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北朝鮮・秘密工作機関「偵察総局」の実態(上)私が付き合った「工作員」--原口淳一

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北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は今年に入り、異母兄・金正男(キム・ジョンナム)の殺害事件を引き起こしたかと思えば、次はトランプ米政権との「チキンレース」に打って出るなど、挑発のレベルを一段と高めている。

その金正恩指導部に核心情報を伝え、指示にしたがって秘密工作活動を展開するのが、朝鮮人民軍傘下の「偵察総局」だ。金正男暗殺事件の際、一時的に「実行部隊」として注目された組織だが、その実態は明らかではない。

筆者はある国で、3年にわたって現地に駐在する偵察総局幹部と接触を続けた。言行や生活態度を見る限り、その幹部は工作員らしくない。人懐っこく、仕事熱心であり、そして知的だった。身近に見た「偵察総局」をリポートする。

「1人で行動」「資金力豊富」

その人物は、国際情勢に通じていた。

特に国際社会の主要国の、さらに著名政治家の固有名詞が頭に入っている。たばこを吸うが、本数はそれほど多くない。引き締まった身体を持ち、運動不足には気をつける。忠誠心だとか思想だとか、北朝鮮の流儀を相手に押し付けない。1人で行動できる。待ち合わせには必ず5分前に現れる......。

北朝鮮住民は外国に住む時、相互監視するため、必ず複数での行動を求められる。情報鎖国の中を生きているため、他国の情勢をほとんど理解できていない。健康に気を使うという発想をもてるほどに栄養が行き届いているのは、一握りの富裕層である。

外国人に会えば、一緒に行動している相互監視相手を意識しながら、自国の優越性を鼓舞する

――これが一般的な北朝鮮住民だとすれば、この人物は明らかにそれらしくない。風格が違う。

彼が偵察総局出身の幹部だと知るまで、筆者は本人の自己紹介通り、「アジア各国を渡り歩くビジネスマン」と信じていた。

対話相手から巧みに情報を引き出すが、自分から決して情報を与えることはない。質問は受ける前に遮る。北朝鮮が国際社会でどういう地位にあり、どう見られているかを知りたがる。ブランド品に詳しい。そして、何よりも資金力がある。

3機関を統合

そもそも偵察総局という組織は、いったい何をするところなのか。

北朝鮮ではかつて、

(1)朝鮮労働党内の、他国でのスパイ活動から破壊活動までを担う「作戦部」「対外情報調査部」(通称「35号室」)

(2)朝鮮人民軍の軍事諜報機関「偵察局」

――という工作・諜報機関がそれぞれ別個に活動していた。

作戦部はスパイの護送・浸透、破壊工作、要人暗殺を担当する機関だった。日本では日本人拉致事件の実行機関として知られる。偽造紙幣や麻薬の製造・取引、武器の輸出など違法行為で巨額の資金を動かすともいわれる。

対外情報調査部は大韓航空機爆破事件(1987年)、そして偵察局はラングーン爆弾テロ事件(1983年)にそれぞれ関与したといわれる。いずれも、過激な忠誠心から凶悪な犯罪に手を染めてきた。

この3つの機関は、金正日総書記が最高指導者だった2009年ごろ、偵察局に統合される形で「偵察総局」となり、朝鮮人民軍の傘下に入った。

(1)機関の領域調整や効率性を引き上げる

(2)テロ・拉致・破壊工作の代名詞とされた35号室や作戦部の名前をなくして正規軍に編入することで、対外的な印象を一新する

――などの狙いがあったようだ。この再編には、この時点で後継者に内定していた金正恩氏が関わったとされる。

その後、偵察総局はいまや6~7の局で編成される強力な工作機関となった。

発足当初、長年にわたって作戦部長を務めた対米、対韓の強硬派重鎮、呉克烈(オ・グクリョル)・国防委員会副委員長(当時)が組織を取りまとめていた。

最近までここのトップである偵察総局長を務めていたのが、同じく強硬派として知られる金英哲(キム・ヨンチョル)。金正恩とはツーカーの仲。金英哲が党統一戦線部長に昇格した後、偵察総局長を離れたという説もあるが、確かな情報はない。

サイバー攻撃も

偵察総局の関与が疑われるのは、韓国哨戒艦沈没事件だ。2010年3月に韓国海軍哨戒艦「天安」号が北朝鮮製魚雷による外部水中爆発によって沈没し、乗組員46人が犠牲になった。同じ年には、韓国に亡命した朝鮮労働党の黄長燁(ファン・ジャンヨプ)・元書記の暗殺未遂事件にも関与した。

黄暗殺のため、偵察総局の要員2人が脱北者を装って密入国し、韓国で黄の動きや居住地、病院、会う人物などの情報を収集しながら暗殺命令を待っていた。準備段階で韓国当局に摘発されたため、未遂に終わった。

近年は破壊工作だけでなく、情報戦にも力を入れている。

ハッキングを任務とする6000人に上るサイバー部隊を組織し、韓国の放送局や原子力発電所の運営会社などを狙ったサイバー攻撃を仕掛けているという。

金正恩はサイバー戦に強い関心を持っており、専門家を次々に登用して組織の規模を拡大している。サイバー作戦を「核・ミサイルとともに3大戦争手段」と位置づけ、インターネットやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などを通して、韓国社会のかく乱やハッキングを繰り返している。サイバー空間での偵察総局の存在が注目された例として、ソニー米映画子会社へのサイバー攻撃(2014年12月)がある。

国際機構にも深く潜入

一方、あまり知られていないが、正面から組織に入って、静かに情報収集・工作活動に関わっている例もある。

例えば、国連教育科学文化機関(ユネスコ、本部・パリ)や国連世界食糧計画(WFP、本部・ローマ)をターゲットにした活動だ。

2014年1月、フランス当局が同国を中心に活動していた偵察総局所属の3人に対し、国連憲章第7章(安全保障理事会が平和への脅威などを認めた時に取る経済制裁など)や、欧州連合(EU)による対北朝鮮制裁によって禁止された行動を取った可能性が濃厚だとして、3人の財産・金融商品・財源を凍結の対象とする制裁を科した。

うち2人は、WFPの職員としてそれぞれ働いていた。韓国の情報機関関係者は当時、「北朝鮮の工作員は国際機構にまで入り込んで活動をしている。仏当局としては、国際社会と同調して制裁を発動することで工作員の活動を封じ込める狙いがあるのだろう」と分析していた。(敬称略、つづく)

原口淳一
ジャーナリスト。主に朝鮮半島問題に関して精力的に取材を続けている。

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(2017年4月26日フォーサイトより転載)