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「ロシアゲート」事件で新事実:「トランプ・ジュニア」と「プーチン側近」の極秘交渉

2017年07月21日 14時31分 JST | 更新 2017年07月21日 14時31分 JST

大統領の長男、ドナルド・トランプ・ジュニアは一家のなかでも変わり者といわれ、父が大統領に就任して以来、ワシントンを舞台に展開する政治の世界とは一線を引いてきた。

まして、政権を揺るがすスキャンダルからはいちばん遠いところにいるはずだった。

そのジュニアが昨年の大統領選挙中、クレムリンとつながるロシア人弁護士との面会に応じたと『ニューヨーク・タイムズ』が報じたとき、多くの市民が唖然とした。

7月8日付の同紙によると、会合はトランプ・タワーのジュニアのオフィスで開かれ、大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー(現大統領上級顧問)と、当時選対本部長だったポール・マナフォートも列席したというのである。

「選挙中の(2016年)6月9日の出来事は、ロシア側とトランプの内輪サークルとの間の初めて確認されたプライベートな会合であった」

『ニューヨーク・タイムズ』は興奮を抑えるようにこう伝えている。昨年の6月9日とは、トランプが共和党候補指名を確実にした2週間後になる。

会合があったことをジュニアは認めたが、これは(ロシア人の子供の)養子縁組についての取り決めに関するものだった、と付け加えた。3人が会ったロシア人女性弁護士はナタリア・べセルニツカヤである。

自ら問題のメールを公開

ところが、翌9日の同紙によると、ジュニアは話を一転させた。彼はヒラリー・クリントンに不利な情報を提供するという約束で、ロシア政府につながるこの弁護士に会ったことを認めたのである。しかし、その会合についてはこうコメントした。

「挨拶を交わした後、その女性は、ロシアとつながりのある人物が民主党全国委員会に資金提供し、クリントン氏を支持しているという情報を握っていると言った。しかし、その発言は曖昧で不確かで、意味がよくわからなかった。この女性は有意義な情報をもっていないのが、すぐに明らかになった」

さらに、この会合の仲介をしたのが、元英国タブロイド紙記者のロブ・ゴールドストーンという人物であることが伝えられた。

翌10日の『ニューヨーク・タイムズ』は、ゴールドストーンからジュニア宛に送ったメールの一部を報じた。

そこにはロシア政府がトランプ候補を支援していること、ヒラリーに関する不利な情報もロシア政府の支援の一環であり、トランプ(大統領候補)にたいへん有益であると記されていることをスッパ抜いたのである。

トランプ・ジュニアはこれに先駆けて、「選挙戦中に対立候補の情報を聞くため人と会ったのは、もちろんぼくが初めてなんだろう」と皮肉っぽくツイートしたが、ゴールドストーンとのメールの詳細がちかく発表されることを知ると、自ら、問題のメールを自分のツイッターで公開したのである。

それは昨年6月3日に、ゴールドストーンから送られたロシア政府のトランプ候補への支援を提案する驚くべき内容のメールに始まり、会合の前日にあたる8日まで、2人の間で交わされた一連の15本のメールである。

これこそロシア疑惑の動かぬ証拠ではないか。それにしても、ジュニアは何故、証拠になるメールを放り出すように公開したのだろうか。そもそも変わり者ジュニアとはどんな人物なのか。

父親と絶縁していた時期も

ドナルド・トランプ・ジュニアは1977年12月31日、トランプと最初の妻イヴァナとの間にニューヨークで生まれた。

父親よりチェコスロバキア人の母親によく似た顔つきで、狩猟や釣りなど野外スポーツを好むところなど、スキー選手だった母親の強い影響を思わせる。

実際、チェコスロバキアにいた祖父のところで夏の数週間を毎年過ごし、子供にかまける時間などない父より、母方の祖父を父親と思って育ったという。

両親は彼が12歳の頃、別居して2年後に正式離婚するまで大騒動を演じた。

わたしがニューヨークに住むようになった5、6年後、ちょうどこの離婚騒動が連日のようにニューヨークのタブロイド新聞を賑わしていた。5番街に「トランプ・タワー」を建てて大成功のドナルドである。

モデルや女優など彼の女性関係が派手に報じられ、離婚の示談金をめぐる果てしないゴシップが第1面を大きく飾った。

この頃、長男ジュニア、長女イヴァンカ、次男エリックの3人の子供たちはゴシップを避けて、寄宿舎へ送られた。

その後、ペンシルベニア大学を卒業したジュニアはニューヨークへ戻らず、コロラド州アスペンに移り、トラックに住み込んで狩猟や釣り、スキーに興じ、ときにはバーテンまでやって父親と絶縁していた時期があるという。

ちなみに、アスペンは高級リゾート地として有名だが、かつてカントリー歌手のジョン・デンバーが住んでいたことでも知られる。

ゴールドラッシュで成功した一族

こうしたジュニアの人となりは、ドイツから移民として渡ってきたトランプの祖父であるフリードリッヒ・ドランプ(Drumphf を後にTrumpと改称)を彷彿とさせる。

