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「ロシアゲート」疑惑:閉塞のジレンマに陥る「プーチン外交」--名越健郎

2017年05月23日 17時21分 JST | 更新 2017年05月23日 17時21分 JST

トランプ米政権の「ロシアゲート」疑惑は、遂に強力な権限を持つ特別検察官が設置され、新たな段階に入った。今後の捜査次第で、トランプ大統領は窮地に立たされる恐れがあるが、ロシアは一貫して疑惑関与を否定し、苦々しく見ている。

米露関係も引き続き低調に推移しており、トランプ大統領当選後に高まった関係改善機運も消え去った。一連の展開は、米政界や社会に占める反露感情の高さを浮き彫りにしており、米露関係改善の限界も見せつけた。トランプ政権誕生に歓喜したロシアの思惑は裏目に出た。

「反露スローガンを煽るだけ」

プーチン大統領は5月17日、ソチでイタリアのジェンティローニ首相と会談した後の共同会見で、トランプ大統領がラブロフ外相、キスリャク駐米大使に会った際、同盟国から得たイスラム教過激派組織「イスラム国(IS)」に関する機密情報を漏らしたとの疑惑について、

「今日、ラブロフ外相と話したが、外相が私にその機密情報を話してくれなかったことを叱責せねばならない。彼は情報機関とも情報を共有していない。これはまずいことだ」

とジョークを飛ばし、機密の提供がなかったことを暗に指摘。

「もし米側が望むなら、会談の速記録を提供する用意がある」と語った。

「ロシアゲート」疑惑をめぐる米政界の混乱については、「悲しむべき展開であり、憂慮している。結局、これは反露感情を煽るだけだ。彼らは反露スローガンを煽って米国の内政を不安定化させている。

それが自国に害を及ぼすことを理解していない。本当に愚かなことだ。いずれにせよ、これは米国自身の問題であり、われわれは関与する気は一切ない」と酷評した。「ロシアゲート」疑惑の捜査に不快感を示しながら、ロシアには関係がないことを強調している。

また、トランプ大統領の評価について、プーチン大統領は「米国民が判断することで、われわれの知ったことではない」と突き放した。昨年11月のトランプ大統領当選をロシアは大歓迎したが、その後「ロシアゲート」疑惑が足かせとなって米露関係が進展しないことへの失望感をうかがわせた。

会談写真の公表は失敗

情報漏えいが問題となった5月10日のトランプ大統領とラブロフ外相の会談は、4月12日のモスクワでのティラーソン国務長官とプーチン大統領の会談の答礼に当たるものだった。

両国は4月の米軍によるアサド・シリア政権軍基地攻撃で悪化した両国関係を安定化させ、首脳会談につなげようとしていた。双方は米露関係が微妙な折から、プーチン・ティラーソン会談の写真を公表しなかったが、今回はロシア側が約束を破って、トランプ大統領がラブロフ外相、キスリャク大使と笑顔で握手する写真を公表してしまった。

ロシアのネットニュース『Newsru』は専門家の話として、「これは約束違反行為であり、ロシアの情報機関が監視装置をホワイトハウスに持ち込んでいるという疑惑を高めてしまう」とし、米側を刺激したことは失敗だったと批判した。

『独立新聞』(5月11日)も、米国のメディアでは、キスリャク大使がロシアゲート疑惑の中心人物と受け取られており、同大使が登場すれば、疑惑を追及する米議会を一段と硬化させると書いた。ロシア側の稚拙な行動が、ロシアゲート疑惑をより高めさせたとの分析だ。

見つかっていない「Smoking gun」

特別検察官による捜査は当面、ロシアと関係の深かったフリン前大統領補佐官(国家安全保障担当)を対象に行われ、フリン氏は連邦大陪審に参考人として出廷する可能性がある。

同氏は2015年、ロシア国営テレビや航空会社からテレビ出演料、講演料として計5万6000ドル(約635万円)以上の報酬を得ていたことが発覚。政権発足前にもキスリャク大使と接触し、密約を交わした疑惑が浮上している。

