パリ支局長を務め、GLOBE副編集長の後、現在は論説委員。著書に『自爆テロリストの正体』(新潮新書)、『サルコジ―マーケティングで政治を変えた大統領―』(新潮選書)、『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『イラク戦争の深淵』(いずれも草思社)、共著書に『テロリストの軌跡―モハメド・アタを追う―』(草思社)などがある。

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(2014年8月18日フォーサイトより転載)

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