デビッド・ケイ・ジョンストンの伝記『The Making of Donald Trump』によると、1885年、フリードリッヒがドイツ南西部にあるカルシュタットを離れてアメリカへ渡った理由は、ドイツの兵役義務から逃れるためだった。

後年、孫のドナルドがベトナム戦争への兵役義務を5回も逃れたのは、祖父から受け継いだ家伝といえるのかもしれない。

ともあれ、ニューヨークへ到着したフリードリッヒはひたすら西部へ向かった。シアトルでレストランを開いた後、ゴールドラッシュで沸き上がるカナダのユーコンを目指した。カナダといってもアラスカに近い、雄大な自然が広がるまさにワイルド・ウエストである。

フリードリッヒはここで金鉱探しなどという過酷な労働には目もくれず、荒らくれ男から金を巻き上げる"バー&グリル"を開いた。この店では強い酒と女性を提供するのである。

フリードリッヒはゴールドラッシュのピークにこのレストランで成功し、大金をつかみ、トランプ帝国の基礎を築いた。

「かつてトランプ一家によって経営された売春宿が観光客の人気を呼ぶ」と、『ニューヨーク・デイリー・ニュース』(6月23日付)は大きな見出しを掲げた。

"アークティック・レストラン"という看板のかかった建物の写真を載せ、カナダ政府が観光客用に保存する計画をたてていると伝えている。

金持ちになった32歳のフリードリッヒは1901年、いったんドイツへ帰った。そして、母親の勧める縁談をすべて断り、20歳のブロンド娘エリザベスと結婚して米国へもどってくる。トランプのブロンド好みの嚆矢である。

昨年の選挙キャンペーンでステージに勢揃いしたトランプ一家のブロンドたちを思い浮かべるまでもなく、フリードリッヒの金髪好みはしっかり現在に受け継がれ、この重大メールの送信者ロブ・ゴールドストーンとトランプ・ジュニアを結びつけるのだ。

「エミン」とのつながり

話は2013年、モスクワで開かれたミス・ユニバース世界大会に遡る。

英国タブロイド紙記者だったゴールドストーンは、今ではほとんどモスクワに滞在し、「エミン(アガラロフ)」として知られるロシアのポップスターの広報担当をしているのだが、エミンの父、アラス・アガラロフはロシアで手広く不動産開発業を営む実業家。

いわば"ロシア版トランプ"と呼べる人物である。

当時、ミス・ユニバース世界大会の開催権をもっていた父トランプは、アラス・アガラロフに2013年のロシア大会主催を依頼した。

大会にはプーチン大統領こそ現れなかったが、トランプはアガラロフから、ロシアの最高権威である財閥のトップや将軍たちを軒並み紹介された。

アガラロフはその年、市民に与えられる最高位の名誉勲章を受け取るほどクレムリンの中枢に食い込み、プーチンと近い存在である。

米露2人の不動産開発業者は、「トランプ・タワー=モスクワ」を共同開発しようと意気投合した。このためジュニアは何回もモスクワへ足を運んだ様子だが、このプロジェクトは結局立ち消えになっている。

ミーティングはセットされたが

しかし、「エミン」とジュニアとの友情は途切れることなく続き、昨年6月3日、ロブ・ゴールドストーンからジュニア宛に送られたメールはこう始まっている。

「おはよう。エミンがさっき電話してきて、とても興味深いことについて、あなたへコンタクトするよう頼んできた」

「エミン」の広報担当は1行空けて、こう続けた。

「ロシアの"検事クラウン"があなたのお父さんに今朝会って、ヒラリーに不利になる公式文書と情報、および彼女とロシアとの取引内容をトランプ選挙陣営に提供すると申し出てきた。これはあなたの父にとって大変有益なものになるだろう」

さらに、次の1行には心臓の鼓動停止を招くような言葉が続く。

「これは、明らかにハイレベルでセンシティブな情報であるが、ロシアとその政府のトランプ氏へのサポートの一環である」

トランプ・ジュニアは17分後に早速、返信し、まずは「エミン」と電話で話すことを提案する。

「その話が君の言うようなものなら、最高だ」

3日後にジュニアは「エミン」と電話で話せたらしく、翌日にゴールドストーンはこうメールしてきた。

「木曜日にモスクワから(ニューヨークへ)飛んで行くロシア政府の弁護士とあなたとのミーティングのスケジュールを組むよう、エミンが頼んで来た。ミーティングのことはよくわかっているね。そう、木曜日の3時ということでどうだろう?」

時間と場所が決まり、ゴールドストーンは訪問者2人(弁護士ナタリア・べセルニツカヤともう1人)の名前を書き送ってくると伝えると、ジュニアはマナフォートとクシュナーの名前をあげた。