『CNNテレビ』は、ロシア側がフリン氏を「協力者」とみなし、「同氏を使ってトランプ政権に影響力を行使できると自慢していた」と報じた。

だが、今後の捜査がスムーズに進むかどうかは不透明だ。ロシアゲート疑惑の核心は、トランプ陣営が大統領選でロシア情報機関に接触し、クリントン陣営へのサイバー攻撃を依頼したとの疑惑だが、FBIが過去半年間捜査しても、いわゆる「Smoking gun(決定的証拠)」は見つかっていない。

クリントン大統領の「モニカゲート」では、不倫相手のモニカ・ルインスキーさんが特別検察官との司法取引に応じ、大統領の体液が付いたドレスを提出、これが Smoking gunと呼ばれた。

今回はロシアが捜査協力するはずもなく、決着まで長期化する可能性が強く、その間にもトランプ政権は体力を消耗し、政治力を失っていくとみられる。

7月に初の首脳会談

ロシアの官製メディアはトランプ大統領当選後、プーチン大統領以上にトランプ氏を賞賛する異例の報道を続けたが、2月にフリン補佐官が解任されて以降、トランプ賞賛報道がすっかり消え、逆に米政界でのロシアゲート疑惑の追及を批判する報道が支配的になった。

しかし、クレムリンはなお、トランプ政権との関係改善をあきらめていない。

国営テレビの看板ニュース番組『ベスチ』は、「ロシアゲート疑惑はトランプ政権を追い詰める政治的策謀と無関係ではない。クリントン氏は選挙で敗れても、なお巻き返しを図っている」と奇妙なコメントを伝え、民主党の政治的策略との見方を示した。

ウシャコフ大統領補佐官も、「現在の米露関係の困難はオバマ前政権の残した遺産」とし、「米国の一部エスタブリッシュメント勢力の抵抗にもかかわらず、米露間では建設的な相互関係が両国の国益に合致するとの認識がある」と述べ、7月7~8の両日ハンブルクで開かれるG20(主要20カ国・地域)サミットでの米露首脳会談が、2国間関係の転機になるよう望むと述べた。

トランプ、プーチン両大統領はまだ1度も会談しておらず、実現すれば初めてとなる。しかし、「ロシアゲート」疑惑が足かせとなり、いきなりの関係進展は見込めそうにない。

ロシア側は経済制裁緩和、ウクライナ問題の歩み寄り、シリア和平への米国の関与を求めそうだが、トランプ大統領が歩み寄るなら、むしろロシアゲートは事実だったという疑惑を高めてしまうからだ。

深まるロシア外交の孤立

ロシアがなお、内政混乱のトランプ政権との対話に期待を寄せるのは、経済苦境の中で外交の孤立と閉塞が続くためだ。当初、米露関係改善や対露制裁解除を掲げるトランプ大統領の当選で、ロシアは米露関係の好転と孤立からの脱却を期待したが、進展はなかった。

米国はロシアと組んで中国を孤立させるとの見方もあったが、米中関係は4月の首脳会談で軌道に乗り、習近平国家主席は米軍のシリア攻撃に「理解」を示した。

プーチン大統領は5月、中国主催の「一帯一路」サミットに出席したものの、その際行われた中露首脳会談は成果がなく、米中接近、ロシア孤立の構図が強まった。

ロシアが期待した欧州の一連の選挙も裏目に出ている。仏大統領選でロシアが肩入れした極右のルペン候補は敗退。当選したマクロン大統領は選挙戦中、陣営にロシアのサイバー攻撃があったと非難した。

マクロン大統領は北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)の結束を重視している。9月の独総選挙でも、メルケル首相与党の勝利は動かない見通しで、対露経済制裁と包囲網が長期化する気配だ。

こうした中で、主要国で唯一ロシアに手を差し伸べる安倍晋三首相を、プーチン政権はもっと重視すべきだろうが、北方領土問題で安倍首相を冷たくあしらうロシア外交のバランス感覚も理解に苦しむところだ。(名越 健郎)

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名越健郎

1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。

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(2017年5月23日フォーサイトより転載)