こうしてすべて決まったと思ったら、前日になって、ゴールドストーンが急遽、時間の変更を頼んでくる。

「明日のミーティングを4時にすることは可能だろうか。弁護士が3時まで法廷にいることがわかったのだ」

ジュニアはすぐに1時間の延期を了解したと告げ、早速、クシュナーとマナフォートへ以下のメールを送った。

「主題:ロシア-クリントン-私信・機密扱い。

ミーティングはわたしのオフィスで4時になった」

ジュニアの公開したメールはこれが最後である。

モラルも倫理も構ったことではない

ジュニアはこの一連のメールを公開した理由を、110万人のフォロワーに向けてこう記している。

「みなさん、2016年6月9日の会合について、すべてのメールを公開したのは、完璧なる透明性のためだ」

つまり、ジュニアはこれ以外にロシア側と何のやりとりもなく、「(会合自体が)まったく馬鹿げたナンセンスだった」ことを明らかにしたかったためにメールを公開したというのである。

大統領も、息子のことを「素晴らしい若者」と強調し、息子の透明性を重んじた判断を手放しで褒め称えた。

しかし、対立候補の不利になる情報を提供するという外国(ロシア)からの誘いに飛びついたことは、大きな問題を提起したのではないか。

米大統領選の規定に従えば、「要らない」ときっぱり申し渡すべきものであり、2000年の大統領選挙で民主党候補アル・ゴアの選挙参謀だった人物は、「同じような提案を外国から受けたとき、われわれはFBI(米連邦捜査局)に通報した」とコメントしている。

反対候補に不利になる情報を受け取ることに、ジュニアが何ひとつ問題を感じなかったのは、トランプ一家がロシアとそれだけ近い関係にあるためであり、自分の利益になれば何でも飛びつくというモラルの欠如をさらけ出しているのではないか。

当時から現在まで、米国はロシアのクリミア侵攻に反対し、欧州とともに制裁を発動している。2013年のミス・ユニバース世界大会のときに始まった「トランプ・タワー=モスクワ」のプロジェクトが進められなくなったのは、翌年に発動された米国の対ロシア制裁の影響があったことは間違いない。

このとき、父トランプとジュニアは地団駄を踏んで、制裁さえ解除になればと悔しがったことだろう。ビジネス上有利ならば、モラルも倫理も構ったことではないという祖父フリードリッヒから続く血統を見るようではないか。

ロシア検事総長も登場

この先は、ジュニアの意図したように物事は進まなかった。メールにあるように、会合に参加したのはトランプ側3名とロシア側2名のはずだった。

ところが、『NBCニュース』は女性弁護士のナタリア・べセルニツカヤが当日、ロシア出身のアメリカ人ロビイストを伴ってきた、という大スクープを報じた。

これは首都ワシントンに住むリナット・アクメトシンで、ソ連軍の元ベテラン、それもKGB(ソ連国家保安委員会)の対敵諜報部隊にいた頃には、軍内部のスパイを探す任務を負っていた人物というのである。

米国へ渡ってきたのは1994年。今では米国籍を持ち、主にロシア人クライアントのために働くロビイストとして、ワシントンでは知られた顔であるという。そのロビイストが友人のべセルニツカヤ弁護士に頼まれて、その日、列席したのだ。

さらに驚いたのは、「自分は民間の弁護士だ」と主張していたべセルニツカヤ弁護士が、実は、ロシア検事総長ユーリ・チャイカと連絡を取り、米国の対ロシア制裁とそれを支援したアメリカ人に対抗するキャンペーンを行なってきたと、『ウォール・ストリート・ジャーナル』が報道したのである(7月15日)。

トランプ・ジュニアの公開したメールにある「検事クラウン」とは、ユーリ・チャイカのことである。彼こそ、政府に立ち向かう反体制派やジャーナリストを逮捕し拷問にかけてきたといわれる、恐るべき検事総長である。

そのうえ、この会合にはもう2人、列席者があった。ロシア語の通訳のほかに、「エミン」の広報担当ロブ・ゴールドストーンも出席していたのである。

こうして8名が顔を並べた会合で、実際に何が話され、どんな進展があったのか。ジュニアが主張するように、ただの「馬鹿げたナンセンス」だったのか、あるいは、トランプ陣営とロシアが共謀して選挙戦を勝ち抜いていく大きな第1歩であったのか。スキャンダルはとどまるところを知らない。

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青木冨貴子

あおき・ふきこ ジャーナリスト。1948(昭和23)年、東京生まれ。フリージャーナリスト。84年に渡米、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。著書に『目撃 アメリカ崩壊』『ライカでグッドバイ―カメラマン沢田教一が撃たれた日』『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』『昭和天皇とワシントンを結んだ男』『GHQと戦った女 沢田美喜』など。 夫は作家のピート・ハミル氏。

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(2017年7月20日フォーサイトより転載)